#2-6.火の玉消防局長
【前回までは】
怪人ファイアーティストは炎の中に消えた。
逃亡を許した刑事パーシーだが、その正体を求めて動き出す──
1
──翌日。
新聞、雑誌の一面にファイアーティストの記事が踊った。
「無貌の放火魔は実在した!」
「炎の中に消えた怪人。警察は無力」
「次なる標的は? 脅える市民」
キャメロット警察のルーカン本部長は激怒した。
「新聞屋どもが好き勝手書き立ておって!」
ルーカンは毒づくと新聞をデスクに叩きつけた。その新聞の見出しは、
「迅速、薔薇の騎士! 鉄の腕が延焼を防ぐ!」
であった。
タイトルだけでパーシーはガラードの記事だとわかった。
これでも彼なりに警察の失態──ファイアーティストを取り逃がしたことをフォローしているつもりなのだ。
「……コリン・マーチが見つかった」
「どこにいたのですか?」
それを告げるために呼ばれたのかとパーシーは理解した。
「イーストエンドの分署だ。酔って暴力沙汰を起こしてぶち込まれていた」
ファイアーティストがソーンダイク邸に放火した時、コリンは牢の中にいたのである。
この上ない確かなアリバイだ。
冤罪で自ら命を断ったリンダ・マーチの息子がファイアーティストでなかったことに、パーシーは安堵した。
「最有力の容疑者が消えてしまった」
一方、ルーカンはため息をついた。
「では、物証のほうから迫りましょう」
パーシーの言葉にルーカンが顔を上げた。
「物証だと? そんなもの現場にあったか?」
「ヤツと対峙していくつかのことが分かりました。ファイアーティストは逃げる際に炎の中に飛び込み、平然していた。銀ののっぺらぼうは特殊な耐火服だと考えられます。次に、ヤツが使った様々な炎です」
「水をかけたら消えるどころか広がったという悪魔の炎か」
報告を聞いたルーカンがぞっとした顔で言う。
「あれも脅威ですが、特殊な燃料と噴射装置を用いる炎があります。他にも、煙幕や門の鍵を溶かした高熱、目くらましの閃光…ファイアーティストは、燃料や燃焼について高度な専門知識を持っていると考えられます」
「そこから辿るのか」
ルーカン本部長は、ぽんと手を打ち、
「消防局長のガウェインを訪ねたまえ。消防とは更なる連携をせねばならんからな」
と、命じた。
「ガウェイン局長本人にですか?」
キャメロット消防局の局長ガウェインは、局長でありながら、自ら消防車に乗り込んで火災現場に突入することから「消防騎士団長」、「火の玉局長」の異名を持つ人物だ。
火災消化にかける情熱は過激、苛烈で、消防車の行く手を塞いでいたポリスカーを、警官ごと川に叩き落としたこともある。
そんなガウェインは事務系のルーカンが最も苦手とするタイプである。
これは本部長の代わりに挨拶してこい…ということか。
2
蒸気バスを降りたパーシーは、キャメロット市を貫く大河・ホムズ河沿いに歩いて消防本部を目指した。
今日もホムズ河には大小の船が浮かんでいる。
大きな船は輸送船で、その大半は対岸の南岸地域と呼ばれる工業地帯に向かい、あるいはそこで生産されたものを積み込み出て行くものだ。
その中に一際大きな船があった。全長は100メートル近い。
油槽船だ。
元は北海や新大陸から石油を運ぶために開発、建造された船だが、現在は液化石炭の輸送に利用されている。
石炭メジャーの圧力で石油産業は凋落したが、タンカーは石炭産業に組み入れられ、生き延びているのであった。
タンカーと並ぶようにパーシーが歩いてゆくと、ほどなくキャメロット消防本部に着いた。
赤レンガ張りの重厚な建物で、併設された大きな車両庫には大小の蒸気消防車が4台並んでいるのが見えた。そして、
「レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック?」
なんとそこにヴィヴィアンがいた。
メイドのモリーを従えて、蒸気消防車を興味深そうに眺めていた彼女は、パーシーの声に振り向いた。
「あら、ローマン刑事。昨夜はご活躍でしたわね」
「……嫌味ですか」
「まさか」
仏頂面になるパーシーに、ヴィヴィアンはくすりと笑った。
「新聞などは放火犯を逃したと警察を責めていますが、被害は馬一頭だけ。人間は軽傷者のみで死者はゼロ。これはお手柄ですわ」
「そう言っていただくと救われます」
パーシーの顔に微かな笑みが浮かんだ。
カタい笑顔の応酬。意見の対立。パーシーがヴィヴィアンと顔を合わせる度、気まずい雰囲気になってしまう。
しかしここ何回かは自然な会話ができている。
──レディ・ヴィヴィアンは本物なのか?
