#2-10.亡霊メイド
【前回までは】
炎の怪人ファイアーティストは同時多発放火を宣言。それを阻止すべく、警察と薔薇の騎士は共闘することに──
1
キャメロットの夜に星はない。
蒸気機関が上げる煤煙と蒸気が空を覆い、満月すらも霞んでいる。
その暗い空の下、人知れず駆ける美しい影たちがあった。
モリー、ルー、フェイ。
ベンウィック伯爵家のメイド三姉妹である。
黒いワンピースのスカートを翻し、屋根から屋根へと音も無く飛び移り、キャメロットの市内を駆けてゆく。
あまりに早く、そして静かな彼女たちに気がつくものはいない。偶然、その姿を目にした者たちがいても、
「い、今、屋根の上をなんか走って行ったぞ!」
「屋根の上? 何もいねぇじゃねぇか」
「いや、わしは見たぞ。黒い服を着た若い女…メイドだったような…?」
「なんでメイドが屋根の上走ってるんだよ」
「あんたジンの飲み過ぎだ。とっと帰って寝な!」
このように相手にされないのだった。
だが、この夜から「夜な夜な音も無く夜空を駆けるメイドの幽霊がいる」という噂が広まり、それは亡霊メイドと呼ばれるようになる。
「およ?」
その亡霊メイドのひとりフェイが、裏通りに置かれた不自然な木箱を見つけ、足を止めた。
フェイの見た目は12、3歳、公立小学校を出たばかりくらい。栗色の髪は短く、見るからに元気溌剌としている。見た目通りの子どもっぽい性格もあって三女ということになっている。
周囲に人影がないことを確認したフェイは、屋根から木箱のそばへと飛び降りた。
モリーやルーならスカートを大して翻しもせず、優美優雅な着地をしてのけるのだが、フェイはかなり大きくスカートを翻してしまった。
これはフェイが未熟なのではなく性格によるものだ。
「よっと」
小さな細い指が、釘で留められた木箱の蓋をべりっとはぎとる。
おそるべき怪力だ。大の男でもバールがなければ開けられない釘打ちされた木箱を、まるで包装紙をひらくみたいに簡単に開ける。
中身はやはり燃料タンクと時限装置──ファイアーティストの発火装置だった。
フェイは時限装置のコードをぶちっと引きちぎり、点火装置と電池を外してスカートのポケットにしまった。
「こちらフェイ。N12を解除したよっ」
つぶやきながら蓋を戻し、親指で釘を押し込んで留める。そして蓋に赤いチョークでネコの顔を描く。
「場所はストランド通りのカド。ネコの顔が目印の木箱だよ」
「これで三つ目。続けて頼むわよフェイ」
フェイの頭の中に、基地アーセナルにいるヴィヴィアンの〈声〉が届く。
「はーい」
フェイが元気な返事を返してすぐ、
「こちらモリー。E6を解除」
「ルーです。N11で乱闘騒ぎ。人が集まっているため、先にN7へ向かいます」
二人の姉の〈声〉が届いた。
──霊波通信。
モリー、ルー、フェイ──人造人間であるこの三人は、人間離れした身体能力に加え、霊的な結びつきがあった。
彼女たちは、心の声を離れた場所にいる姉妹に届けることができるのだ。
それを受信、増幅して送信する装置が霊波通信機である。
霊波通信機本体はランサーの基地アーセナルに置かれており、三姉妹の霊波を受信、増幅して薔薇の騎士のヘルメットに送信することで音声通信機として機能する。
この世界に音声通信は有線の電話しかなく、無線通信はモールス信号しかない。
霊波通信は、薔薇の騎士の〈眼〉であり、その活動を支える強力な武器なのだ。
路地に入ったフェイは、辺りに人の気配がないことを確認すると、建物の壁を音も無く駆け上がった。
3階程度なら、垂直の壁を駆け上がることなどフェイたちには容易いことだ。
「さぁ、どんどん行くよっ!」
屋根に出たフェイは、次の捜索ポイントに向け、元気に駆け出していった。
2
メイドたちから霊波通信で連絡を受けたヴィヴィアンは、ファイアーティスト対策本部が設置されたキャメロット消防本部に電話を入れた。
「N11とE6を解除。N11はストランド通りのカド。赤いネコの絵が目印の木箱」
電話には薔薇の騎士の甲冑と同じ仕組みの変成装置が組み込まれているため、通話相手には金属質な声で聞こえている。
「あ、赤いネコですか?」
電話を受けた警官が思わずヘンな声を上げたため、ヴィヴィアンは吹き出すのを必死に堪えた。
