#2-11.炎の中、目覚めしもの
【前回までは】
炎の怪人ファイアーティストの同時多発放火計画。タイムリミットが迫る中、警察そしてメイド三姉妹は時限発火装置を発見、解除してゆく──
1
ファイアーティストことバーナード・ブレイズは、左頬の火傷の跡に手を触れた。
15年前の大火で、ブレイズは全身に火傷を負った。
その傷痕のため顔の左半分は引き攣り、歪んだ笑いを浮かべているかのような面相になっている。
この顔の傷痕に触れる時、ブレイズの身体を性的な快感にも似た感覚が駆け巡る。
15年前の大火の記憶、あの至福が蘇るのだ。
あらゆるものが炎に呑み込まれ、消えて行く…!
なんと素晴らしい光景だ!
これほど美しいものがこの世にあろうか。炎こそ、最高の芸術だ!
頬の火傷痕を触れながら、ブレイズは恍惚となった。
× × ×
──15年前の6月6日。
その日、バーナード・ブレイズはすべてを失った。
燃料部門で多大な功績を挙げた彼を、ペトロポリタン社は切り捨てた。
石炭メジャーの圧力に屈し、燃料としての石油に見切りを付けたのだ。
それだけならまだしも、ブレイズが心血を注いで完成させた二液混合式燃料ジェミニの技術までもペトロポリタンは奪ったのだ。
「ジェミニは社のカネで開発した社の成果物だ。君のものではない」
シェルダン社長は冷たくそう言い放った。
絶望し、通りをさ迷い歩いていたブレイズは、そこであの大火に遭遇した。
燃える! すべてが燃える!
ペトロポリタン。石炭メジャーたち。
ブレイズを否定し、裏切ったヤツらのビルが、工場が、燃えている。
なんと美しいんだ!
ブレイズは感動し、歓喜した。
彼が憎むもの、呪ったもの、そのすべてを炎が浄化してくれる。
燃えろ! もっと燃えろ!
炎にあぶられながらブレイズは歓喜した。
痛みなど感じなかった。それどころか感じたことのない悦楽に彼は包まれていた。
燃えろ燃えろ! すべてを焼き尽くせ!
炎と至福の中、ブレイズは意識を失った。
2
ブレイズが気がついたのは救貧院のベッドの上だった。
5年の月日が過ぎていた。
ブレイズは失望した。
炎に包まれ、至福の中で命を終えたと思ったのに、生きていたのだ。
何より、あれだけ焼き尽くされたにも拘わらず、キャメロットが復興しつつあるのだ。
石炭メジャーもペトロポリタンも、滅びるどころか大火の前よりも繁栄しているではないか。
動けるようになると、ブレイズはジェミニの特許を取り戻すべく裁判を起こした。
しかしペトロポリタンは応じなかった。
燃料としての石油を許さない石炭メジャーは、ペトロポリタンを庇護する代わりにジェミニを葬るよう命じていたのだ。
裁判を通してそれを知ったブレイズは激怒した。
そして気づいた。
──あの程度の炎では足りない。
もっと…もっと大きな炎が必要だ。
石炭メジャー。ペトロポリタン。その存在を許すキャメロットそのものをブレイズは憎んだ。
そして決意した。
──もっと大きな炎を作り出す。
その炎でキャメロットを覆ってやる、と。
× × ×
夜が明けたばかりの通りは、ガス灯が消え、夜よりも薄暗かった。
ローブのフードを目深にして顔を隠し、ブレイズは石畳の通りを歩き、目的地へと向かった。
薄暗い通りは、大勢の人で混雑している。
ここは朝市や工場へと向かう人々たちのルートだ。そのため日中よりも人通りが多いのだ。ブレイズが紛れるにはもってこいだった。
突然、人々の足が止まった。
ポリスカーに先導された消防車が通りを通り過ぎて行く。
「どこぞで火事か?」
「噂の放火魔じゃないだろうな?」
「警察はいつまでヤツを野放しにしてるんだ」
人々から上がる不安な声に、ブレイズはほくそ笑んだ。
「お楽しみはこれからだ!」
フードの中、ファイアーティストは邪悪な笑みを浮かべた。
3
ヴィヴィアンは夢を見ていた。
ベッドに横たわる自分を、初老の男──ベンウィック伯爵が見つめている。
またこの夢……夢の中でヴィヴィアンは思った。
何度も見るこの夢は、彼女が誕生した時の記憶であった。
奇跡が起きた! と歓喜する伯爵がヴィヴィアンの手を取った。
しかし彼女は何の反応も示さない。
この時のヴィヴィアンには自我がなかった。意識というものがなかったのだ。
やがて伯爵もそれに気づいた。
伯爵の歓喜は失望そして絶望へと変わっていった。
頭をかきむしり、嘆き、泣き叫ぶ伯爵を、ヴィヴィアンはただ見つめていた。
違う! 違う! こんなはずではない!
