#2-4.次の標的は?
【前回までは】
ヴィヴィアンは死んでいた! ではあの令嬢は誰なのか? 刑事パーシーは疑念を抱えながら放火魔ファイアーティストの捜査を続ける──
1
「刑事さんに頼っていただき、嬉しいですわ」
ヴィヴィアンが上から目線で微笑んで言った。
本当は大変嬉しいのだが、それを隠すためについ尊大な態度を取ってしまうヴィヴィアンだった。
情報サロン『ロッホ・ネス』の個室である。
テーブルを挟んでヴィヴィアンの対面にはパーシーが、その横にはガラードが席に着いている。
「協力、感謝します」
パーシーの反応はぎこちなかった。
先日見た大火の容疑者にベンウィック伯のファイル。その中にあった一文、
──愛娘のヴィヴィアンが事故死し、絶望した伯爵が火を放った。
──罪深いというなら、私はその最たるもの。
あの記述、あの言葉が、パーシーの頭から離れないのだった。
反応が薄いパーシーに、ヴィヴィアンが不審な眼を向けた。
パーシーは軽くせき払いし、
「警察は、コリン・マーチを有力な容疑者とみて行方を捜している」
語りながら、今は捜査に集中せねば、とパーシーは自分に言い聞かせた。
ネルの店が放火されてから5日が経っていた。
新聞、雑誌などには
「無貌の放火魔」
「炎の怪人ファイアーティストは大火の犯人か?」
などの記事が踊るようになっていた。
今のところ、ファイアーティストの被害は毎回、建物ひとつ程度に留まっている。そのため市民はそこそこ冷静だった。
しかしファイアーティストの逮捕が長引けば、いつパニックが起きても不思議ではない。
一刻も早くファイアーティストを捕らえるため、パーシーはガラードとヴィヴィアンに協力を頼んだのだった。
「刑事さんの意見は本部長と違うのかしら?」
「コリンの母が自殺したのは15年前、その容疑が晴れたのは5年前だ。動機が復讐なら時間が経ちすぎていると思う」
「わからんぜ? 5年は準備期間だったのかもしれんぞ」
ヴィヴィアンとパーシーのやり取りにガラードが加わった。
「だとしてもターゲットが腑に落ちない。世間、社会への復讐というなら放火する相手は公共の施設──例えば警察署や裁判所、あるいはデパートなどを狙うんじゃないか?」
「タブロイドでやり玉に挙げられている相手を狙うのは解せませんわね」
「それもガラードのカンでしかないが」
「オレの記者のカンは当たるぜ? 今年の的中率はざっと3割だ!」
胸を張るガラードに、パーシーはため息をついた。
「現状、コリン・マーチは発見できず、他に手掛かりがない以上、ガラードが言うようにタブロイドでターゲットを決めていると仮定して、その対象を重点的に見張ろうと思う。──現在、タブロイドで叩かれているのは誰だ?」
「こんなこともあろうかと、準備してますわ。──モリー」
ヴィヴィアンが言うと、メイドが令嬢の後ろから進み出た。
いつからいたんだ? と、驚くパーシーとガラードに、モリーは用意していたファイルを配った。
「うは! こいつはすげぇ」
一目見て、ガラードが小さな歓声を上げた。
2
「この1年、新聞、雑誌のゴシップ、スキャンダルの類で名前が出た人を、回数、分量、掲載されたメディアの発行部数などからスコアを付け、ランキングしました」
ヴィヴィアンが言う。
「ベスト3のスコアは4位以下と桁違いだな」
パーシーはそのスコアに注目した。次に標的にされるとしたら、この上位3人から選ばれる可能性が高い。
「ソーンダイク卿? あの男が3位だと?」
ネルに因縁を付けていたあの子爵がなんと3位にランクインしていた。
「こいつは二つの件で話題になった。一つは…ペトロポリタンっていう石油企業の株を不正に取引をした疑惑だな」
ガラードが記憶を辿りながら言う。
「あの事件か。オレが読んだ記事では、ある子爵としか書かれていなかったが」
「タブロイドも読めよ。そっちは名前が出てたぞ。──もう一つは自分の息子を、強引に侯爵の娘とくっつけようとしているってスキャンダルだ。カネの力で爵位を上げようとしているってな」
「疑惑とスキャンダルの二本立て。特にペトロポリタンの件は大手新聞にも載ったためスコアが高くなったようですわね」
ヴィヴィアンが補足した。
「2位は女優のシャーロット? 誰だ?」
「パーシー…お前さん、芸能関係はからっきしだな。新大陸の美女、貴族の男たちを手玉に取る魔性の女シャーロットを知らないとは」
ガラードが呆れた。
「こちらはゴシップでのスコアがトップですわね。特に、公爵を袖にして皇太子に乗り換えた件では大騒ぎでしたわ」
「注目度は高いか…そしてトップはガスリー。あの、八百長疑惑のフットボール選手か」
さすがにこちらはパーシーも知っていた。警察署内でも話題になっていたからだ。
