#2-9.穢れし都、炎をもって浄化す
【前回までは】
ファイアーティストのアジトに乗り込んだ刑事パーシーと記者ガラード。ファイアーティストの放った炎に囲まれ、窮地に陥る──
1
石油精製工場のそこかしこに炎が上がっている。
工場全体が炎に包まれるのは時間の問題だ。
しかし逃げようにも入って来た通用口も炎に包まれている。
「シャシャシャぁ!」
肩を揺らして銀色ののっぺらぼう──ファイアーティストが笑い声を上げる。
「炎こそ芸術! 燃えろ燃えろぉ!」
2階事務所へと続く鉄製の階段から、炎に包まれてゆく工場を見下ろし、ファイアーティストは両手を広げる。歓喜しているのだ。
黒ジャケットの生き残りたちは、なすすべもなく立ちすくんでいた。
「ガラード!」
パーシーは叫んで大扉へと向かった。
トラックが出入りする車両用の大扉の前はまだ炎が広がっていない。逃げ道はここしかない。
ガラードとパーシー二人が大扉にかけられた閂に手を掛けた時、
「しゃあっ!」
ファイアーティストが、パーシーたちに燐の火球を投げた。
「っ!」
咄嗟にパーシーは、自分がかぶっていたボウラーハットを火球に投げつけた。
ボウラーハットが青紫の火球と空中でぶつかる。帽子は炎に包まれたが投げつけた勢いのまま、工場の中心部のほうへと飛んでいった。
「ぬぅ…!」
火球を迎撃され、ファイアーティストは怒りにうめいた。
「開いたぞ!」
ガラードが叫び、パーシーと力を合わせて重い大扉を開ける。黒ジャケットたちがあわててそちらに向かう。
「これならどうだ!」
ファイアーティストが両手を突き出した。左右の手首辺りから液体燃料が噴出し、それが空中で混ざり合うと爆発的に燃え上がる。
はた目にはファイアーティストが虚空に炎を生み出したように見えた。
──ジェミニB。
混ぜるだけで発火するジェミニの改良版だ。
燐の火球とは比較にならない奔流のような炎が、蛇のようにうねりながら大扉前のパーシー、ガラード、黒ジャケットたちに迫る。その時──
壁の赤レンガが吹き飛び、大穴が空いた。
大きな鉄の拳が壁をぶち破ったのだ。
さしものファイアーティストも驚いた。液体燃料の交差が外れてしまい、炎の奔流が立ち消える。
さらにもう一撃。また一つ壁に穴が空く。
巨大な鉄の腕が強固なレンガ壁を押し破り、広げて行く。
その向こうから現れたのは、やはり機械の巨人騎士だった。
「ランサー!」
ガラードが感激の声を上げた。
2
──ナイトフォーム。
人型形態になったランサーが、工場の壁をぶち破り、その姿を見せた。
ファイアーティストが息を呑んだ。
ランサーは壁に立てかけておいた長大なリボルバーライフルを手にすると、その銃口を工場内に向けた。
「お、おい!?」
パーシーが叫ぶのと同時に発射音が轟いた。
弾丸が撃ち込まれたのは蒸留塔付近で燃える燐の炎。着弾と同時に黒い粒子が広がり、みるみる炎が消えて行く。
「なんだと!?」
ファイアーティストが驚愕の声を上げる。
「おい、これ!」
「あれは燐の消火剤が詰まった弾丸なんだろう」
驚きの声を上げるガラードにパーシーが言う。
発射音は以前聞いたものより迫力はなく、弾丸も辛うじてだが目に見えるほどの速度だ。消火剤を詰めた弾頭だからだろう。
2発、3発…消火弾が撃ち込まれる度、炎の勢いは減じていった。工場火災は鎮火されつつあった。
先夜の炎が燐によるものと知って、薔薇の騎士は、燐火災を化学的に押さえ込む消火剤を用意して来たのだ。
こんな短時間で用意できるとは…!
