#3-3.聖杯は人々の宝
【前回までは】
連続する聖杯教会の盗難事件。4番目の被害に遭った教会で刑事パーシーとヴィヴィアンは顔を合わせたが──
1
聖堂の屋根に上がったパーシーだが、手掛かりは何も見つけられなかった。
聖杯を盗んだ賊は空を飛んで来たとしか思えない。
「やはり〈アフターズ〉か」
15年前の大火を境にして、世界は大きく変わった。
急速に発達したテクノロジー。
魔法や錬金術を科学と融合させた新技術。
それらは世界を大きく発展させたが、同時にありえないような事件、犯罪を生み出していた。
裏の科学。闇の技術。
一般に知られていないテクノロジーを用いた事件、犯罪者たちはこう呼ばれている。
──大火の後に現れたものたち(グレートファイア・アフターズ)。
略して〈アフターズ〉と。
パーシーの脳裏に、人型に変形し、空を翔るランサーの姿が浮かんだ。
あんなものが存在するのだ。空を飛ぶ賊が現れても不思議はない。
そう言えば、フランスでは気球に乗って逃走した泥棒がいたとガラードが話していた。たしか、怪盗紳士と言ったか……。
考えながらパーシーが聖堂から出ると、ヴィヴィアンがブロック神父、ネルと話していた。
「聖杯がなくては行事に差し支えるでしょう。新しいものを寄贈しますわ」
ヴィヴィアンが提案していた。
「まことに有り難い申し出ですが──」
「無用だ!」
ブロック神父の言葉にかぶせてパーシーが叫んだ。
驚くヴィヴィアンに、
「奪われた聖杯はオレが必ず取り戻す。だから寄贈など無用だ。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
声のトーンを落としてパーシーが言った。さすがに強い口調過ぎたかと考えたのだ。
「捜査に戻ります。何か気づいたことがありましたら連絡して下さい」
神父にそう言うと、パーシーは駅のほうへと向かった。
「お待ちになって」
歩き出したパーシーにヴィヴィアンが声を掛けた。
「本部に戻るのでしょう? 用事ついでに送りますわよ」
後ろで待たせていた蒸気タクシーを示してヴィヴィアンが言う。
近くにいつもパーシーが使っている蒸気自動車ソードフィッシュがないのは確認している。
いつも荒っぽい運転をしているソードフィッシュは現在、整備中。パーシーはバスと汽車を乗り継いで来たのだった。
「結構だ」
パーシーは断ったが、
「一刻も早く、捜査に取りかかりたいのでしょう? 駅まで歩くと20分はかかりましてよ」
断る理由がなくなった。背後からネルの視線も気になる。
「……では、ご厚意に甘えさせていただく」
不承不承という体でパーシーは蒸気タクシーへと向かった。
メイドのモリーはタクシー後席のドアを開けると、自分はさっさと助手席に乗り込んだ。
モリーったら企んでくれるわね。ヴィヴィアンは内心つぶやいた。
これで必然的にパーシーはヴィヴィアンと後席に並んで座ることになる。
先にヴィヴィアンが乗り込み、パーシーは後席左側に座った。
2
刑事と令嬢とメイドを乗せて、蒸気タクシーは、市中央にある警察本部へと向かった。
後席のヴィヴィアンとパーシーの間に奇妙な緊張感があった。
何を話したものか……。
ヴィヴィアンはパーシーと肩が触れあうほど近くにいる状況に期待したものの、いざそうなってみると言葉が出ないのだった。
パーシーのほうも、先ほどつい頑なな態度をとってしまった気まずさがあって自分から会話を切り出せずにいた。
下町を抜け、橋を渡り、蒸気タクシーは幹線道路に出た。
後席の二人は無言のままだ。
「警察本部まで、あと10分ほどでしょうか?」
環状鉄道の高架橋が見えて来たところで、助手席に座るモリーがタクシーの運転手に聞いた。
「今日は道が空いてるから10分もかかりませんよ」
「だ、そうです。ヴィヴィアンさま」
「分かっているわ」
ヴィヴィアンはせき払いして
「聖杯盗難事件は今回で4件目。犯人のねらいは何だと考えていますか? 刑事さん」
と、尋ねた。
「犯人のねらい?」
「聖杯教会にある聖杯は美術的、金銭的な価値はさほど高くありません。ですが一部の神秘主義者の中には、伝説にある奇跡の力を宿していると信じている方々がいますわ」
