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#2-14.ホムズ河炎上

【前回までは】

狂気の放火魔ファイアーティスト。真の目標は巨大タンカーだった。刑事パーシーと記者ガラードは大河ホムズ河へと向かう──



     1



 ドックランズはキャメロット市東部、ホムズ河沿いにある港湾、造船、倉庫からなる一大工業地帯である。

 その中にはペトロポリタン社の石油貯蔵施設もあった。


 直径、高さともに約9メートルの巨大な3,000バレル級の石油タンクがいくつも並び、川岸には接岸したタンカーから石油を移送する可動配管ローディング・アームなどの施設がひしめいている。


 折しも大型タンカー・イグニスが入港、接岸するところであった。


 乗降用のタラップが設置され、作業員が乗り込もうとしたその時、濃い霧があたりに立ちこめた。


「なんだこの霧は?」


 日没まで5時間はある時刻である。作業員たちは不審に思った。


 ファイアーティストの煙幕だった。


 炭酸カルシウムと石油ジェルからなる薬剤を水と反応させることで白煙を大量に発生させるのだ。

 反応の際、アセチレンに似た刺激臭がするのだが、石油のそれに紛れて作業員たちは気づかなかった。


 白い帳の中に青紫色の炎が浮かんだ。


 驚愕、恐怖する作業員たちの前に、白煙を割って燐火を手にした銀色ののっぺらぼう──ファイアーティストが現れた。


「ペトロポリタンご自慢の船。ファイアーティストがいただく」


 そう宣言し、ファイアーティストは


「シャシャシャっ!」


 と奇っ怪な笑い声を上げた。



     ×   ×   ×



 パーシーは蒸気自動車ソードフィッシュをドッグランズにあるペトロポリタンの石油貯蔵施設に向け、走らせていた。


「ファイアーティストのねらいはタンカーだって?」

「ヤツはペトロポリタンに恨みを持っている。タンカーはペトロポリタンと石油業界を支える存在だ」


 ライト・チャペルを出たところで東に折れ、幹線道路で南東方向に向かい、ホムズ河を目指す。


 通りは馬車と蒸気自動車であふれており、快速のソードフィッシュはその真価を発揮できない。

 直線で5キロほどの道のりが、パーシーにはその10倍以上に感じられた。


「タンカー爆破がグレートファイアの再現になるのか?」


 ガラードが尋ねる。


「いまホムズ河にはイグニス級のタンカーがもう1隻、中小のタンカーも十隻以上いる。そして下流には石油、ガス、化学工場がいくつもある」

「あっ!」


 ガラードは息を呑んだ。


「ヤツはタンカーを乗っ取って下流に向かい、そこで石油を流出、爆破するつもりだ」

「そんなことしたら…!」


 その光景を思い浮かべ、二人はぞっとした。


 火の付いた原油が川面に広がり、他のタンカーに燃え移る。炎はさらに燃え広がり、津波のように沿岸の工業地帯に押し寄せる。

 石油施設、ガス工場が次々と爆発、炎上し、ホムズ河一帯は炎に呑み込まれて行く……。


「犠牲者は工業地域だけで数万。発生する有毒ガスでさらに数十万人の犠牲者が出るだろう」

「マジか…!」


 ガラードがうめいた時、ソードフィッシュはホムズ河に出た。


「あれだ!」


 パーシーはハンドルを切って叫んだ。

 川面に巨大なタンカー・イグニスが、後進しながら下流へと移動している。


 そのブリッジに、青紫の炎がゆらめくのが見えた。


「遅かったか!」


 パーシーは叫んだ。


 悪魔の炎の噂は広く知れ渡っている。あんなものを石油施設やタンカーで見せられたら、言いなりになるしかない。


 タンカー・イグニスはファイアーティストに乗っ取られたのだ。



     2



 ホムズ河下流を目指して、巨大タンカー・イグニスがゆっくりと進む。


 イグニスは全長90メートル、幅11.3メートル。この世界で最大のタンカーであり2万3千バレル以上の石油を積載可能である。


