#3-8.白昼の魔獣
【前回までは】
怪盗モスマンは3人いた! 闇に消えた怪盗の正体を探るべく、刑事パーシーは古物商を訪ねる──
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ロッホネスを出たパーシーは、いくつか調べ物をした後、リゼント通りに向かった。
この通りは富裕層の街と下町を隔てる境界線となっており、通りの東側には庶民向けの日用雑貨の店が、西側は宝飾品や高級なテーラーなどおしゃれな店が並んでいる。
パーシーが入ったのは西側に並ぶ店の一つ『コブの店』だった。
表向きはアンティークショップだが、裏で盗品の売買を行っているとの報告があったのだ。
店内は大航海時代のマスケット銃、銀食器、高級磁器、東洋の仏像、南米の奇妙な仮面など雑多なものが並べられていた。
パーシーはそれらには目もくれず、まっすぐカウンターにいる店主の下へと向かった。
「何かお探しで?」
白髪頭の小男──店主のコブが尋ねた。
パーシーを貴族か中流富裕層の青年と思ったのだ。
ツイードのスーツを一分の隙なく着込み、ボウラーハットをかぶり細身のステッキを携えたパーシーは生まれながらの紳士に見えるのだ。
「聖杯を探している」
「それでしたら、南米の王族がチョコレートを飲んでいたという黄金の杯がございますよ」
カウンターを出て案内しようとするコブ。
「教会から盗まれた聖杯を探している」
「へ?」
パーシーがあまりに自然に、真面目に言ったため、数秒、コブは理解できなかった。
「ご冗談でしょ。ウチはカタギの店ですよ。盗品なんか扱っていやせんぜ」
「ならばバックヤードを見せてもらおうか」
パーシーはそう言うと一枚のカードを取り出してコブに見せた。
──ワラントカード。
名刺程度の大きさで、女王の紋章が描かれ、刑事の名前、階級、所属とそれを証明するキャメロット警察本部長ルーカンのサインが記載されている。
これはキャメロット警察の刑事であることを証明する証明書であり、捜査令状でもあった。
「女王陛下の名の下に、この店を調べる」
「てめぇ、刑事だったのか!」
「エドガー・コブ。本名ジェイコブ・ステアー。盗品売買の罪で二度服役しているな。余生を刑務所で過ごしたくなければ協力することだ」
青ざめるコブことステアーに、パーシーは冷徹な眼を向けた。
「やかましいっ!」
ステアーは叫ぶと拳銃を突きつけた。カウンターの中に隠してあったのだ。
「見たところ一人だな? 若造が、このステアー様をナメんじゃねぇ!」
「骨董屋にしては新しい拳銃だな。それも盗品か?」
突きつけられたリボルバー型の拳銃に、パーシーは顔色も変えず言った。
「陸軍に採用された拳銃の新型だ。舐めた口聞くとコイツを喰らわせるぞ!」
すごむステアーにパーシーは、
「そうか」
と言うと、その左手が目にも止まらぬ速さで動き、拳銃の回転弾倉をつかんでいた。
「て、てめぇ!」
ステアーは引き金を引こうとした。だがびくともしない。
「ダブルアクションのリボルバーは弾倉を押さえると引き金が引けない。そういう機構だ。人に向けるなら撃鉄を起こすべきだったな」
言い終えた直後、パーシーは右の拳をステアーの顔面に叩き込んだ。
2
殴られ、のけぞったステアー。パーシーは左手でステアーの腕を引き、右手で頭をつかむとカウンターに叩きつけた。同時に左手でリボルバーをもぎ取る。
「悪かった! 助けてくれぇ」
カウンターに頭を押しつけられたステアーが哀れっぽい声を上げた。
「聖杯を高値で買い取るヤツがいるらしいな。そいつの名を言え」
「名前を言えば見逃してくれんのか?」
「内容による」
ステアーは呻き、迷った。しかしすぐに心の天秤は傾いた。
「分かった、言う。アメリカ人だ。アメリカ人の大金持ち」
「名前は?」
「名前は──」
言いかけたステアーが、突然、目を見開いた。
その身体が硬直し、震えながら白目を剥く。
「──っ!」
パーシーは気づいた。
ステアーの首の後ろに小さなトゲのようなものが突き刺さっている。
吹き矢だ。毒の吹き矢だ。
カウンターの奥、バックヤードに続くカーテンがかすかに揺れている。カーテンの陰から放たれたのだ。
パーシーはステッキを拾い、カウンターを飛び越えるとカーテンを開いた。
──いない。
薄暗いバックヤードの奥、裏口のドアが開いている。
壺や皿や置物が並ぶ棚の間を抜け、パーシーは裏口から外に出た。
