#3-7.闇に消えた怪盗
【前回までは】
怪盗モスマンは刑事パーシーと薔薇の騎士のランサーに追いつめられた。ところがモスマンは、奪った聖杯を川へ投げ捨てた──
1
モスマンが、手にしていた聖杯をホムズ河へ放り捨てた!
ソードフィッシュとランサーのヘッドライト、ガス灯の灯りを反射ながら、黄金の杯が宙を舞う。
思わずパーシーはブレーキを踏み、ソードフィッシュが急停止した。その時──
新たなモスマンが飛来し、聖杯をキャッチした。
「おおっ!?」
ドアに手を掛け、開けようとしていたガラードが叫んだ。その目の前を、第二のモスマンが高度を上げながら通りすぎて行く。
同時に、第一のモスマンの膜状の羽の内側から白煙が噴出。黒衣の怪人は再び空へと舞い上がった。
先日、ホムズ河を高速で渡ったフロッグマンのような化学的な噴射装置を有しているのだろう。
一気に5階建てビルほどの高さまで上昇した第一のモスマンは、第二のモスマンを追って飛んだ。
「くっ!」
パーシーはギアをバックに入れ、アクセルを踏んだ。反転する間も惜んだのだ。
首をねじ曲げて後方を見ながら、パーシーは目一杯アクセルを踏む。その後に薔薇の騎士のランサーが続く。
噴射装置のパワーで、第一のモスマンが第二のモスマンに並んだ。
ホムズ河の川岸近くを二人のモスマンが、川に沿うように飛ぶ。
それをバックで追うソードフィッシュ、そしてランサー。
行く手に大きな鉄橋が見えて来た。
近年完成した鉄橋ケルシーブリッジだ。
鉄骨の巨大なアーチから橋を吊すように見える先進的なデザインはキャメロットの新名所となっている。
その鉄橋まで30メートルほどの距離に来た時だ。鉄橋のアーチ、その頂上に第三のモスマンが現れた。
ひらり、と第三のモスマンがアーチから飛び立った。
第二のモスマンが聖杯を放り投げ、第三のモスマンがそれをキャッチする。
「遊んでんのか!」
ガラードが怒りの声を上げる。
三人のモスマンたちは進路を右に変えた。河を渡るつもりだ。
横一列に並んで飛行するモスマンたちは、聖杯のパスとキャッチを繰り返しながら、位置を入れ換え、ホムズ河を横切って行く。
ソードフィッシュが鉄橋のすぐ前に来た。
パーシーがハンドルを大きく切るとソードフィッシュは後輪を支点にドリフトし、フロントを鉄橋に向けた。
その直後、鉄橋の上で爆発的に白煙が吹き上がった。
煙幕だ。その装置が仕掛けられていたのだ。
「そんなもので!」
怒りにうめき、パーシーはソードフィッシュで煙幕に突っ込んだ。
煙幕に包まれる直前に見た鉄橋、その記憶を頼りにアクセル全開でソードフィッシュを走らせる。
あっと言う間に煙幕を抜けた。煙幕が張られていたのはせいぜい15メートルほどの間だったのだ。しかし──
「しまった!」
パーシーは叫んだ。
ソードフィッシュが煙幕を抜けたその時、モスマンたちは三方に散ったのだ。
煙幕で視界が遮られた数秒間で、どのモスマンが聖杯を持っていたのか分からなくなっていた。
「ここまでね」
一方、ヴィヴィアンは、ソードフィッシュが煙幕に突っ込む前にランサーを止めていた。
「フェイはまだ追えるよ!」
ヘルメット内の霊波通信機からフェイの〈声〉が飛び込んで来た。
「船を飛び石にして渡れば向こう岸に──」
「追跡は中止。命令よ」
フェイの〈声〉を遮り、ヴィヴィアンは言った。
「河を渡れば人目に付く。あなたたちは大事な切り札。あの程度の賊を追うためにリスクは冒せないわ」
薔薇の騎士の〈眼〉である三人のメイドたち。彼女たちは、その存在を知れていないことが大きなアドバンテージなのである。
「むぅう……」
フェイがムクれてうなり声を上げ、屋根に座り込む。
「残念だけどマスターの命令よ。それと、そのはしたない座り方はやめなさい」
フェイを穏やかにたしなめるルーの〈声〉。
それを聞いたヴィヴィアンは、不敵な笑みを浮かべた。
「残念? いいえ大きな収穫があったわ」
2
──翌日。
新聞各紙に「怪盗モスマン」の記事が踊った。
「連続聖杯強奪事件! 犯人は空飛ぶ怪人モスマン!」
「怪盗モスマン! 神をも恐れぬ所業!」
「闇に消えた怪人! 警察は為す術もなし」
紙面トップを飾る見出しに、パーシーはうんざりした顔になった。
