#1-1.蒸気の都を乱すもの
本編スタート!
1章で1話完結のスタイルです。
この1話は4万文字弱。区切りよくサクっと読めますよ。
1
──新暦1898年。
市の大半を焼いたあの大火から15年。
復興を遂げたキャメロット市は空前の繁栄を謳歌していた。
活気と蒸気にあふれたキャメロット市を、人々はこう呼んだ。
──蒸気の都、と。
現在時刻は23時過ぎ。
さしもの蒸気の都も、今は霧と静寂にに包まれていた。
夜霧の中、ガス灯のオレンジの光が列を作り、赤レンガ張りの高層建築を黒々と浮かび上がらせている。
昼は馬車と蒸気自動車でひしめく幹線道路も、この時間ともなると馬車一台とてない。
その静謐を引き裂き、爆走する流線型の蒸気自動車があった。
──アルバトロス。
欧州屈指の自動車メーカー、フランスはJV社が生んだ傑作蒸気自動車である。
その最高速度は時速80キロを越える。量産型の自動車としては驚異的な性能だ。
「とばせとばせ!」
「ハデにやろうぜ!」
助手席の男の叫びに、ハンドルを握る男も叫びで答える。
どちらも二〇代前半の若者だ。身なりは立派だが言動に品位がない。中流階級または〈新たな紳士)と呼ばれる富豪の子弟である。
近頃、キャメロット市内では高速自動車で暴走行為をはたらくものが続出していた。
暴走行為だけならまだしも、破壊行為を行うタチの悪いものたちがいた。
このアルバトロスの二人組もそうだった。
商店の看板を叩き壊したり、ガス灯にチェーンを巻き付け引き倒したりときわめて悪質だった。
「それ引け!」
役所の鉄柵にチェーンを引っかけ、アルバトロスが急発進する。
頑丈な鉄柵はわずかな抵抗を見せたが、すぐにバキンっ! と音を立てて引き剥がされた。
鉄柵を引きずったままアルバトロスが通りを疾走する。石畳と鉄柵が火花を上げる。
「お、来たぜ」
前方の交差点の先、アセチレンランプの光の群れが現れた。
キャメロット市警察のパトカーだ。
ヘッドライトのアセチレンランプが強い光を放ち、蒸気サイレンを鳴らして、黒の蒸気自動車が三台、迫って来る。
「へっ! またぶっちぎってやるぜ!」
ドライバーの男が嘲るように言うとハンドルを切った。
アルバトロスが後輪を滑らせ、交差点を右に折れる。引きずった鉄柵が石畳の上で火花を散らした。
三台のポリスカーが追いすがってくる。
「そうれ」
助手席の男がスイッチを押し、鉄柵を引きずっていたチェーンを切り離した。
ポリスカーたちはあわてて鉄柵を避けた。
だが一番後ろの三台目はハンドルを切るのが遅れた。
鉄柵に乗り上げたポリスカーはタイヤを取られ、車体がスピンした。制御を失った黒の蒸気自動車は歩道に乗り上げ、郵便ポストに激突する。
それを首をねじ曲げて見たアルバトロスの二人組は、げらげらと嘲笑した。
その間に、二台のポリスカーが迫って来た。
「そろそろ本気出すかなっと」
ドライバーがアクセルを踏み、アルバトロスがさらに速度を上げた。
みるみるポリスカーたちが引き離されて行く。
強度と安全性重視のポリスカーが、高速車として作られたアルバトロスに勝てる道理はない。
「見ろよ! 警察のヤツら、もう姿も見えないぜ!」
「当然! キャメロットにコイツに追いつけるマシンはねぇ!」
助手席とドライバーの二人が高笑いした。
2
キャメロット警察本部の車両庫に、けたたましいベルが鳴り響く。
緊急出動の合図である。
整備員たちが次々とポリスカーのボイラーに火を入れて回り、そこに警察官が乗り込んでゆく。
「──当該車両は市中心部四番通りを西に向け走行中。かなりの速度だ。注意されたし」
スピーカから音割れのする指令を聞きながら、パーシー・ローマン刑事は整備士の誘導で割り当てられた車両に小走りで向かった。
パーシーは、キャメロット警察で最年少の刑事にして最も実績を上げている敏腕刑事である。