そこは店の裏、車一台がやっと通れるほどの狭い道であった。
そこに、奇っ怪な人物がいた。
アフリカかアジアの部族のような奇っ怪な仮面をかぶり、身体はマントにすっぽり覆われている。
「何ものだ?」
パーシーが問うと同時に、奇面の男が吹き矢を放った。
仮面の口の部分に開いた穴に吹き矢筒をさし込み、放ったのである。
パーシーは左手でボウラーハットを脱ぐと、飛来する吹き矢を払いのけた。そのまま踏み込み、右手のステッキを奇面に叩きつける。
奇面は飛び下がってパーシーの攻撃をかわした。しかし、かわしきれず吹き矢筒を叩き落とされてしまった。
だが奇面はひるまず、マントの中に両手を突っ込むと、小さな環状の刃を抜き撃ちに放った。
──チャクラム。
リング状のナイフとも言うべき、インド亜大陸に伝わる古代の投擲武器だ。
飛来する二つの死のリング。パーシーは一つを踏み込みながらかわし、もう一つをステッキで防いだ。
「──ッ!?」
ステッキに予想以上の衝撃。
鉄製のステッキに、チャクラムが食い込んでいた。
リングの形状は高い揚力を得るため、チャクラムは恐るべき威力と飛距離を持っているのだ。
しかし驚愕したのは奇面の男のほうだった。
必殺の間合いで放ったチャクラムをパーシーが突破して距離を詰められたからだ。
一瞬の動揺。
その隙をパーシーは見逃さなかった。
チャクラムが食い込んだままのステッキで突きを放つ。
パーシーの突きを胸に受け、奇面の男は2メートルあまりも後ろに吹っ飛び、転がった。
「貴様は何ものだ?」
倒れた奇面の男。その仮面にパーシーが手を掛けようとした時──
パーシーは異様な気配を感じ、身を翻した。
間一髪、強烈な一撃がツイードのジャケットをかすめた。
「なッ!?」
新たな襲撃者。その姿に、パーシーは我が目を疑った。
3
大勢の人で賑わうリジェント通り。その通りから建物一つ隔てた裏通りでパーシーが対峙したもの。それは──
──巨大な獣だった。
その体長は約3メートル。シルエットはトラかライオンに似ているが、全身を灰色の甲殻に覆われ、肩の辺りには鋭いトゲがいくつも突き出ている。
自然のものではあり得ない怪物。
こんな怪物がキャメロットに、それも白昼、人口の多い市街地に現れるなど信じがたいことだ。
〈獣〉は低くうなりながらパーシーを睨んでいる。
ちょうど奇面の男とパーシーの間に割って入った格好だ。しかし奇面は恐れるどころか驚いてすらいない。
この〈獣〉は奇面の男の護衛、支援がその役割なのだろう。両者は同じ一味に違いない。
パーシーは右手でステッキを構えたまま、左手でポケットの中から拳銃を取り出した。
先ほどステアーが突きつけた拳銃を拾っておいたのだ。
大口径とはいえ拳銃弾程度でこの巨体の〈獣〉が仕留められるか──
〈獣〉が襲いかかって来た。
太い前脚の一撃をかいくぐったパーシーは、背後に着地した〈獣〉に振り向きざまに左手のリボルバーを二連射した。
「な──」
パーシーは目を見張った。
二発の拳銃弾が、〈獣〉を覆う甲殻にはじき返されたのだ。
三発目、四発目とパーシーは続けて拳銃を放った。やはり弾丸は〈獣〉の甲殻にはじき返される。
ダメージはほとんどない。甲殻の隙間からのぞく金色の瞳が、不快そうに細められただけだ。
あとは、このリング状のナイフで甲殻の隙間をねらうくらいか……。
パーシーが覚悟を決め、ステッキからチャクラムを外した。その時──
微かな笛の音のような音が聞こえた。
その直後、〈獣〉はパーシーに興味を無くしたように背を向けると、走り出した。
裏通りを駆け抜け、あと少しで表通りに出る、というタイミングで路地の出口に蒸気トラックが現れた。
その荷台のシートがめくり上げられ、〈獣〉は音も無く飛び込む。〈獣〉が荷台に乗り込んだ直後、シートが下ろされ、蒸気トラックは走り出した。
一瞬の早業だった。
振り向くと、奇面の男も姿を消していた。
パーシーは、大きく息をはいた。
拳銃は〈獣〉を倒すことは出来なかった。
しかし〈獣〉を操るものたちを引き上げさせることに成功した。ヤツらは銃声で人が集まって来ることをおそれたのだ。
パーシーは、はね返され地面に転がった銃弾を回収するとつぶやいた。
「アメリカ人の大金持ち…か」
怪獣とか魔獣って心躍るワードですよね!
てなわけで、怪盗に続いて怪人、魔獣が登場。
はたして、その正体は?
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