あの疑念を抱いたことでおかしな意地を張る余裕がなくなり、そしてそれが晴れた今、パーシーの心は軽くなっていた。
ヴィヴィアンのほうも、このところいい感じね、と内心喜んでいた。
ふたりは期せずして同じ想いを抱いた。
もう少し、自然に会話できるようになりたい、と。
しかしそこに──
「ヴィヴィアン!」
と、消防署を揺さぶるような大声上がった。
車庫から本館へ続く扉、その前に赤毛の巨漢がいた。
まるで物語に出て来るヴァイキングか蛮族の長のような男だった。
身長は2メートルを優に超え、全身が筋肉の塊のようである。厳つい顔には火傷の跡が、むき出しの上腕にはいくつもの傷痕があった。
「ガウェインのおじさま」
ガウェイン局長? おじさま?
パーシーは、このマッチョの大男が消防局局長にしてガウェイン・ロート伯爵だと知り驚いた。それ以上の驚きはヴィヴィアンが「おじさま」と呼んだことだった。
どういう関係なんだ?
3
「おお、マイ・レディ! 久しぶりだな」
「慰霊の日にお会いしたばかりでしょう」
「そうだったかな」
厳つい顔に満面の笑みを浮かべ、ガウェインは、幼い子に高い高いをするみたいにヴィヴィアンを持ち上げた。
50をとうに越えている年齢だが、その腕はヴィヴィアンの腰よりも太い。
「また軽くなったんじゃないか? ヴィヴィアン」
「おじさまこそ、一段と腕が太くなったのではありませんか?」
仲の良い親子のように笑い、じゃれ合う二人をパーシーはあ然と見ていた。
「なんだ貴様は?」
ヴィヴィアンを下ろしたところでガウェインがパーシーに気づいた。
「パーシー・ローマン刑事ですわ」
パーシーが自己紹介する前にヴィヴィアンが言う。
「捜査でよくロッホ・ネスに来て下さるのです」
「よく、来ている…だと?」
ガウェインの眼が鋭くなった。
彼は消防車の側面に取り付けられていた大斧を手に取ると、叫んだ。
「貴様もヴィヴィアンをモノにして伯爵家乗っ取りを企む輩か!」
大斧を構え、パーシーを睨みつけるガウェイン消防局長。
なぜそんな戦斧みたいなものが消防車に? ヴィヴィアンをモノにして伯爵家を乗っ取る?
そんなツッコミがパーシーの頭に浮かんだが、身に迫る危険をひしひしと感じ、言葉にならなかった。
「おじさま、落ち着いて下さい。ローマン刑事は捜査以外で来店したことも、外で会うこともない、ただのお友だちです」
残念ですけど…という本音を、ヴィヴィアンは口の中だけでつぶやいた。
「本当か?」
パーシーから目を離さず、ガウェインが確認した。ぐるる…といううなり声が聞こえてきそうな顔付きである。
「本当です。本日は、連続放火犯の件でご意見をいただきたく伺いました」
パーシーは圧倒されまいと精神力の限りを尽くして返答した。
「示し合わせて来たわけではないのか」
そう言うと、ガウェインは大斧を肩にかついだ。
「話しは中で聞こう」
ついて来いと、身振りしてガウェインは本館に続く扉へと向かった。
「驚かせてしまいましたわね」
後に続くパーシーにヴィヴィアンが言った。
「ガウェインのおじさまには、以前、面倒な求婚者を追い返していただいたのですが、それ以来、私に近づく殿方を警戒するようになってしまったのです」
「あなたに求婚者が!?」
パーシーの胸は騒いだ。
トリスタンに続いてガウェイン登場です。
名前とイメージをいただいてるだけで、同一人物ではありませんよ。(子孫かもしれませんが)
ちなみにトリスタン先輩は奥さんのイザベルと幸せに暮らしてます。
ガウェインはキャラクターカラーが何故か赤、ということで消防のトップにしました。
ヴィヴィアンとの関係は、次回に。
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