美しいまでに端正な顔立ちに細身の長身。ツイードのスーツを一分の隙なく着込み、ボウラーハットをした姿は、貴族か中流富裕層の青年のように見える。
ともすれば女性的に形容される容姿をしているが、弱さは微塵もない。
その理由は、彼の目だ。
力と知性にあふれた鋭い眼は、まだ22歳とは思えぬ圧力を見るものに与える。
この容貌と鋭い知性から、彼は鍛え上げられた長剣に例えられている。
キャメロットを脅かす悪を斬り伏せる、正義の剣であると。
割り当てられた車に乗り込んだパーシーは、ボイラーの圧力が上がるのをじりじりとしながら待った。
パーシーが乗るのは今年正式採用された最新モデルの蒸気車だった。
──ソードフィッシュ。
四人乗りで頑丈な箱型のボディは見るからに力強い。エンジンはフラッシュボイラーにより短時間での始動が可能である。
「まだか…まだか…!」
じりじり上がる圧力計の針。それを見るパーシーの口からつぶやきがもれる。
瞬間ボイラーとは言うが、走行に必要な罐圧に達するまでは数分かかる。
蒸気機関車なら何時間も必要なのだから、それと比べれば瞬間と呼んでいいのだろう。しかし待つ身には数分でも長い。
「邪魔するぜ」
助手席側のドアが開き、若者が乗り込んで来た。
精悍な顔立ちでハンチングをかぶっている。
「お前、また勝手に……」
「カタいこと言うなよ。幼なじみじゃないか」
それはパーシーの悪友にして新聞社ラウンドの記者ガラード・クロスだった。
「それによく言うだろ? 警察と記者は相打ち互角って」
「それを言うなら、相身互いだっ」
訂正するパーシー。
ガラードはわざと言っている。それと知っていても指摘せずにはいられない、パーシーの性であった。
ボイラーの圧力が十分な数値に達した。
「出すぞ」
パーシーがアクセルを踏み、ソードフィッシュは車体下部から蒸気を噴き出し、車両庫から飛び出した。
石畳の広い通りをソードフィッシュが疾走する。
ガス灯が照らす道の両側には、赤レンガ張りの高層建築が城壁のように連なっている。
「噂の怪自動車かい?」
「さぁな」
ガラードの問いに答えるように、パーシーはハンドルを大きく切った。
タイヤが悲鳴を上げ、車は交差点をほぼ直角にターンする。車内の二人も大きく揺られ、ガラードが「うほぉっ!」と歓声を上げた。
「何ものであれ、この街を脅かすものを、オレは許しはしない」
低くつぶやいてパーシーはアクセルを踏む足に力を込めた。
3
暴走するアルバトロスは、市の中心街から外れ、工場街に近い幹線道路十五号へと出た。
この辺りは道幅は広いがガス灯は少ない。
そのため光の届かない場所は濃い影を落としていた。
「おい、見ろよ」
助手席が前方を指差した。
少ないガス灯の明かりの下、犬を連れ、ボロボロの服を着た男がいた。
浮浪者だ。主も犬も痩せ細っている。
「やっちまえ!」
「街はキレイにしなくっちゃ!」
助手席がけしかけ、ドライバーが舌なめずりして応える。浮浪者と犬をまとめてはねようというのだ。
二人の〈新たな紳士〉はスピードに酔い、力に酔っていた。
猛スピードで迫る蒸気自動車。そのヘッドライトに照らされて、浮浪者と犬が立ちすくむ。
哀れ、犬と浮浪者はアルバトロスにはねられる、と見えたその時──
強烈な光芒が、アルバトロスの後ろから差した。
アセチレンランプとは異なる、白みが強い異質な光は、車両のヘッドライトであった。
「なんだ?」
アルバトロスの二人組は首をねじ曲げて後ろを見た。
蒸気機関とは異なる重い排気音。真紅のボディ。
その二輪自動車は巨大にして華麗であった。
全長は四人乗りの自動車ほど。車体を覆う真紅のカウルは黄金の薔薇の装飾で彩られている。車体の右側面には長大なライフルが、槍のように装着されていた。
「なんだあいつは?」
「……まさか、ランサー?」
驚くドライバーに、助手席がつぶやくように言った。
