#2-12.放火魔のパレード
【前回までは】
ファイアーティストが街じゅうに仕掛けた時限発火装置。その発見と解除は順調に進んでいたが──
1
──午後3時。
発火装置が作動するまで残り9時間。
「このぶんなら日没までにすべて処理できそうだな」
処理状況を示す大地図を眺め、ルーカン警察本部長は安堵のため息をついた。
25ヶ所に仕掛けられた発火装置のうち20が処理ないし処理待ちになっていた。
「しかし残る5ヶ所は西と南のブロックか。薔薇の騎士に任せた北と東ブロックはほぼすべてが処理済みになっているというのに……」
これは現場に奮励するよう通達するべきか?
余裕が出たルーカンが、そんなことを考えていると、
「……気に入らん」
ガウェイン消防局長が不機嫌に大地図をにらみつけていた。
「何がですかな?」
この半日でだいぶガウェインに慣れてきたルーカンが尋ねた。
「先ほど、コバルト・ガーデンから鎮火の報せが入った」
中に金目の物があるのでは…と考えた不心得者が木箱を開け、発火装置を作動させてしまったのである。
「燃えたのは木箱だけ。人や建物に被害はなかったが」
「特別消火剤が間に合ってよかったですな」
燐火用の特別消火剤は、ヴィヴィアンが用意した化学工場で急ピッチで製造されていたが、いまだすべての消防署に行き渡ってはいない。
幸い、コバルト・ガーデンを担当する消防署には火災が起きる前にこの消火剤は届けられていた。そのため火災は最小限の被害で済んだ。
「特別消火剤の成果ではある。だがそれだけではない。15年前の大火の後、キャメロットでは徹底した防火対策が取られた。道幅を広くとり、建物の外壁を厚い耐火素材で覆うようになった。キャメロットは15年前とは比較にならぬほど火災に強くなっている」
「はあ」
何が不満なんだ? とルーカンは思った。
「ファイアーティストが印を付けた場所は人口密集地域だ。そういう場所ほど火災への備えは徹底している。無論、同時多発となれば大きな被害が出るが…グレートファイアの再現にはほど遠い」
「なるほど。しかしそれはファイアーティストが燃料の専門家であっても、火災は素人だった、ということでしょう」
「ならば良いが……」
ガウェインが不機嫌にうなった。その時、急報が入った。
「ライト・チャペルで問題発生!」
× × ×
──同じ頃。
中央地区で発火装置捜索に加わっていたパーシーも違和感を感じていた。
「どうした? 浮かない顔して」
ガラードが尋ねた。
キャメロット警察は、発火装置すべての処理が終わるまで記事にしないことを条件、新聞各社に同行取材を許していた。
「処理は順調に進んでいるじゃねぇか」
「順調すぎるからだ」
処理作業を行う消防士たちを見つめながらパーシーは答えた。
路地に置かれた木箱に仕込まれた発火装置から、消防士が時限装置を外す。燃料は木箱に入ったままトラックに積まれ、ポリスカーの先導で郊外に用意した処分場へ運び、点火・処分されるという手はずである。
「ファイアーティストは頭が切れる。そして用意周到だ。ヤツの言う〈作品〉が、この程度とは思えない。何か…何かを見落としている気がする」
パーシーが言ったその直後、警官が慌ててやって来た。
「本部から報告! ライト・チャペルにファイアーティストが現れました!」
2
屋根から屋根へ、美しい影が飛ぶ。
メイド姉妹の次女ルーである。
ゆるくウェーブしたブロンドの髪に、黒のワンピースの上からでも分かる見事な肢体。年齢は20歳を少し過ぎたくらいに見える。
機能停止、保存状態にされていた三人を、ヴィヴィアンがマーリンに命じて覚醒させた。最初がモリー、次にルー、最後がフェイだった。
モリーより年上に見えるルーが次女ということになっているのはこのためである。
発火装置の探索が終わり、ベンウィック館に戻ろうとした時、ルーはライト・チャペルの辺りが騒がしいことに気づいた。
霊波通信でヴィヴィアンに報告したルーは、騒ぎの元を調べに向かっていた。
足音も立てず、風のようにルーは屋根の上を駆けて行く。
