#3-2.聖杯教会と刑事
【前回までは】
闇市場で聖杯を買い集めている者がいる? それは連続する聖杯教会盗難事件と関係があるのか──
1
キャメロット連合王国には様々な教派の教会がある。
聖杯教会もその一つである。
聖杯教会は、初代アーサー王の時代、奇跡と癒やしの力を見せた聖なる杯を祀る教会である。
キャメロット市内だけで教会と聖杯は40以上あるが、どの教会も
「我が教会にある聖杯は本物」
と、主張している。
その聖杯が盗まれる事件が続けて起きていた。
「これで4件目。この教会の聖杯が盗まれるとは……」
パーシー・ローマン刑事は忌々しくつぶやいた。
──セント・ジョージ教会。
労働者階級の街シンダートンの中央にある教会である。
聖堂は石造りの重厚な建物で、外壁には15年前の大火の焦げ跡が今も残っている。
この辺りは大火の被害がとくに大きかった地域であり、セント・ジョージ教会の聖堂は、あの火災で焼失しなかった数少ない建物であった。
パーシーが教会の扉の前に来た時、その目の前で扉が開いた。
「パーシー!」
現れたのはブロック神父、そしてネルだった。
「ご無沙汰しております。神父」
「クリスマス以来か」
神父はパーシーの手をにぎり、目を潤ませた。
「よく来てくれましたパーシー」
ネルが言う。彼女が窓からパーシーを見つけたので、神父と共に駆け出して来たのだった。
「いつ退院したんだ? ネル」
「一昨日よ。お店再建の目途が立つまで、またこちらでお世話になることにしたの」
ネルは仕立屋を営んでいたが、先週、怪人放火魔ファイアーティストに店を燃やされてしまった。
その火事で呼吸器を痛めていたため数日入院していたのだった。
「そうか。ここはオレたちの家だからな」
顔色が良くなったネルにパーシーは微笑んだ。
パーシーもネルも15年前の大火で孤児となり、この教会が運営する孤児院で育ったのだ。
二人にとってセント・ジョージ教会は第二の家であり、孤児仲間──家族のいる場所であった。
その教会の宝である聖杯が盗まれた。許しておけるものではない。
「教会から聖杯が盗まれるのはこちらで4件目。状況を教えてください」
パーシーは怒りを抑えながら神父に尋ねた。
「警告していただいたというのに。申し訳ないかぎりだ」
無念そうに神父は言うと、聖堂のほうへと歩き出した。パーシーとネルも後に続く。
「戸締まりは厳重にし、表の扉と裏口には見張りを立てていた。しかし朝、聖堂に入ると聖杯がなくなっていたのだ。天窓が破られていたことから、そこから入ったのだろうが……」
ブロック神父とともにパーシーは聖堂の屋根を見上げた。
さほど大きな聖堂ではないが、明かり取りの窓がある屋根まで15メートル──4階建ての建物の高さはある。
この辺りは労働者階級の街だ。3階程度の建物がほとんどで、しかも聖堂から30メートルは離れている。聖堂と同じかそれ以上の高さの建物となると半径100メートル以内にはない。
あの高さに届くハシゴでは人目に付く。鍵付きのロープでも同じだ。そんなものを抱えた人間が近づけば、表と裏、どちらかの見張りの目に留まる。
「盗まれたのは聖杯だけですか?」
「ああ、燭台など銀製品はいくつかあったが手つかずだった」
パーシーの問いに神父が答えた。
誰にも気づかれず天窓あるいは鐘楼から侵入し、聖杯のみを奪う。
「やはり他の3件と同じ賊か。容易ならざる相手だな」
つぶやきながらパーシーは闘志を燃やした。
2
「ヴィヴィアンさま。予想通りですね」
蒸気タクシーから下りたメイドのモリーが、教会の前にいるパーシーを見つけて言った。
「別に、彼に会いに来たわけではなくてよ」
モリーの後にタクシーを下りたヴィヴィアンが、ツンと顔を上げて言う。
「レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック?」
蒸気タクシーの音に気づいたパーシーが振り向いて言う。
またそんなカタい呼び方をする。と、ヴィヴィアンは思った。
先週、ファイアーティストの事件でふたりの距離が近づいたと喜んだのも束の間、パーシーの口調はまた元に戻っていた。
「どうしてこちらに?」
「ネルが退院して、今はこちらだと聞きましたので。お見舞いがてら、お店再建の相談があればと思いまして」
パーシーの問いに、今この場で思いついた言い訳を言うヴィヴィアン。
「わざわざありがとうございます。ヴィヴィアンさま」
「ネルのために…感謝します。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
感激するネルに続き、生真面目に感謝したパーシーは、すぐに神父の方を向いて、
「詳しい被害状況を伺いたいのですが、よろしいですか?」
と、ヴィヴィアンを放置して捜査に戻った。
これにヴィヴィアンは少なからず気分を害した。しかし、
ここで怒りを露わにしては負けよ、と、表面上は笑顔でネルに話しかけた。
「元気になったようで良かったわ。ネル。お店のことで困ったことはないかしら?」
「ありがとうございますヴィヴィアンさま。いま再建資金の目途が付いたところです。ガラードが新聞で呼びかけてくれまして」
「あなたの作るドレスを心待ちにしている方が大勢いるということですわね」
そこでヴィヴィアンは気づいた。
「そのガラードさんは? 彼もこの教会の孤児院で育ったと聞いていましたが」
新聞記者のガラード・クロスはパーシーの幼なじみである。いつもパーシーのいるところにはほぼ必ずガラードがいるのだが、今日はその姿がない。
「聖杯が盗まれた件の記事を書くため、すっとんで帰りました」
「まあ、聖杯が奪われたの?」
ヴィヴィアンは今聞いて驚いた、というふうに叫んでみせた。
これでパーシーと話す糸口が出来ましたわ。
と、パーシーのほうを見ると、刑事は神父と聖堂に入ってゆくところだった。
「驚きました。ヴィヴィアンさまがパーシーやガラードと知り合いだったなんて」
固まったヴィヴィアンにネルが言った。
「ご存じでした? ガラードが記者になると決めた理由は、ヴィヴィアンさまだったのですよ」
「え? どうして?」
「ガラードが14歳くらいの頃でしたでしょうか…ヴィヴィアンさまの破天荒な記事を読んで、新聞記者になれば、こんな人に会うことが出来るんだ! そう思ったのがはじまりだったとか」
「その頃というと…私が顔を隠してレースや射撃大会に出ていた頃かしら。──ああ、ネルに、女の子に見えない服を頼んだ時ね」
世間を騒がせた伯爵令嬢の破天荒な振る舞い。
それはランサーを扱うためのトレーニング、その成果を確認するための行いだった。
「ローマン刑事は? 彼が警察官になった理由をネルは知っているかしら?」
ふと思いついてネルに聞いてみた。
「そう言えば、いつ決めたのでしょう? あの子、昔から自分の気持ちを人に言うことが少なくて」
「昔からああだったの?」
「ええ。顔はかわいいのに、かわいげの無い子でしたわ。──どうかしました?」
突然、ヴィヴィアンが胸を押さえて俯いたのでネルは驚いた。
「い、いえ。少し目まいが。寝不足かしらね」
かわいいのに、かわいげの無い…!
少年時代のパーシーを想像し、息が止まるほどときめいた! などと言えないヴィヴィアンであった。
アーサー王の時代から1,400年。
聖杯をご神体のように祀る教会があってもいいだろう、ということで聖杯教会の登場です。
そして隙あらばラブコメを入れるスタイルですw
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