#3-1.正義の味方はご機嫌斜め
【前回までは】
狂気の放火魔ファイアーティストの事件は解決した。しかし刑事パーシーは、新聞のある見出しを見るや飛び出して行った──
1
その日の朝、ホムズ河沿岸は薄い霧に包まれていた。
「朝だぜ」
巡回する警官が、白み始めた空を見ながら相方に言った。
「今夜は現れなかったな」
「何もないのが一番さ」
警官たちが言い合う。
彼らが夜通し巡回していたのには理由があった。
このところキャメロット市内では窃盗、強盗事件が頻発しているのだ。
中でもホムズ河近くの宝飾店や骨董店が立て続けに被害に遭っている。そのため夜間の巡回が強化されていた。
二人の警官が分署に戻ろうとした時だ。
後ろから奇妙な音が聞こえてきた。
びしゃ、びしゃ…濡れた布で石畳をたたくような音がする。そして、
「泥棒!」
という叫び声。
はっとして二人の警官が振り返ると──
「な、なんだこいつは!?」
朝霧の中、奇っ怪な人間がいた。
全身が真っ黒いぬらぬらした皮膚に覆われ、頭髪はなく、大きな目玉が夜明けの光にきらめいている。手には水かき、足はヒレ状、背に楕円状の甲羅があり、小さな背びれが突き出ている。
まるで立ち上がったカエルだ。フロッグマンだ。
もしこの場に日本人がいたら河童だと思ったであろう。
突然の異形との遭遇に、警官たちは立ちすくんだ。
「泥棒だ! 捕まえてくれ!」
店主と思われる男の叫びで、警官達は我に返った。
よく見れば、フロッグマンの背中にあるボードは明らかに人工物である。ボードについた背びれと見えたものは先が水平に広がったT字型をしていた。
黒いヒフと見えたものはゴム製のスーツで、目玉はゴーグルだ。そして水かきのある手にはゴム製の大きな袋を手にしている。中身は盗んだ品であろう。
「待て!」
警棒を抜いて警官たちが叫ぶと、フロッグマンは慌ててホムズ河のほうへと駆け出した。
フィン状の足が石畳をたたき、びしゃびしゃという音を立てる。
フィン状の足は走るのに不向きで、警官たちはたちまち距離を詰めてゆく。しかし──
「あっ!」
今一歩というところで、フロッグマンは警官の手を逃れ、ホムズ河へと身を躍らせた。
水柱が上がり、フロッグマンは水中に沈んだ。しかしすぐに水面に現れた。
背中のボードを外し、フロッグマンはその上に腹ばいに乗っていた。ボードとゴムのスーツには浮力があるのだ。
「ゲっゲっゲっ」
フロッグマンが笑い声を上げた。勝利の笑いだった。しかしその時──
重い排気音と共に、真紅の二輪自動車が現れた。それを駆るのは白い騎士。
「「「──薔薇の騎士!」」」
警官たちとフロッグマンは同時に叫んだ。
2
朝霧を切り裂いて巨大にして華麗なモーターサイクルがやって来る。
昇り始めた朝日に真紅の流線型のカウルが映え、金色の薔薇の文様がきらめいている。
「ゲゲっ!」
フロッグマンはうめくと、腹ばいに乗っているボードの装置を作動させた。
ボードの後方から大量の気泡が発生し、凄まじい勢いでフロッグマンは水上を疾走する。
「なんて速さだ!」
警官たちが目を剥いた。
フロッグマンのボードは、警察が使う蒸気ボートの二倍以上のスピードでホムズ河を横断してゆく。
ハイドロロケットとフロッグマンが名付けたこの推進機構は、過酸化水素と水を反応させて大量の酸素を発生させ、それを推進力に使うというものだ。
ボード下にあるT字型の突起は水中で揚力を発生させてボードの前半分を持ち上げ、水の抵抗力を大きく減らす。
その速度は時速50キロを越えていた。
「いかにランサーでも水上でこれには追いつけまい。橋は何百メートルも先だしな!」
ボードにしがみつきながらフロッグマンは笑った。
真空フロギストンエンジンが咆吼し、ランサーが加速した。
数百メートル先にある橋を渡り、対岸に向かうつもりだ。
時速80キロ…90キロ…。運河沿いの道を速度を上げながらランサーが疾走する。
──ランスフォーム。
このモーターサイクル形態をヴィヴィアンたちはそう呼んでいる。
橋の手前、後輪を滑らせ、真紅のモーターサイクルはほぼ直角に曲がり、橋を渡る。
時速70キロ…80キロ…橋を渡りながら、ランサーはカーブで失った速度を取り戻して行く。
時速100キロ…120キロ…もうすぐ橋を渡りきる。
「規格外のスピードだ!」
