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#3-5.空飛ぶ怪盗

【前回までは】

連続聖杯盗難事件。ここだという目星をつけて、刑事パーシーと記者ガラードはスモークエンド教会に張り込んでいた──



     1



 スモークエンド教会は、聖杯教会の中では大きく壮麗な聖堂を有している。

 中央区に近く、交通の便も良いことから国内外からの観光客も多く訪れていた。


 そのスモークエンド教会の聖杯が盗まれたのは6日前のことだ。

 他と同様、賊は天井の天窓を破り、聖杯を奪った。その姿を見た者は誰もいない。

 もっともこの辺りは商業ビルが多く、20時を過ぎれば人通りはほとんどない。


「あの高さまで、どうやって登ったんだ?」


 聖堂を眺めガラードが言う。


 教会の向かいにある5階建ての商業ビル。その5階にあるオフィスに、ガラードはパーシーと警官数人とともに張り込んでいた。

 彼らからは聖堂の表門が見えていた。


「屋根まではざっと20メートル。目撃者はなく、ロープなどを使った痕跡などもない。空を飛んで来たとしか思えないな」

「空飛ぶ怪盗か! こいつは売れるぜ」


 パーシーの言葉に、ガラードがニヤリと笑った。


「分かっていると思うが──」

「警察の邪魔はしない。犯人逮捕と奪われた聖杯を取り戻すのが最優先、だろ?」


 パーシーを遮りガラードが言う。パーシーはため息をついて見張りに戻った。


 下町のセント・ジョージ教会と違い、商業地区にあるスモークエンド教会は隣の建物との距離は近い。また近隣の建物は4階、5階建てのものばかりだ。


「そういや、最近ロッホ・ネスに行ってねぇな」


 ガラードがつぶやいた。

 昔からこいつは黙っていることができない男だった。


「必要がないからな」


 それでも律儀にパーシーは言葉を返してしまう。だからガラードは黙らないのだということに気づいていない。


 ガラードに返事を返してから、パーシーは先日、ヴィヴィアンにタクシーで送ってもらったことを思い出した。


 あの時は気が急いていて、ロクに礼も言わなかったな。オレとしたことが非礼だった……。


 ファイアーティストの捜査では、彼女とは自然な会話が出来ていたのに、また距離が開いてしまった気がする。


「ヴィヴィアン嬢といえば、ネルの店の再建に力を貸してくれているらしいな」

「この件が片付いたら、改めて礼を言いに行こう」


 ガラードに言いながら、パーシーは


 その時に、先日の非礼を詫びよう。


 そう思っていた。



     ×   ×   ×



 ──同じ頃。


 ヴィヴィアンはランサーの基地アーセナルで苛立っていた。


「ルーからの報告は?」


 スモークエンド教会近くには、メイド三姉妹の次女ルーと三女フェイが潜伏し、その様子を窺っていた。

 しかしモリーに妹たちの〈声〉は聞こえてこない。新たな動きはないのだ。


「気になるのならランサーでお出になればよろしいのに」

「行かないわよ」


 まだヘソを曲げている……。

 モリーは内心、ため息をついた。


「別に刑事さんたちに助力せずとも良いではないですか」

「どういうこと?」

「聖杯泥棒をどう捕らえるのか、あるいは逃がしてしまうのか。それを見物するのも一興かと思いますが?」

「……そうね。見物するのも一興ねっ」


 口実が出来たとばかり、ヴィヴィアンは立ち上がった。


「ドクター・マーリン! ランサーの準備を!」


 叫んで歩き出したヴィヴィアンの後を追いながらモリーはつぶやいた。


「ホント…めんどくさいお嬢さま」



     2



 それは深夜12時を回ってしばらくした時のことだった。


 ガス灯が照らす人気の無い通りを、一台の辻馬車がやって来た。

 飲み屋、娼館などから客を送る馬車であろう。


 パーシーもガラードもそう思った。ところが、


「あれは…!」


 馬車が教会の前に差しかかった時だ。

 その屋根に、黒い影が立ち上がったのだ。


 ふわり、と軽やかな動きで、影は石畳に舞い降りた。


 通りを照らすガス灯は明るいぶん濃い闇も作る。

 馬車から降りた黒い影は、その濃い闇に滑るようにして入り、闇と同化した。


 御者はまるで気づいていない。深夜の通りに、遠ざかって行く馬車の蹄の音だけが響いていた。


 蹄の音が聞き取れないほど小さくなった頃、闇のなかから黒い影が立ち上がった。


 全身黒ずくめ。覆面でもしているのかその顔も真っ黒である。わずかに口の辺りだけ肌がのぞいている。

 服は身体にぴったりしたもので、細身で筋肉質の体型であることが遠目にも分かる。


 何より奇妙なのは大きなマントだ。

 黒いマントはまん中の部分が深くえぐれていて、2枚の羽のように見える。まるで蛾か羽虫の羽だ。


 黒ずくめの怪人は、聖堂の表門を軽々と乗り越えると、正面入り口の扉の前にしゃがみこんだ。

 大胆にも正面から扉の鍵を破ろうというのだ。