パーシーは舌を巻いた。
ランサーだけではない。薔薇の騎士が有するテクノロジーは驚異的なレベルだ。
遠くから消防車のサイレンが聞こえてきた。誰かが通報したのだろう。
しかし石油精製工場の火災はほぼ鎮火していた。
「……まあいい」
小さくつぶやき、ファイアーティストは階段下に隠した煙幕発生装置を作動させた。
「見事だな、薔薇の騎士。だが、次の〈作品〉はこんなものではないぞ! 楽しみにしているがいい!」
たちこめる白煙の中にファイアーティストはその姿を消した。「シャシャシャあっ!」という奇怪な笑い声だけを残して。
× × ×
駆けつけた消防により、工場内の火災は完全に鎮火された。
消防車と共に駆けつけた警官たちに黒ジャケットの生き残りを引き渡したところで、パーシーはランサーと薔薇の騎士が姿を消していることに気づいた。
「礼くらい言わせろよ」
「カメラ持ってくるんだったなあ」
バーシーがつぶやいた横でガラードがぼやいた。
3
ポリスカーが帰り、見張りの消防士たち数名が残った石油精製工場は静まり返っていた。
とっくに陽は落ちて工場内は暗い。
開け放した大扉の向こう、工場前に停車した消防車のヘッドライトが中を照らしている。
アセチレンライトの光は強いぶん、濃い影も作る。
パーシーは、消防士から借りたランタンを手に工場の2階へと向かった。
ファイアーティストの逃走先の手掛かりがあると考えたのだ。
こういう町工場の作りはどこも同じだ。機械設備が工場施設のほぼすべてを占めていて、2階といっても壁に沿って狭い事務所や作業員の休憩所などが貼り付いているような構造をしている。
この一角だけは焼けておらず、ランサーの消火弾も消防による砂消火もされていない。
細い鉄の階段を上り、最初の部屋に入る。
ランタンの光に照らし出されたのは元は事務室だったらしい部屋だった。
事務机のすべて壁際に移動させられていて、その上には試験管やフラスコといった実験器具や資料の束、他にごちゃごちゃした機械や工具が乗っている。
床にはいくつもの空の木箱が放り出されていた。配達された荷物を取り出してそのまま放置した…そんな感じである。
「ここはファイアーティストの研究室か」
当然という顔でガラードがついてきていた。
「勝手に触るなよ」
「おい、これ!」
言ったそばからガラードが机から時計のような機械を持ち上げた。
「おま…!」
怒鳴ったパーシーだが、ガラードの手にあるものを見て表情が変わった。
ガラードが手にしたのは、小さな時計にコードや電池が取り付けられた機械だった。
これは──
「──時限装置のようだな」
二人の横から、金属質の声がかけられた。
「お前は!」
隣の部屋につながるドアのところに、薔薇の騎士がいた。
立ち去ったと思ったが、隣の部屋の窓から忍び込んでいたらしい。
「隣はヤツのベッドルームだった。一見したところ手掛かりになるようなものはなかった」
機械が話しているような金属質の声──機械で加工したと思える声で薔薇の騎士が言いながら、パーシーたちのいる研究室に入ってきた。
「一見しただけで分かるのか?」
「詳細な調査は警察にお任せする。仕事を奪っては気の毒だ」
にらみつけるパーシーに薔薇の騎士は肩をすくめた。
──なんだ?
その仕草に、パーシーは見覚えがあったような気がした。
仮面で顔を隠せても、無意識の仕草やクセは隠せない。
今の肩をすくめる仕草は…どこかで見た気が……。
「薔薇の騎士にインタビューしたいところだが。コレ見てくれるか」
ガラードの声が、パーシーの思考を破った。
パーシーは軽く舌打ちすると、ガラードの指差すほうにランタンを向けた。
「これは…!」
壁に大きな地図が貼られていた。
キャメロット市の地図である。
地図には赤いインクで印が付けられている。その数はざっと20。印はほぼ等間隔で、市全体に散らばっていた。
「ファイアーティストは去り際に言ってたよな──次の作品はこんなものではない…って」
ガラードは手にした時限装置を持ち上げて見せた。
「時限装置にこの印。あの野郎、この印のある場所全部に、火災を起こす装置を仕掛けたんじゃねぇのか?」
「メリルボーン、シェイファ、オールドゲイト…人口の多い場所ばかりだ」
パーシーは部屋の隅に電話があるのを見つけ、受話器を取った。
予想通り回線は生きていた。いそぎ警察署本部に電話を入れた。すると、
「大変なことになったぞ!」
つながったと同時に、ルーカン本部長の叫びが受話器から飛び出した。
「今しがた、警察にファイアーティストから予告状が届いた! 大手の新聞社にもだ! 予告状には、明後日、穢れたキャメロットを炎によって浄化する、と書かれている。すぐ戻って来い!」
ルーカンの叫びは、ガラードそして薔薇の騎士にまで届いた。
「あののっぺらぼう! また大火を起こすつもりか!」
怒りにうめくガラード。
「刑事さん」
印の付けられた地図を見るパーシーに薔薇の騎士が言った。
「ここは共闘といこうじゃないか」
「警察に協力するというのか?」
「この印すべてを警察だけで調べるのは困難だろう。まして燐の無力化も必要となれば人手はいくらあっても足りない」
パーシーは少し考え、言った。
「今回は貴様の力を借りるとしよう。キャメロット市民のために」
「キャメロット市民のため…か。貴方らしいな刑事さん」
薔薇の騎士のヘルメットの中で、ヴィヴィアンは微笑んだ。
去ったと思った薔薇の騎士が、実はこっそり戻っていた。
ガラードが勝手に証拠品を手に持ったり。
あらためてみるとギャグみたいな…
まあ、不憫なパーシーに萌えていただくということでw
事態は単なる放火から都市全体をねらうテロへとスケールアップ!
物語はいよいよクライマックスに向かいます!
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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