#1-2.出禁令嬢とフィッシュ&チップス
【前回までは】
大火から15年。キャメロットは蒸気の都と呼ばれ、空前の繁栄を謳歌していた。その蒸気の都で、警察も手に負えぬ悪党を退治する謎のヒーローがいた。薔薇の騎士とは何ものか? スーパーマシン ランサーの力とは──
1
──6月6日。
屋台『キングの店』の店主キングは、いつもの場所で、王冠を乗せた魚の看板を上げた。
フィッシュ&チップスの屋台である。
ここは王都キャメロット十五番通り。
中小の工場街にほど近い場所だ。いつもは様々な屋台がひしめいているが、今日店を開けているのはキングの店だけだ。
今日は大火の慰霊の日。工場の多くは休みである。
案の定、昼時を過ぎても一人の客も来なかった。
それと分かっていてもキングは店を開ける。あの大火から15年ずっと続けている。それは店主なりの慰霊であった。
13時すぎ──その客は現れた。
「出来たてをひとつ下さいな」
キングは目を疑った。
目の前にいたのはとびきりの美人で、しかも貴族の令嬢だったからだ。後ろにメイドが一人、影のように付き従っていた。
令嬢の歳は二十歳かその辺り。
身に纏う緑のドレスは、着用者本人の見事なスタイルをそのままに見せ、スカートは足首まで見える長さ──近頃流行の〈新しい女性〉ファッションだ。
髪は本物の金と見紛うばかりのブロンドで、肩にかかるより少し長い程度のその髪は、先の三分の一ほどが銀色になっていた。これも、ある令嬢が流行らせたものだ。
悪戯っぽい表情を作るエメラルドグリーンの眼は無邪気な子供のようであり、唇をつり上げ気味に笑う微笑みは不敵かつ蠱惑的だ。
「貴族のお嬢さまが、どうしてウチに?」
フィッシュ&チップスは下々の者──労働者階級の食べ物だ。それを貴族の令嬢が買いに来るなど聞いたこともない。
「もちろんチップスを買いに」
当惑するキングに、令嬢は艶やかに微笑んだ。
夢でもみている心持ちで、キングは白身魚のフライと細切りにしたポテトを揚げた。
「ど、どうぞ」
出来たてのフィッシュ&チップスを新聞紙に包んで差し出すと、令嬢の後ろにいたメイドが代金を払い、受け取った。
こっちもえらいべっぴんだ、とキングは思った。
黒のドレスを着たメイドは、令嬢と同じくらいの年齢だろうか。ショートなのが惜しいほどの艶やかな黒髪。神秘的な黒い瞳。
しかし端正な白い顔は冷たく、人形のように無表情だった。
去って行く令嬢とメイドの後ろ姿をキングは呆然と見送った。
少し離れた場所で、令嬢が手を上げた。
すると、ちょうどやって来た二頭立ての馬車が停まった。
ブルームと呼ばれる二頭立ての箱型馬車だ。
貴族や富裕層が使う高級なタイプである。
ドアが開き、馬車の中に五〇代の紳士が乗っているのが見えた。
キングは仰天した。
「アーサー市長!」
馬車の中にいた紳士は、現キャメロットの市長アーサー・アヴァロン公爵その人だったのだ。
「では、あのご令嬢…あれが噂の〈出禁令嬢〉ヴィヴィアン・ベンウィックか!」
キングは驚くと同時に納得したのだった。
2
──ヴィヴィアン・ベンウィック。
キャメロットで指折りの名門にして大富豪ベンウィック伯爵の一人娘である。
あの大火でベンウィック伯が亡くなり、一人残されたヴィヴィアンの後見人となったのがアーサー市長だった。
だがヴィヴィアン・ベンウィックの名が社交界は元より市民にまでも知られているのは、その所業にあった。
自由奔放、傍若無人、横紙破り、破天荒。
彼女の名が語られる時、常にこうした言葉が添えられる。
10歳までにヴィヴィアンがクビにした家庭教師の数は十指に余る。そのため「ベンウィック邸は家庭教師の墓場」と噂された。