「ったく、どこから嗅ぎつけやがった」
ガラードも不機嫌であった。ただし、
「モスマンって名はオレが命名したんだぞ!」
不機嫌の理由は、パーシーとは異なるものであったが。
不機嫌な二人は『ロッホ・ネス』の前で顔を合わせた。
──情報サロン ロッホ・ネス。
お茶や軽食を注文すると新聞、雑誌、市況、紳士録、企業名鑑などを閲覧できるという店である。
別途料金を支払えば、マイクロフィルムに収まった新聞、雑誌のバックナンバーや、科学技術の論文を読むことができる。
国立図書館に匹敵する情報量であり、お茶やコーヒーの味は遙かに上回ると評判である。
北方の湖に住む怪獣の絵が描かれたドアを開け、刑事と記者は店内に入った。
「そろそろお見えになると思っていましたわ」
カウンターで注文しようとしたパーシーとガラードに、ヴィヴィアンの声がかけられた。
ここは、新しもの好きで有名なヴィヴィアン・ベンウィック伯爵令嬢が経営しているのである。
「相変わらず、ガラードさんの記事は秀逸ですわね」
と、ガラードが書いた記事、ラウンドの1面見出しを指差して見せた。
「跳梁! モス三兄弟! ──他のもたいがいだが、これは最悪だな」
パーシーが声に出して読み上げ、呆れ顔になった。
「立ち話もなんですから。こちらへどうぞ」
ヴィヴィアンは笑いながら、二人を個室へと案内した。
「……待てよ」
席に着いてすぐ、パーシーが隣に座るガラードに言った。
「お前は何故、三兄弟と書いた?」
「そりゃ三人いたからだ」
パーシーの問いにガラードが答える。
「三人いたから三兄弟だと?」
「なんだよ、尋問かよ?」
困り顔でガラードはスコーン手に取り、口にした。
「……あ、そうだ」
スコーンを口にしたままガラードが目を見開いた。思い出したのだ。いそいで咀嚼、飲み込み、記者は続けた。
「あいつら見た目がそっくりで見分けが付かなかったんだ。まるで三つ子みたいに…だから三兄弟って見出しにしたんだよ!」
うなずきながらお茶を飲むガラード。
「高い身体能力、体術を持った三つ子…本当に三つ子かはともかく、そっくりな体型をした者たちか」
前夜、警官の身体を踏み台代わりにして抱囲を抜け、皮膜状の羽で空を翔るモスマンたちの姿を思い出しながら、パーシーはお茶を一口飲んだ。
ヴィヴィアンは微かに微笑んだ。
パーシーが今言ったこと、それが昨夜ヴィヴィアンがフェイたちに言った「大きな収穫」だったのだ。
高い身体能力を持つ盗賊は数多い。
見た目そっくりな三人組みも探せば見つかるだろう。
だが、両方の条件に合うものはそうはいない。
「軽業師にいそうですわね。三兄弟」
ヴィヴィアンが言う。
「そういや、近頃、評判のサーカスがあったな」
「そっちはガラードに任せる。オレは買い手のほうから探る」
「よし!」
ガラードとパーシーは景気づけのように、カップのお茶を一気に飲み干した。
「おかわりはいかがですか?」
「いや、結構だ。ありが──」
メイドのモリーにそう言いかけて、パーシーはぎょっとなった。
部屋に入った時、自分とガラード、ヴィヴィアンの3人だけだった。
このメイドはいつからいたのだ? そしていつの間にお茶やスコーンを並べたのだ?
「どした? ぼうっとして」
ガラードに肩をたたかれ、パーシーは我に返った。
「いや、なんでもない」
きっと考えに集中していたせいだ。
パーシーはそう結論づけた。
「お茶とスコーン、ゴチです」
「失礼する。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
刑事と記者を笑顔で見送ったヴィヴィアンは、ふとモリーのほうを見た。
「今、パーシーはモリーに驚いたみたいだったけれど。どうしてかしら?」
「さて?」
幽霊並に気配のないメイドと、それに慣れすぎている令嬢であった。
怪盗一味は逃げ切ったように見えて、手掛かりを残していました。
次話から主人公サイドの反撃がはじまります。
しかし単なる捜査パートで終わらせはしないのですよ。ふっふっふっ。
何が起きるかは、見てのお楽しみw
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