煙突や蒸気弁があればそれをかわし、飛び越える。
速く、力強いがその動きはあくまで優雅であった。
メインストリートを見下ろすビルに到着したルーは、煙突の陰に隠れながら様子を窺った。
この通りは貧困街ライトチャペルの中にあって比較的裕福な人たちが住んでいる場所だ。
通りの両側には3、4階建ての集合住宅が並んでいる。
「ファイアーティストが来るぞ!」
「街が焼き払われる!」
叫びながら大勢の人々が通りを駆けている。
その声に、通りの住宅から、店舗から、人々が飛び出て来て合流する。
金切り声。子どもの泣き声。怒号。
通りは恐怖と混乱に溢れていた。
「メインストリートは避難する人たちで混乱しています。ファイアーティストが来ると口々に叫んでいます」
「発火装置の情報が漏れたのかしら?」
ルーの報告にヴィヴィアンは首を傾げた。
どこかのタブロイド誌が警察との協定を破ったか。警官と消防士のやりとりを聞いたか。
「……あるいはファイアーティストが噂を流したか」
ヴィヴィアンがつぶやいた時、
「通りの北より、20人ほどの人間に囲まれたトラックがやって来ます。あれは……」
避難する人々の向こうから、蒸気トラックとそれを取り巻く一団が現れた。
「トラックの荷台に、ファイアーティストと思われる人物がいます」
荷台にファイアーティストを載せたトラックは、その周囲にいる男たちが歩くのと合わせてゆっくりと通りを進んでいる。
付き従う男たちは、皆貧相な身なりをして、手にはナイフや火かき棒、ハンマーが握られていた。
まるでパレードだ。
これはならず者を従えた、放火魔のパレードなのだ。
「何故、今姿をさらす?」
ヴィヴィアンのつぶやきの〈声〉がルーに届いた時、一台の蒸気自動車が猛スピードで現れた。
後輪を大きく滑らせ、ファイアーティストの行列の行く手を塞ぐように急停止する。
「あらぁ」
ルーがおっとりした驚きの声を上げた。
「パーシー刑事が参りましたわ」
3
──ライト・チャペルにファイアーティスト現る!
その報せを聞いたパーシーは、ガラードと共に蒸気自動車ソードフィッシュでライト・チャペルに急行した。
「なんだこれは」
パーシーはその光景に愕然となった。
まるでファイアーティストを讃えるパレードのような有様だ。
避難する人々を追い立てるようにして、ファイアーティストと20数人のならず者たちが、二人のほうに向かって来る。
「応援が来るまでどのくらいかかる?」
そっとガラードがパーシーに聞いた。
こちらは2人。対するは20人あまりの暴徒。分が悪すぎる。
「10分か。あるいは……」
ぎらつく眼で迫るならず者たちから目を離さずパーシーが答えた。その声も表情もきわめて冷静である。
「ムダかもだが時間稼ぎしておくか」
ガラードはため息をつくと、
「お前ら! そこにいるのは連続放火犯だぞ!」
と、怒鳴った。
「知ってるとも!」
ならず者の一人が声を上げた。
「結構なことじゃないか」
「燃えるがいいさ。オレたちには関係無ぇ!」
他の連中が続く。
「関係ないだと?」
ガラード、そしてパーシーの表情が険しいものになった。
「火事が起きれば一稼ぎできるってもんよ」
「景気よく、みんな燃えちまえばいいんだよ!」
ならず者たちがゲラゲラ笑う。
その後ろ、トラックの荷台に乗るファイアーティストが、勝ち誇ったように両手を広げた。
「てめぇら…!」
ガラードが怒りのうなり声を上げる。
「やっちまえ!」
その声を合図に、ならず者たちがパーシーとガラードに襲いかかって来た。
お気づきの方もおられるかと思いますが、本作の1話、2話はバットマン(Tバートン監督)を参考にしています。
#1-1は物語の始まり方。
この#2-2はジョーカーのパレードをイメージしてます。
さて第2話(章)もあと3つ。
伏線の回収、そしてアクション回が続きますよ!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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