この世界は、科学技術と魔術が融合した産業革命により大きく発展した。
魔術、錬金術が産業に役立てられたことで、神や奇跡も実在するとの考えが広がっているのだ。
しかしその目的は信仰とはほど遠い。
神や奇跡の原理を解き明かし、技術、産業に応用しようというのだ。
「犯人は、どこかの教会に本物が──奇跡の力を持つ聖杯があると信じて、犯行を重ねているとは考えられないでしょうか?」
どうだ? とヴィヴィアンはパーシーの顔を見た。
「下らない」
「な…っ!」
切り捨てられてヴィヴィアンは怒りの声を上げそうになった。
「失礼。貴女のことではないレディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
気配に気づいたかパーシーが言う。
「オレも貴女と同じ考えだ。オレが下らないと言ったのは、犯人が聖杯に奇跡の力があると信じていることだ。聖杯にそんな力などない」
パーシーの言葉にヴィヴィアンは怒りも忘れ、驚いた。
「刑事さんは、セント・ジョージ教会の聖杯は本物だと信じていると思っていましたわ」
だからこそパーシーは犯人に怒りを燃やし、また先ほどヴィヴィアンが代わりの聖杯を寄贈することに腹を立てたのだ。そう思っていた。
「本物かニセモノかは関係ない。大切に思う人がいる、それが重要だ」
パーシーが言う。
「聖杯教会は人々に安らぎを与えている。近代化に染まらない聖杯教会は、日々時間や数字に追われる人々には安らげる場所なんだ」
他の教派、例えばキャメロット国教会は大聖堂にガス灯や蒸気自動オルガンを取り入れ、近代化している。キャメロットに限らず、これは世界的な流れだという。
それに対し、聖杯教会は「古くさい」と言われる伝統的スタイルを維持し続けている。
──変わらないでいること。
それが近代化に疲れた人々の癒しとなっているのだった。
「聖杯教会は地域に暮らす人々の心の拠り所だ。聖杯はそのシンボルだ。本物かニセモノかは関係ない。だから取り返す。必ず」
「本物かニセモノかは関係ない、ですか」
ヴィヴィアンが小さく言った。
ヴィヴィアン・ベンウィックと名乗る彼女は、死んだベンウィック伯爵の娘の細胞を複製して生み出された複製人間である。
──本物かニセモノかは関係ない。
その言葉は、法的には人間でさえない彼女にとって特別な意味があった。
「パーシ──」
「着きましたぜ」
ヴィヴィアンがパーシーとその名を呼ぼうとしたその時、運転手の声と共にタクシーが止まった。
タクシーが警察本部前に到着したのだ。
「ありがとう。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
ヴィヴィアンに礼を言い、パーシーはドアを開けてタクシーを降りた。そして振り向きもせず、早足で警察本部内へと入っていった。
「今一歩でしたわね」
感情のない声で助手席のモリーが言い、ヴィヴィアンは声にならないうめき声を上げた。
「……あの、ご令嬢は気分が悪いので?」
頭を抱えてうずくまる令嬢を心配して運転手が声をかけた。
「気にしないでください。次はラムステッドのベンウィック邸までお願いします」
「へ、へい……」
メイドに応え、タクシーの運転手は車を出した。
なんて間の悪い! 気の利かない運転手ですわね!
ヴィヴィアンは心の中で叫び、運転手の後頭部をにらみつけた。
殺気をはらんだ視線にさらされ、運転手は震え上がった。
オレ、何かとんでもない粗相をしちまった?
哀れな運転手は生きた心地がしないまま、貴族たちの住まいがあるラムステッドへ車を走らせるのだった。
事件を追う、ストーリーを進める、を重要視するなら、3-2とこの3-3はもっと短くできたでしょう。
しかし、パーシーの生い立ちや背景、何よりヴィヴィアンとの「めんどくさいラブコメ」が書きたかったのです^_^;
わかってくれすよね?
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