12歳の頃、名前と性別を隠して射撃大会や二輪自動車レースに出場。表彰台で正体を明かして新聞を賑わせた。
最も有名なのは、14歳で社交界にデビューしたその日に引き起こした大騒動である。
内容は知られていないが、女王陛下臨席の下でヴィヴィアン嬢は大騒動を引き起こし、彼女は2年間、公式の舞踏会に出ることを禁止された。
かくして〈出禁令嬢〉の異名が、キャメロット中に知られることとなった。
だが当のヴィヴィアンは舞踏会出禁も不名誉な異名も気にしなかった。
錬金術を応用した化粧水の研究で工場を爆発させたり、高速飛行艇を乗り回して墜落事故を起こしたりと、毎年のように新聞を賑わす騒動を巻き起こしていた。
「ご無沙汰しております。おじさま」
優雅に一礼したヴィヴィアンは、
「地下鉄の開通式に行かれるのでしょう。ご一緒させてくださいな」
言うなり馬車に乗り込み、アーサーの向かいの席に座った。続いてメイドのモリーが音もなく乗り込み、ヴィヴィアンの横に座る。
「これは辻馬車ではないのだがな……」
アーサーは嘆息した。
アーサーにとってヴィヴィアンは姪のような存在だ。
しかしレディが、いかに知人とはいえ他家の馬車に自分から乗り込むなど、あってはならない。
アーサー市長は、そういう古い考えの人間である。
「いいじゃありませんの。こんな美女が二人も同伴するんですよ」
しかしヴィヴィアンは気にせず、隣に座るモリーの肩を抱いて「こんな美女が二人も」とアピールした。
メイドのほうは、笑うでも困るでもなく、無表情のままである。
やれやれ…と首を振り、アーサー市長は馬車を出すよう、御者に合図した。
ヴィヴィアンの後見人となって15年。この破天荒な娘は、アーサーの言うことをまともに聞いた試しはない。
「それに、無料でとは申しませんわ」
ヴィヴィアンが言うと、モリーが手にしていた紙の包みを差し出した。
アーサーにはその正体がわかっていた。先程から微かににおっていたからだ。
「フィッシュ&チップスか……」
こんな「安かろう、不味かろう」な労働者階級の食べ物を…という顔をするアーサーを、ヴィヴィアンは悪戯っぽい笑みを浮かべて見ている。
今回は何を企んでいるのか。
貴族の中の貴族たるアヴァロン公爵に悪戯をしかけるなど、この娘くらいのものだ。
「…っ?」
一口食べてアーサーは目を見開いた。
「美味でしょう? 十五番通りでフィッシュ&チップスを買うなら、キングさんのお店がおススメです。キャメロット一と評判ですのよ」
「この世に美味いチップスがあったとは驚きだ」
アーサーはうなって、白身魚のフライを口に運んだ。
ほどよい揚げ具合。下味は濃すぎず白身魚の味を引き立てている。それにモルトビネガーだ。その酸味がフライの油を打ち消し、いくらでも食べられそうだ。
「私が昼食を摂り損ねたことを知っていたのかね?」
「先ほどガウェインのおじさまにお会いした時、仰っていたのです。──アーサーのヤツ、朝から式典のハシゴで、昼メシ食うヒマもないみたいだぞ、と」
ガウェインは消防署の署長である。
アーサーとは旧知の仲であり、数時間前、消防署の視察に行った際、うっかり愚痴を言ってしまったのだった。
「妙なところで会うと思ったが、昼食を差し入れてくれたわけか。ありがとう」
市長の言葉に、ヴィヴィアンは悪戯が成功した子どもみたいな顔で笑った。
英国といえばフィッシュ&チップス。美味しい所で食べれば美味しいとのことですが?
そして主人公ヴィヴィアン登場。
出禁のエピソードは、いずれそのうちに…
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブクマ、評価、感想などをお願いします。
質問、ツッコミも大歓迎ですよ!