「近頃、噂になっている。犯罪者たちを退治して回る謎の騎士がいると。そいつが駆るモーターサイクルは槍騎兵と呼ばれている」
バックミラーの中、赤いモーターサイクルが迫って来る。
「……面白ぇ」
ドライバーがアクセルを踏んだ。アルバトロスが加速する。
「噂のランサー、どれほどのものか勝負してやるぜ」
二人の〈新たな紳士〉たちの頭からは浮浪者のことなど消え去っていた。
蒸気を吹き上げ、アルバトロスが石畳の通りを疾走する。真紅のモーターサイクルがそれを追う。
「やるな!」
ポリスカーをぶっちぎったアルバトロスに、ランサーは苦もなく追いついてくる。
ドライバーはさらにアクセルを踏んだ。速度計の針がぐんぐん上がってゆく。
「ばかな!」
しかしランサーは引き離されるどころか、さらに距離を詰めてくる。
アルバトロスの汽罐圧力は危険なまでに上がっていた。ランサーは余裕でさらに距離を詰めてくる。
ついにランサーがアルバトロスの横に並んだ。
モーターサイクルを駆るのは白い騎士だった。
全身を覆う甲冑で、人相はおろか性別さえ分からない。その白い甲冑は青い薔薇の装飾で彩られ、真紅のマントをなびかせている。
マシンも華麗なら乗り手もまた華麗、そして高貴であった。成金の〈新たな紳士〉とは格が違う。
「この野郎!」
頭にきたドライバーがハンドルを切り、アルバトロスをランサーにぶつけようとした。しかしランサーはさらに加速、アルバトロスを追い抜いた。
あっさりと追い抜かれたアルバトロスのドライバーは動揺した。それがハンドルさばきに現れた。
「わぁっ?」
わずかな路面の突起。それに乗り上げた衝撃に、大きくハンドルを切ってしまったのだ。
動揺はパニックとなり、アルバトロスは制御を失った。
ドライバーの意思とは正反対のほうに進路がねじ曲がり、道路脇に並ぶビルのひとつに突進する。
「「わぁああ!」」
二人組の叫びは、アルバトロスが激突、金属がひしゃげる音にかき消された。
「ひぃ、ひぃ……」
クラッシュして蒸気を上げるアルバトロスから、二人組が這い出てきた。
そこに、大きな銃声が轟いた。
ランサーの車体側面に装着したライフルが火を噴いたのだ。
大砲のごとき大きな銃声に、アルバトロの二人組は立ちすくんだ。
銃口から微かに硝煙をたなびかせたランサーが、ゆっくりと二人組に迫って来る。
「た、助けてくれ」
石畳にへたり込んだ二人が、情けなく懇願した。
その二人に、ランサーを駆る騎士は──
× × ×
「先を越されたか」
憤然とつぶやいて、パーシーはソードフィッシュを降りた。ガラードが後に続く。
ビルに激突して大破したアルバトロス。そのそばの消火栓に、二人の〈新たな紳士〉が鋼線で縛り付けられていた。
「た…たひゅけてぇえ……」
縛られた男の一人が声を上げた。鋼線が猿ぐつわみたいに口にはまっているため、その声は情けないものになっていた。
男のジャケット、その胸ポケットからメッセージカードが覗いていた。
パーシーがカードを手に取った。
カードには青い薔薇が一輪、描かれていた。他に名前などはない。
それは、巷で噂の謎のヒーローが、この暴走二人組を退治した証しであった。
「「──薔薇の騎士!」」
パーシーとガラードが同時にその名を叫んだ。
ただし、刑事は忌々しげで、記者は歓喜の叫びであった。
──薔薇の騎士。
それが巨大モーターサイクルを駆る白い騎士につけられた名前であった。
神出鬼没にして正体不明。
スーパーマシン・ランサーを駆り、警察にも手に負えぬ犯罪者を退治する謎の騎士。
はたして薔薇の騎士とは何者か?
お読みいただきありがとうございます。
蒸気の都と薔薇の騎士&ランサーの登場、いかがでしたでしょうか?
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