「ヤツが聖杯泥棒か?」

「間違いないだろう」


 警官の一人がつぶやき、パーシーが答えた。


「まさか正面から来るとはな」


 ガラードがあきれたように言う。


「前回盗みがあった後、あの教会の天窓はすべて板を打ち付けてふさいである。それを知って正面から押し入ったんだろう」

「二度目の盗みでも下見はバッチリしているってことか。大胆なんだか用心深いんだか分からねぇな」


 鍵を開け、黒衣の怪盗は聖堂の中に姿を消した。


「合図だ」


 パーシーの命令を受けた警官の一人が、窓を開け、合図の警笛(ホイッスル)を吹き鳴らした。


 たちまち通りの建物、そのあちこちから警官たちが現れた。その数30人以上。その内の何人かは光を収束して強い光を放つアセチレンランプを手にしている。


 警官隊に取り囲まれた聖堂。その扉から黒ずくめの男が姿を現した。手にした聖杯が、アセチレンランプの光芒に黄金色に輝く。


 投げかけられるアセチレンランプの光芒に手をかざしながら、黒衣の盗賊はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「聖杯泥棒! 周囲は完全に抱囲した。無駄な抵抗は止めろ!」


 警官の一人が叫んだ。


 その直後、黒衣の盗賊は警官たちに向かって駆け出した。

 警棒を手に身構える警官たちに、黒衣の賊は恐れ気も無く突っ込んで来る。


「こいつ!」


 警官の一人が警棒を振りかぶり、賊に叩きつけた。

 黒衣の賊は、こん棒をひらりとかわすと、


「なっ!?」


 警官の膝、肩を踏み台にして飛び越え、背後に着地した。


 常人離れした身の軽さだ。

 あまりの軽業に、警官たちは驚き、立ちすくんでしまった。

 黒衣の賊は、その隙を突いて、近くのビルに駆け寄ると、その外側に貼り付くように取り付けられている非常階段に飛び込み、駆け上がっていった。



     3



「行くぞ!」


 叫んでパーシーは駆け出した。

 黒衣の賊が逃げ込んだビルは、パーシーたちが張り込んでいたビルの二つ隣の建物だった。


 屋上へと飛び出たパーシーは、賊が非常階段を駆け上がっているビルのほうへと走った。


 この辺りはビル同士の間隔は狭く、その幅は1メートルほどだ。


 パーシー、そして後に続くガラードは、躊躇なくビルとビルの隙間を飛び越えた。


 しかし後に続く警官たちはそうはいかなかった。

 4人の警官たちは、ビルの端で駆け寄ったが、その身はすくみ、足が止まってしまった。


 わずか1メートル、されど1メートル。まして地上15メートルの高さ、まして夜である。

 躊躇わず飛び越えるパーシーとガラードがおかしいのである。


「無理をするな!」


 立ち止まった警官たちに声をかけながら、パーシーはビルの屋上を駆け抜け、また隣のビルへと飛び移った。数秒遅れてガラードがその隣に着地する。


 その直後、非常階段を登り終えた黒衣の賊が姿を現した。


 屋上に刑事と記者がいるのを見て、黒衣の賊が息を呑んだ。


「よう! 遅かったな」


 ガラードが挑発するように言う。


「驚いたぜ。何ものだ?」


 黒衣の賊が言う。


 近くで見ると、黒い覆面は口の辺りが開いていた。そこからのぞく皮膚から、相手は白人男性、20~30代と若いであろうことがわかった。


「敏腕刑事と正義の新聞記者だ」

「キャメロットじゃ、刑事が記者を連れて捜査するのかい?」


 賊の言葉に微かな訛りがあることにパーシーは気づいた。外国人だろうか?


「周囲は警官が固めている。観念するんだな」


 非常階段を駆け上がって来る警官たちの足音を聞きながら、パーシーは警告した。


 黒衣の賊の唇が、大きくつり上がった。嘲笑っているのだ。


「ハッ! 捕まえられるものなら捕まえてみなっ!」


 そう言うと、黒衣の賊は屋上から身を躍らせた。


「ばかな!」


 ビルの端に駆け寄ったパーシーとガラードは、そこに信じられないものを見た。


 黒衣の賊が、マントを羽のように大きく広げ、飛んでいたのだ。


「まるで蝶、いや夜だから蛾か……」


 ガラードがその様を見てつぶやいた。


 広げたマントが羽のように広がり、黒衣の賊は滑るように夜空を飛んで行く。

 誰にも気づかれることなく聖堂の天窓に登った方法はこれだったのだ。


「蛾人間──怪盗モスマンか!」


 ぽん、と手を打つガラードに、


「追うぞ!」


 とパーシーは叫び、駆け出した。



怪盗モスマン。最初は「怪盗ムササビ男」でした(笑)

しかし英語ではflying squirrel=空飛ぶリス という名なので微妙…。

それにヨーロッパにムササビはいないらしい。

てなわけでモスマンと変更。

個人的にはムササビ男のほうが好きなんですけどねぇ^^


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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