「労働者チームの主力選手が貴族チームに勝たせるためカネをもらった…という話しだったな」
「スター選手、それも優勝のかかった一戦でしたから。おそらく今年一番の大ニュースですわね」
パーシーは分析表を見て考え込んだ。
「八百長選手、浮気な女優、高慢ちきな子爵…どれだと思う?」
ガラードが聞く。
「ガスリーは候補から外していいだろう」
パーシーはトップを候補から外した。
「なんで?」
「ガスリーのチームはサンチェスターがホーム。自宅もそこだ。キャメロットから遠く離れた相手をターゲットにするとは考えにくい。──サンチェスター警察には警戒するよう要請しておくが」
「なるほど。残るは女優か子爵かだな」
ガラードがパーシーを見た。
「どちらも警戒する。消防にも知らせておこう」
「だな」
パーシーの言葉にガラードがうなずいた。
「刑事さんはどちらに張り込むのですか?」
興味津々と言う顔でヴィヴィアンが尋ねた。
「そうだな……」
3
──その夜。
パーシー刑事は部下の警官たちと共にキャメロット西部の高級住宅街に張り込んでいた。
見張っているのはソーンダイク子爵のタウンハウスだ。
子爵と女優…どちらにパーシーが張り込むか。あのあとコインを投げて決めたのである。
「……お前は何故ここにいる?」
建物の陰で身を潜めているパーシー。その隣には当たり前のように記者ガラードがいた。
「ネルの店を燃やしたヤツだぞ。ほうっておけるか」
「ここに来るとは限らないぞ?」
「記者のカンさ。オレのカンがここだと言っているんだ」
「的中率3割だろうが。分かっていると思うが──」
「邪魔はしない。取材、記事にするのはヤツを逮捕してから──だろ?」
バーシーの言葉を遮り、ガラードが言う。
言い合いをしていると目立つ。パーシーは黙らざるをえなかった。
「今日は珍しく大人しかったな」
しかしガラードは黙るつもりはないようだった。
「ヴィヴィアン嬢と何かあったのか?」
「いや……」
曖昧に答えるパーシー。
「ヴィヴィアン嬢といえば、彼女の死亡記事を見つけてさ。驚いたぜ」
「誤報だったそうだな」
「なんだ知ってたのかよ」
「トリスタン先輩に聞いた」
現在のキャメロット消防署署長ガウェインが、炎に包まれたベンウィック屋敷の中から一人の少女を救出した。
それがパーシーたちの知るヴィヴィアンであった。
「ヴィヴィアン嬢の死は誤報で、昏睡状態で屋敷にいたってことらしいな」
ガラードが言う。
「彼女は、本物のヴィヴィアン・ベンウィックなのだろうか?」
パーシーは疑問を口に出した。
「当時、ベンウィック伯の屋敷には得体の知れない連中が集っていた。非合法の研究をする科学者、発明家、それに裏社会の人間たち」
ベンウィック伯爵が放火の容疑者とされた理由だった。大火の前、ベンウィック伯爵の周囲には怪しげな者たちが集まっていたのだ。
「ヴィヴィアン嬢はニセモノだと疑っているのか?」
「大火の後、彼女は親戚たちと交際を断っている。それが気になってな」
彼女は、ヴィヴィアン・ベンウィック本人なのか?
一度持ったその疑問はパーシーの中でくすぶり続けていた。
「あの令嬢はニセモノ、執事のボールスがどこからか拾って来た子どもだって説はあった。だがそれはすぐに否定された」
「本当か?」
そこはパーシーが読んだファイルにはなかった部分だった。
「保護された娘と会ったベンウィック伯の親類たちが、本物のヴィヴィアンだと認めたんだよ。その親類たちってのは、ベンウィック伯の財産を奪おうと画策している連中だ。ニセモノ疑惑を言い出したのも彼らだ。そいつらが本物と認めたんだから間違いさ」
ガラードは続けて言った。
「オレが見た記事はこうあった──親類たちは不承不承ながら認めた。双子であってもここまで似てはいない、と。ましてヴィヴィアン嬢は比類無く美しいのだ。記者はこんな美しい少女を見たことがない。同じ容姿の子どもを見つけることなど不可能だ──てな」
「そうか。では、彼女は間違いなく本当のヴィヴィアン・ベンウィックなんだな」
パーシーは安堵すると同時に、これほど彼女のことを気にしていた自分に呆れてしまった。
その時──
「……なんだこの霧は?」
いつの間にか、通りに濃い霧がたち込めていた。しかし霧にしては濃密すぎる。それに化学臭が。これは──
「アセチレンのようなにおい…! これは煙幕か?」
「おい、あれ!」
ガラードが指差すその先、濃霧のように立ちこめる煙の中に、青紫色の火の玉が揺らめいている。
無貌の放火魔・ファイアーティストが現れたのだ。
1話のにらみ合いから、ちょっと進歩したヴィヴィアンとガラードです。
パーシーの疑念も一段落し、次はいよいよファイアーティストと相まみえます!
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