#1-3.令嬢と刑事、対決す
【前回までは】
颯爽と登場する「出禁令嬢」ヴィヴィアン。美しきメイド・モリーを従えて、屋台でフィッシュ&チップスを買ったヴィヴィアンは、アーサー市長の馬車で地下鉄開通式へ──
1
ランベス・マーシュ駅はキャメロット市中心街の南、間にホムズ河を挟んだ対岸に位置している。
近年、発展著しいこの地域と市の中心街とを結ぶため、この地下鉄は設けられた。
キャメロットで二番目という最新の電気機関車。そして中心街までわずか15分で行けるということから、開通には多くの期待が寄せられていた。
地下鉄駅の前は、道路を広場と呼べるほどに拡張してある。そこに今、百人を超える紳士淑女が集まっていた。
いや半数以上は労働者階級で、記者とカメラマンが20人ほど。中流以上は十数人といったところだ。
これから始まる開通記念の式典に集まったのだ。
──集まり過ぎだ。
パーシー・ローマン刑事は内心でため息をついた。
人が多いほど警備は困難になるからだ。
今日、パーシーは他の警察官と共に開通式の警備を命じられていた。
今朝の早く、怪文書がキャメロット警察に届けられたからだ。
──本日、世の冨を独占する資本家の象徴たるランベス・マーシュ駅の開通式に、見捨てられし者たちを代表して、祝いの品をお届けに参上する。電撃団。
脅迫文、いやテロの予告といっていい文面であった。
この式典には市長のアーサーはじめ経済界の大物が多数出席する。それを狙ったテロ予告であろうか。
悪質な悪戯とも思われたが、キャメロットの名士が集まる式典である。万一のことがあってはと本部長ルーカンは制服警官に加え、私服の警官、つまりパーシーら刑事たちにも警備を命じたのだった。
「よっ、ご苦労さん」
突然、声をかけられた。
パーシーの悪友である新聞記者ガラードだった。
「声をかけるな。仕事中だ」
周りに目を配りながらパーシーが素っ気なく言う。
「テロの予告でもあったのかい?」
悪友から記者のモードになってガラードが尋ねる。
「何故そう思う?」
「お前さんが警備しているからさ」
「先週は百貨店の警備をしたぞ?」
とぼけるパーシー。
「そんなこと言わず教えろよぉ~。」
「つっつくなっ!」
肩を抱いて脇腹をつつくガラードをパーシーは振り払った。
「おっ?」
ガラードの視界の隅に、一台の馬車がやって来るのが見えた。
ブルームと呼ばれる二頭立ての箱型馬車だ。貴族や富裕層が使う高級なタイプである。開通式に出席する名士を乗せてきたものだろう。
「またお偉いさんの到着か」
「おそらくアーサー市長だ」
ガラードに答え、パーシーは馬車に向かって歩き出した。
「なんで市長だとわかる?」
パーシーの後ろに続いたガラードが尋ねる。
「まだ到着していない名士は市長だけ。それに、あの馬車は市長のための公用車だ」
「なんで市長のだってわかる?」
黒塗りの公用車には、紋章や装飾など他と区別できるようなものはない。
「御者と馬に見覚えがある」
「……馬の顔まで覚えてんのかよ」
ガラードは思わず歩みを止め、「さすが」と笑うと、パーシーの後を追った。
2
人波の端で停まった馬車から降りたのは、やはりアーサー市長であった。
「君は、確かローマン刑事だったか?」
出迎えるように現れたパーシーを見てアーサー市長が言った。
3ヶ月ほど前、大規模な密輸団が摘発された。その際、功績があった警察官が4人、市長から表彰された。パーシーはその一人であった。
「不穏な文書が届きましたので、警備につかせていただき──」
パーシーの言葉は途中で止まってしまった。
アーサー市長の馬車から美しいメイド、そして令嬢が降り立った。その令嬢を見た瞬間、パーシーは固まってしまったのだ。
それは令嬢──ヴィヴィアンのほうも同様であった。エメラルド色の眼が驚きに見開かれ、棒立ちになる。
令嬢と刑事は、3メートルほど距離を置いて対峙した。
「ローマン刑事ですよ。お嬢さま」
ヴィヴィアンの後ろ、影のように付き従っていたメイドのモリーが、小さな声で言った。
