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#2-7.炎の秘密

【前回までは】

怪人ファイアーティストの情報を得るべく、刑事パーシーは消防局長ガウェインを訪ねる。そこでヴィヴィアンに「縁談」があると知り──



     1



 ヴィヴィアンは伯爵令嬢。

 当然、縁談はあり得ることなのに失念していた。彼女があまりに破天荒だから、求婚する男などいまいとパーシーは高をくくっていたのだ。


 そして理解した。ガウェインが先ほど言っていた「伯爵家乗っ取り」の意味を。


 親戚たちは、キャメロット有数の財産を持つベンウィック伯爵家を手に入れるため、一族の男を婿に送り込んだのだ。

 もしその男がヴィヴィアンの夫となれば、彼の父親はベンウィック伯爵の父親となる。つまり間接的にベンウィック伯爵を支配できるというわけだ。


「気になりまして?」

「別に……」


 ヴィヴィアンに顔をのぞき込まれたパーシーは、そっけなく否定した。


「そうですか」


 しかしヴィヴィアンは気を悪くしなかった。パーシーが視線を逸らしたことで、彼の本心はバレバレだったからだ。


「あまりに親戚たちがうるさいので、彼らの用意した求婚者とお会いすることにしたのです。ガウェインのおじさまが同席の下、ね」


 ヴィヴィアンはくすくす笑った。


「見物でしたわ。私の隣にガウェインのおじさまがいるのを見た求婚者と親戚たちの顔といったら…! 震え上がって顔面蒼白。気を失った方もいましたわね」


 あんな人喰い鬼(オーガー)みたいな巨漢が同席、威圧していたら、令嬢を口説くどころでない。

 パーシーは婚約者とやらに同情した。


「そんなことが何度かあって、求婚者も親戚たちは屋敷に来なくなりましたわ」

「……もしや今の話しは10年以上前のことで?」

「ええ。私が5歳から7歳くらいの頃でしたかしら」


 そんな頃に、親戚たちはヴィヴィアンに婿を取らせようとしていたのか。いや、そんな頃だからこそか、とパーシーは思った。

 そして大火のあと、ヴィヴィアンが親戚との交流をほぼ断っていた背景が分かった気がした。


「ガウェインのおじさまは私のヒーローですわ」


 遠い目をしてヴィヴィアンが言う。


「炎に包まれた屋敷の中、飛び込んで来たおじさまは、片手に私を抱きかかえ、片手で大斧を振るい、炎も障害物も、立ち塞がるあらゆるものを打ち壊し、突き抜けて、炎に包まれた屋敷から、私を救い出して下さったんです」


 ヴィヴィアンの語るガウェインの姿は、消防士というより剛勇な騎士の活躍である。消防騎士団長という異名があるわけだ。


 ふんす、と前を歩くガウェインが胸を張った。厳つい顔が得意満面であることは後ろ姿からでも分かった。


 ひょい、とヴィヴィアンが足を踏み出し、ガウェインと並んだ。


「その後のこと、おじさまは覚えていますか?」

「はて、何かあったか?」


 下からヴィヴィアンがのぞき込まれ、ガウェインは首を傾げた。


「炎から救い出し、私の無事を確認したおじさまは、大声で泣き出したんですよ。──ありがとう、生きていてくれて。本当にありがとう──と、泣きながら叫んだのです」

「そ、そうだったか? いや、まさか…!」


 慌てるガウェインに、ヴィヴィアンはくすくす笑う。しかしすぐに真剣な表情になって、


「おじさまは、私の命だけでなく魂まで救って下さったのです。──生きていてくれてありがとう。あの言葉があったから、私は生きていられるのです」


 と、言った。


 パーシーの胸はざわついた。

 ヴィヴィアンが浮かべた表情は、過日の大火の絵を見た時、そして「罪深いというなら、私はその最たるもの」と言った時と同じであったからだ。


「入れ」


 ぶっきらぼうに言ってガウェインがドアを開けた。

 その声に、パーシーの思いは現実に引き戻された。


 今はファイアーティスト…あの放火魔の手掛かりを得ることに集中しなくては。



     2



 パーシーとヴィヴィアンが通されたのは、受付の奥にある応接室だった。といっても衝立で仕切られているだけである。

 衝立の向こうから、静かだがあわただしい事務方たちの気配が伝わって来る。


 どっかとソファに腰を下ろしたガウェイン。その向かいに座ったパーシーの隣の席にヴィヴィアンが着き、モリーがその後ろに控える。


「件の放火魔の件で意見を聞きに来たと言ったな?」


 ガウェインがパーシーを不機嫌ににらみつけた。パーシーの隣にヴィヴィアンが座ったことが気に入らないのだ。


「はい。銀色の皮膚に見えたものは特殊な耐火服。水で消せない炎はじめ様々な炎を操ることから、あの放火魔は高度な専門知識を持っていると考えられます」

「報告は聞いている」


 うるさそうに手を振ってガウェインが言ったところに、部下がお茶と資料を持って来た。


「銀ののっぺらぼうの正体はこれだ」 


 資料の一つをガウェインがパーシーに投げつけるように渡した。


「アルミナ繊維?」


 資料には銀色に輝く()()()の写真が写っていた。


「ファラデー博士が開発した電解技術を元に、酸化アルミニウムを表面にコーティングした耐熱繊維が開発された。熱を反射させることでかなりの高熱にも耐えられるとのことだった」

「おじさまが採用しなかったのは何故?」


 ヴィヴィアンが尋ねた。


「コストだな。あほみたいに高価なんだ。それ以上に、耐熱性は高いが長時間の使用には耐えられないという問題があった。熱には強いが火にはそれほど強くないといったところだ」