電話を受けた警官はメモを取り、対策本部奥の大テーブルに広げられた大地図の元に走り、報告する。
「ストランドの分署に連絡」
「ストランド消防へ出動要請。警察と連携し、N11の処理に当たれ」
報告を受けたルーカン警察本部長とガウェイン消防局長が、担当地区に命令を下す。
現場に最も近い警察が発火装置のある場所に急行し、交通規制と安全確保を行う。
そして、同じく最寄りの消防署から向かった消防士が発火装置の解除と燃料の回収・処分するという流れだ。
大テーブルの大地図には、ファイアーティストのアジトにあった地図に付けられた印と同じ場所に、ナンバリングされた旗が立てられている。
今、北ブロックの11の旗の近くにあるストランド通りに黒いコマが置かれた。発見・処理待ちを現すコマだ。続いて東ブロックの6の旗にも黒いコマが置かれる。
「S9、処理完了」
別の報告が入り、係の者がS9の旗近くにあった黒いコマを下げ、処理完了を示す青いコマを置いた。
「処理できたのは、これで三つか」
ルーカンがため息をついた。
発火装置を仕掛けた場所は25ヶ所もあった。
現在、処理3、発見・処理待ちは5。3分の2以上がいまだ発見すらできていない。
「対策本部が発足しておよそ7時間。迅速といっていいだろう」
腕組みしてガウェインが言う。
ファイアーティストの予告状から、かの怪人が企む同時多発放火計画が知られたのは昨日の夜のことだ。
そこから警察と消防が中心とする対策本部が立てられたのは今日の昼だ。
協力する省庁や組織も内務省、保険局、陸軍医療部、郵便・電信省と多く、それらとの調整と並行しての対策本部立ち上げであった。
「薔薇の騎士より連絡。N7の発火装置、発見です」
新たな報告が入った。
「早いな」
「ええい、またしても先を越された。現場は何をやっておるのだ」
ガウェインが感心し、ルーカンが歯がみする。
器の小さい男だな。
横目でルーカンを見ながらガウェインは心の中でつぶやいた。
発火装置が設置されたとされる25ヶ所、北と東のブロックを薔薇の騎士が担当し、南と西を警察と消防が捜索している。
発火装置発見や処理のコマが置かれているのは薔薇の騎士の担当ブロックが多く、警察と消防のものは少ない。
ルーカンはそれが悔しいのだ。
「捜索する警官たちに奮励努力するよう通達を出せ」
「やめておけ」
ルーカンを制してガウェインが言う。
「え?」
文字通り頭越しの命令にルーカンは驚いた。
伝令の警官も、どっちの指示に従えばいいのか、という顔で警察本部長と消防局長の顔を見くらべている。
「け、警察は私の指揮下にある。越権行為ですぞ」
ルーカンがガウェインに食ってかかった。
指揮権を奪われることにルーカンは怒りをおぼえたのだ。しかし、
「要らざる指示で現場の手を止めるな」
ガウェインににらみ返された途端、ルーカンの戦意はしぼんでしまった。
「我ら消防、警察は市民の安全とパニック防止を優先している。捜索は慎重にならざるを得ない。薔薇の騎士と競うことに意味はない。そうだろう? 本部長」
にらみながら一歩、ガウェインがルーカンに近づいた。
「はい、その通りですな。消防局長」
ルーカンはカクカクうなずいて同意した。
正論に巨体と筋肉が加われば、ルーカンの役人根性などウエハースよりもろかった。
近頃、役人の人材不足は目を覆うばかりだな。そのぶん、優秀な若手が育っているが……。
ガウェインの脳裏に、先日会った若い刑事の姿がよぎった。
──パーシー・ローマン。
キレイな顔立ちをしてるが、強い意志と鋭い知性を感じさせる良い眼をしていた。
ヴィヴィアンと親しいことは気に食わないが……。
ガウェインは壁の時計を見た。
「夜明けまであと2時間か……」
──発火装置が作動するまで、あと22時間。
ヒーローの敵はデカい悪事をやらなければ!
その悪事を阻止せんと動く人々…こういうシーン大好きなんですよ。
そして責任者が足を引っ張るのもお約束w
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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