そんなことを叫びながら伯爵は出て行った。
そのあとだ。屋敷が炎に包まれたのは。
炎に包まれた屋敷の中をヴィヴィアンはさ迷い歩いた。
伯爵の後を追いかけたのか、それとも何の考えもなく部屋の外に出たのか。それは分からない。
火事に恐怖したからでないことはたしかだ。
この時の彼女は、炎が危険なものであると認識していなかったからだ。
火の粉がドレスに飛び、焦げた穴が空いた時、ヴィヴィアンははじめて意識を得た。
この時、真の意味でヴィヴィアンは誕生したのだ。
大きな斧を手にした大きな男が炎の中から現れたかと思うと、彼はヴィヴィアンを抱え上げ、炎の中から助け出した。
ガウェインに抱えられながらヴィヴィアンは思った。
私は、ベンウィック伯爵の期待したものではなかった。
だから捨てられた。
だから焼かれるんだ。私は──
──私は、要らない子なんだ。
× × ×
カップがソーサーと触れあう音に、ヴィヴィアンは目を開けた。
いつの間にかうたた寝していたらしい。
「起こしてしまいましたか」
ティーセットを片付けようとしていた執事のボールスが言った。
「また、あの夢を見ていたわ。私が生まれた時の記憶……」
ヴィヴィアンはつぶやいた。
「ガウェインのおじさまに抱えられながら私は思ったわ。私は、ベンウィック伯爵の期待したものではなかった。だから捨てられた。私は、要らない子だと」
ボールスは黙って新しいお茶を淹れてくれた。
「でも、ガウェインのおじ様は言ってくれた。──生きていてくれてありがとう、と」
彼女は立ち上がると、ランサーの格納庫へと視線を向けた。
そこではマーリン博士が、真紅のモーターサイクルの整備をしている。
火事のあと、ボールスに保護されたヴィヴィアンは、この地下施設に来た。
そこにいたのが、あの見るからにイカれた博士だった。
× × ×
はじめにマーリンが案内して見せたのは、ガラスの水槽の中で眠る少女たちだった。
「これも死んだ令嬢を蘇らせようとする研究の一つだ」
「みんな死んでいるの?」
「生きているか死んでいるか、それは定義による。レディのように歩き回ることを生きている、というなら…1、2、3体が生きているぞ」
続いてマーリンが案内したのが、後にランサーの基地アーセナルとなる場所だった。
壁には大量の図面が貼られ、コンクリートの床には、作りかけの様々な機械が転がっていた。
「ここにあるのはレディやさっきの部屋の女たちと同じ、表に出なかった技術だ。──真空フロギストンエンジン。トランスビークル。オートマトンアーム。霊波通信機」
ヴィヴィアンにそれぞれの機械を説明したマーリンは、両手を広げ、叫んだ。
「おお、哀れな! 世に出ることなく忘れられるものたちよ」
マーリンの頬には大粒の涙が流れ落ちていた。芝居がかっているが悲しいのは本気らしい。
「みんな私と同じ。要らない子たちね……」
ヴィヴィアンは地下の発明品たちを見つめ、つぶやいた。そして、
「ドクター。さっきの子たちを起こして。それと、これをみんな作って」
「何をなさるつもりです?」
尋ねたボールスにヴィヴィアンは、笑みを浮かべた。
「何ができるかしら? それを試してみたいの!」
──この時、薔薇の騎士とランサーが誕生したのだ。
ファイアーティストと薔薇の騎士。
ともに15年前の大火によって目覚めたものたち。
いま、その両者の対決の時が迫っていた。
ヒーローとヴィランってその誕生の仕方はよく似ているんですよね。
最近ヴィランが主役の映画が作られているのもこのためか。
闇に堕ちるか、光を胸に立ち上がるかは紙一重。
そんなことを考えながら書いたのがこの第2話 炎の記憶です。
そして次回から、物語はクライマックスへ向けてギアが上がりますよ!
乞うご期待!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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