 ガウェインは別の資料を渡した。


「悪魔の炎──水で消せない炎は燐だな」


 資料には燐の化学式、水と反応して燐化水素ホスフィンなるものが生じ、これが自然発火することなどが記されていた。


「水が燃料になるようなものか。消火には大量の砂で覆うこと…ですか」

「でなければ薔薇の騎士がしたように、周囲にある可燃物を取り除くことだ」


 あれは燃えているものを可燃物がない場所に放り出すという方法だったが。乱暴だがやはり理にかなっていたのか、とあらためてパーシーは思った。


「携帯性に優れ、効果のある燐火災用の消火剤を作らせてはいるが、絶望的に量が足りん。次善の策として消防車に砂を積んだとトラックを帯同させることも進めているが、何台集められるか……」


 ガウェインの対応は早かったが、研究室の規模では消火剤は量産は不可能だった。


「刑事さん、メモを一枚とペンをお借りできるかしら」


 パーシーが手帳を1枚破り、ペンとともにヴィヴィアンに渡した。彼女は短くメモすると、


「モリー。ボールスにこれを伝えて」


 後ろに控えていたモリーにメモを渡した。


「電話をお借りします」


 メイドはガウェインに断ると、音も無くその場を離れた。


「燐以外の炎についてはいかがです?」

「現場を調べて興味深いことが分かった。あの放火魔は、二つの異なる液体燃料を混合して使用しているらしい」

「石油関係の技術ですか」


 第三の資料に、パーシーは気になる名を見つけた。


「開発していたのはペトロポリタン社?」


 それは、ソーンダイク卿が株を不正に取得した記事に出ていた名前である。



     3



「ペトロポリタン社は、斜陽化が著しい石油業界の中では珍しく業績を上げていることで知られていますわ」


 ヴィヴィアンはお茶を一口飲み、続けた。


「18年前──あの大火の2年前に、いわゆる『灯火法』が施行され、燃料としての石油は灯火以外に利用できなくなりました。これによりペトロポリタンはじめとする石油産業は凋落しました。しかしかの企業は、化学工場を買収し、石油を化学、薬品の原料とする方針に転換、同業他社が消えて行く中、急成長を遂げたのです」


 インク、染料、医薬品など石油を原料とするものは多い。ペトロポリタン社はそこに活路を見いだしたというわけだ。


「大火の前、ペトロポリタン社が開発したものがこれだ」


 ガウェインがパーシーが手にした資料を指差し、言った。


「二液混合式燃料。通称ジェミニ。単体では簡単に燃えないが、二つを混ぜ合わせることで容易に着火でき、火力も高いという液体燃料だ。燃料の保管、輸送には発火の危険がつきまとう。それを解決する画期的な発明だった」


 改装中の建物を燃やした炎はこれか、とパーシーは思い出した。


 ぐいとカップのお茶を飲み干し、ガウェインは続けた。


「しかしこの技術が日の目を見ることは無かった。ペトロポリタンが燃料部門を切り捨て、化学部門中心に方針を転換したからだ」

「そのジェミニをファイアーティストが使ってる、と」


 空になったガウェインのカップに、ヴィヴィアンがおかわりのお茶を注いだ。


「そういえば、最初に放火された弁護士チェスターはペトロポリタンの顧問弁護士でしたわね。廃液問題で叩かれていた染料工場もペトロポリタンの系列だったような」

「そしてソーンダイク卿はペトロポリタン社の株を不正に手に入れたとされる」


 ヴィヴィアンに続いてパーシーが言う。


「ネルの店と救貧院以外はペトロポリタンに関係している。二つは目くらまし、あるいはテストだったのかもしれない」


 そこにメイドのモリーが戻って来た。


「ボールスさまより返事が来ました。すべて手配できるとのことです」

「ありがとう」


 ヴィヴィアンは笑みを浮かべた。


「おじさま、燐消火剤の量産化、解決できるかもしれませんわ」

「ほう?」

「どうやって?」


 ガウェインとパーシーが見つめる中、ヴィヴィアンは


「化学工場を一つ、買い取りました」


 と事もなげに言った。


「買った? この短時間で?」

「こういうこともあろうかと、手頃な工場を探していましたの。幸い、経営の傾いたところがありましたのでボールスに買い取らせました」


 モリーから渡されたメモを、ヴィヴィアンはガウェインに渡した。連絡先と住所、担当者名が記されていた。


「中規模の工場ですが、人も設備も材料もガウェインおじさまの好きに使ってください」


「おおヴィヴィアン! マイ・レディ! 全消防士を代表して礼を言う」


 感動に目を潤ませ、ガウェインはヴィヴィアンの両手を握った。そして


「研究室に連絡! 戦じゃあ!」


 と、大声で命じた。事務方たちの中からも「おおっ!」と気合いの入った声が上がる。


「消防士が戦というのはどうなんだ」


 思わず、パーシーが小声でツッコミを入れた。


「戯れに放火するような輩は憎むべき敵。これは戦ですわ」

「……そうだな」


 ヴィヴィアンにうなずくとパーシーも立ち上がった。


「敵の影を踏んだ。必ず見つけ出し、捕らえてやる!」




脳筋でインテリな消防士ガウェインでした。

そしてヴィヴィアンのスーパーパワーのひとつ「財力」が炸裂!

巨大な財力って、リアルではほぼ最強のチート能力ですよね。

スーパーマンの実家が取り上げられそうになっているのを、バットマンが不動産屋ごと買い取って解決とか。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

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