 ホムズ河の幅は最大でも300メートルほど。イグニスの巨体では回頭は不可能であり、下流に向かうには後進でゆくしかない。

 そのため速度は前進の半分程度、せいぜい4~5ノット──時速7~9キロ程度である。


 ソードフィッシュを停め、パーシーとガラードは川岸へと駆け寄った。


「どこかにボートでもねぇか?」


 ガラードが身を乗り出して川面を探す。


 この辺りの川幅は300メートル近い。大小の船が航行しているが、手頃なボートは見当たらない。


「ボートがあったとして、どうやって乗り込む?」


 タンカーの船縁(ふなべり)は川面から5メートルはある。よじ登ることは不可能だ。


 二人が歯がみしていると、遠くから重い排気音が近づいて来た。


「まさか?」


 轟く排気音のほうに振り向くと、はたして真紅のモーターサイクルが現れた。

 高速でやって来たランサーは、二人の手前で後輪を滑らせ、急停止した。


「お困りのようだな。刑事さん」


 薔薇の騎士が機械化した声で言った。


「ふざけている場合じゃない! ファイアーティストがあのタンカーに!」


 パーシーが叫ぶ。


 やはり…と、薔薇の騎士ことヴィヴィアンは内心でつぶやいた。


「では、私が船までお連れしよう」


 薔薇の騎士はそう言うと、ランサーを人型形態(ナイトフォーム)に変形させた。


 パーシーとガラードがランサーの変形を見るのはこれで三度目。しかし二輪自動車が搭乗者を包み込むようにして人型形態になる様は、何度見ても驚異に目を見張り、驚嘆せずにはいられない。


「行くぞ」

「うおい!?」


 右腕にリボルバー・ライフルを手にしたランサーが、左腕でパーシーをつかみ上げた。


 背部に移動した真空フロギストンエンジンがうなりを上げ、高圧噴流を吹き出す。その力で身長4メートルの機械の騎士が地上すれすれに浮き上がった。そして──


「まさかこのまま──」


 パーシーの言葉が終わらないうちに、ランサーはホムズ河の上に飛び出した。

 迫る川面に、パーシーは思わず目を閉じた。


 ばぁん! と爆発音のような音が上がり、パーシーの身体は奇妙な浮遊感に包まれた。


「なんだとぉ!?」


 目を開けたパーシーは叫んだ。


 ランサーが水面を走っている!


 信じがたいことに、背部エンジンから吹き出す高圧噴流は、地上だけでなく水面でも機械の騎士を宙に浮かべているのだ。


 吹き出す噴流で水面に巨大な波紋を作り、機械の騎士がタンカーを目指して翔てゆく。


「いいなぁ、パーシー」


 それを見送るガラードは羨望のため息を漏らした。



     3



 警笛を狂ったように鳴らし、巨大タンカーイグニスは後進で河を下って行く。

 進路上に別の船がいようとおかまいなしだ。

 進路上にいた船が慌てて退避する。


「いいぞ! いいぞぉおお!」


 中小の船が散り散りに進路を空ける姿にファイアーティストは歓声を上げた。


 自分が巨大な存在になったかのようだ。


 いや、オレ──バーナード・ブレイズは大いなる存在なのだ。

 キャメロットの街を焼き尽くす、力を持っているのだから。


 目的のカッパータウンまであと少し。

 大きな石油関係の工業施設がある場所だ。このカッパータウンの近くでタンカーを爆破するのが最も効率がいい。


 ファイアーティストは燐火を手に、ブリッジを出て甲板へと向かった。


 そろそろ火を点けるか。

 ハッチをぐるぐる回して空けるなんて手間はかけない。オレはアーティストなのだから。華麗に行うのだ。


 ファイアーティストは、腰のポーチから真鍮の円筒を取り出した。中身は銀の粘土のようなものが入っている。


 ──テルミット。


 アルミニウムの粉末と酸化鉄を石油ジェルで固めたものである。これをマグネシウム入りの火薬を使って点火すると2,000度を超える熱を生み出す。鉄など簡単に溶けてしまう。