「それが?」
気のない返事をしながら、ヴィヴィアンは身体ごとパーシーから視線を逸らした。
「ご挨拶されないので?」
「なぜ?」
「知り合いに挨拶することは、特別なことではないと思いますが?」
「そうね。特別なことではないわね」
ヴィヴィアンはパーシーに向き直ると、相手に向かって歩き出した。その後に続くモリーは「めんどくさい」と、誰にも聞こえない小さいな声でつぶやいた。
「これはローマン刑事。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
上から目線でヴィヴィアンが言い、挑むような眼と声でパーシーが応じた。
ゆっくりと、互いの距離を測るように、二人は近づいてゆく。
さながらリングの上のボクサー、あるいは決闘する剣士か。
相手から視線を離さず、間合いを測るように、両者はゆっくりと弧を描きながら距離を詰めてゆく。
3メートル…2.5メートル……両者の距離がじりじりと縮まってゆく。
アーサー市長はじめ周囲の人々が、何事かと緊張し、令嬢と刑事を見守っている。
「社交界ではないのですから、そんな呼び方なさらなくてもいいのですよ。どうかヴィヴィアン、と呼んでくださいませ」
口元は笑っているが、その視線は鋭い。
2メートル…1.5メートル……。
「そうですね。お互い知らぬ仲ではなし、オレのことをパーシーと呼んで下さい」
同じくパーシーも、剣呑な目つきでヴィヴィアンを見ている。
ついに距離が1メートルを切った。そこで両者の歩みが止まった。
鋭い視線と視線がぶつかり合う。そして──
「ふんっ!」
両者は同時に鼻を鳴らし、顔を背けた。
「やれやれ、またかよ」
追いついたガラードが二人を見てつぶやいた。
「君は、ラウンドの記者の……」
「ども、クロスです。ガラード・クロス」
ハンチングのつばに手をかけ、アーサーに挨拶する。
「あの二人が知り合いだったとはな」
「3ヶ月前、密輸団摘発のため警察から協力を要請されまして、その際に」
アーサーに、メイドのモリーが答える。
密輸団の捜査で、ヴィヴィアンは彼女が経営する情報サロン『ロッホ・ネス』の資料を提供した。その時、令嬢と刑事は出会ったのである。
「ヴィヴィアンが何かやらかしたのかね?」
保護者の顔でアーサーが尋ねる。
「ご心配なく。アレは二人にとっての挨拶です」
「まあ、儀式みたいなもんですよ」
メイドと記者は知っていた。
ヴィヴィアンとパーシー…この二人は、はじめて会った時から互いに惹かれ合っていることを。
しかし慣れぬ恋ゆえの戸惑いと、妙なところでプライドが高い二人は、顔を合わせると、つい、つれない態度をとってしまうのだ。
傍目には、高慢な令嬢と目つきの悪い青年が、今にも決闘するのかと見えたあのシーン。
アレも当人たちの脳内では、頬を赤らめ、胸を高鳴らせて見つめ合いながらも、恥ずかしさに目を逸らしてしまった…というシチュエーションなのであった。
「……ほんと、めんどくさい」
同時にため息をつくモリーとガラード。
アーサーは意味が分からず困惑した。そこに──
暴力的に大きなクラクションが鳴り渡った。
何事かと振り向いた人々の視線の先に、異形の車両が姿を現した。
紡錘形の車体。槍の穂先のように細くとがった車体前部。鉄の甲殻が重なり合って車体全体を覆っている。その姿は、化石時代の甲冑魚を思わせた。
異様にして奇怪。怪異な自動車だ。
その怪自動車が、怪物の咆吼のごとき重く、太いクラクションを轟かせ、駅前広場に迫って来る。
私には持病があります。
隙あらばラブコメを入れるという病です。
今回の「めんどくさいラブコメ」いかがでしたでしょうか。
お約束なラブコメはいいものです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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