「だが橋を渡りきったところで右に曲がる必要がある。またスピードが落ちてしまうぞ」
警官たちが見守る中、ランサーが橋を渡りきった。
その直後、真紅のモーターサイクルは前輪を大きく跳ね上げた。
モーターサイクルがその形を変えてゆく。
車体中央部が折れ、カウルが移動して乗り手を覆う。エンジンブロックは背面に移動し、後部ユニットが手足へと変わる。
数秒でモーターサイクルは身長約4メートルの機械の騎士にと変形した。
──ナイトフォーム。
ランサーの人型形態をこう呼ぶ。
高速走行中で変形したランサーは、その勢いで空中を飛ぶ。
空中でランサーの右手が橋のたもとにあるガス灯をつかんだ。
それを支点に強引に90度ターン。そして再びランスフォームに変形。ランサーは、ほぼ減速せずにカーブを曲がりきった。
「おお!」と警官たちが歓声を上げる。
河から上がったフロッグマンの眼前に、真紅のモーターサイクルが後輪を滑らせ停止した。
「んなバカなぁ!」
フロッグマンが驚愕の叫びをあげる。
ランサーはフロッグマンの予想など遙かに超えた存在だったのだ。
よろよろと後ずさるフロッグマンに向け、薔薇の騎士が左手をつき出した。
ひゅんっ! と風を切る音がしたかと思うと、フロッグマンの身体に鋼線が巻き付いていた。
薔薇の騎士の左腕には、捕獲ワイヤーを射出する機構が備わっているのだ。
「ゲゲゲぇ!?」
鋼線に縛られたフロッグマンは為す術もなく石畳に転がった。
3
鋼線に縛られたフロッグマンが転がった拍子に、手にしていたゴム袋が石畳の上に落ちた。ゴム袋の口が開き、中から金や銀のゴブレットが転がり出る。
「カップを集めるのが趣味か?」
ランサーから降りた薔薇の騎士が尋ねた。
機械がしゃべっているかのような金属質なその声に、フロッグマンはぎょっとなった。機械で声を変えているのだ。
フロッグマンは転がったまま薔薇の騎士を見上げた。
その名の通り、青い薔薇の装飾がほどこされた白い甲冑が全身を包んでいる。年齢はおろか性別さえもわからない。
「素直に答えた方が身のためだぞ」
薔薇の騎士、その右手の甲辺りに、バチッと火花が散った。電気ショックを与える仕掛けがあるのだ。
フロッグマンは震え上がった。
彼が着ているゴムスーツ程度の厚さでは電流は防げないと知っていたからだ。それにスーツなんか、めくられたりすればそれで終わりだ。
「最近、こういうブツを高く買う御仁がいるって噂なんだ」
「こういうブツ? 高価なゴブレットやカップをか?」
薔薇の騎士の質問に、フロッグマンは転がったままカクカクとうなずいた。
× × ×
フロッグマンに青薔薇のカードを残し、ヴィヴィアンは基地アーセナルへと戻った。
「今回も、手応えのない相手だったわ」
出迎えた老執事ボールスにヘルメットを渡しながら、ヴィヴィアンは苛立たしげにつぶやいた。
「ご機嫌ななめだね」
「パーシー刑事がロッホ・ネスに来ないからでしょう」
先に戻っていたメイド姉妹のフェイとルーが言い合う。
「そんなことないわ!」
ヴィヴィアンは強く否定した。しかし、
「パーシーのことなんて、別に気にしてないから……」
続く言葉は小さくなってしまった。
「バレバレだよ」
「そこが良いのですよ」
フェイとルーが笑い合う。
「あなたたち!」
声を荒げようとしたヴィヴィアンの前に、三姉妹長女のモリーが音も無く割って入った。
「こちらをご存じですか?」
モリーは何日か前の新聞を手にしていた。ラウンド──記者ガラードが勤めている社の新聞だった。
「先日、刑事さんが飛び出していった際に置いていった新聞です」
新聞の最終面に、小さく載っている記事を指差し、モリーが言った。
「……聖杯をねらう盗賊?」
ヴィヴィアンは美しい眉をひそめ、つぶやいた。
聖杯教会の聖杯が連続して盗難被害に遭っているという記事である。
──最近、こういうブツを高く買う御仁がいるって噂なんだ。
ヴィヴィアンの脳裏に、今しがた捕らえたフロッグマンの声が蘇った。
第3話(章)本編スタートです!
今回の文字数は約5万4千ほど。
お付き合いいだけるとうれしいです。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
よろしければブクマ、評価、リアクション、感想、レビューなどをお願いします。
質問やツッコミも大歓迎ですよ!