 テルミットをまこうとしたその時、ファイアーティストはそれに気づいた。


「な、なななんだあれは?」


 大きな人間のようなものが水上を走り、向かって来る。


「あいつは薔薇の騎士!」


 いかなる技術か魔法か。ランサーが、あの機械の騎士が、水面を飛ぶように翔ている!


 片手にライフルを構え、もう片手にはどういうつもりか人間を持っている。


 そんなことはファイアーティストにはどうでも良かった。彼は〈作品〉を作り上げねばならないのだ。


 ファイアーティストは船縁に向かい、燐火を放り捨てた。手元に燐火があっては混合燃料ジェミニが使い難い。


「邪魔をするな! 薔薇の騎士ぃいいっ!」


 両手を揃えて突き出し、ジェミニの火炎放射を放つ。

 しかし、ランサーまでわずかに届かない。


 火炎放射を恐れたか、ランサーが船首方向へと回り込んだ。イグニスの船体に隠れ、姿が見えなくなった。


「おのれぇ!」


 ファイアーティストは叫んで反対側の船縁へと走った。


 じりじりする数秒が過ぎ、船体の陰からランサーが現れた。


「今度こそ!」


 慎重に距離を測り、ファイアーティストはジェミニの噴射準備をした。


 あと少し…いま少し…!


 火炎放射の射程にランサーが入った。その時、驚くべきことが起きた。


 背中から激しい噴流を放つと、ランサーが飛び立ったのだ。

 身長4メートルの機械の騎士が、水面から20メートルほどの高さを飛び、空を翔ている!


 驚愕してファイアーティストは火炎放射することもできなかった。


 その前に、ランサーが着地した。


 船体が大きく揺れ、ファイアーティストはへたり込んだ。


「オレの芸術を邪魔するなぁあああ!」


 へたり込んだままファイアーティストは、テルミットをばらまき、燐の火を手の平に出した。

 燐火でテルミットが点火できるかは厳しいが、ファイアーティストはそれに賭けたのだ。


 しかし──


「がっ!?」


 背後から首筋に衝撃を受け、ファイアーティストはくずおれた。


 パーシーである。彼がファイアーティストの首筋に手刀を叩き込んだのだ。


 ランサーが船首に回り込んで姿を隠したのは、彼を密かに乗り移らせるためであった。


 こぼれ落ちた燐の火に、ランサーのライフルから消火弾が放たれた。炎は黒い煙に呑み込まれるようにしてあっけなく消えた。


「貴様は…何ものだ?」


 パーシーに後ろ手に手錠を掛けられたファイアーティストが、ランサーを見上げて問うた。


「その技術、科学力! 貴様は何ものなんだ?」


 叫ぶように問うファイアーティストに、薔薇の騎士はしばし沈黙し、言った。


「キャメロットの守護騎士ファイアーランス!」

「この前と違うじゃないか!」


 というパーシーのツッコミは、強烈な噴射音にかき消された。


 高圧噴流で川面を蹴り、機械の騎士が翔てゆく。


 川面を行き交う船のクルーたちが仰天し、目を見張る。


 その視線に見送られ、ランサーの姿はホムズ河を駆け抜けていった。



サブタイトルとネタは映画『東京湾炎上』より。

ファイアーティストの最終計画を何にするか、思いつかなかったのですが、ふと視たYouTubeで『新幹線大爆破(Netflix)』のCMが…これだ! 昭和のパニック映画だ!

と、『東京湾炎上』を思い出した次第。

困ったら、自分が好きなものに戻る。これですね^^


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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質問やツッコミも大歓迎ですよ!

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