#2-2.炎の怪人
【前回までは】
謎の放火魔ファイアーティストが放火したのは、刑事パーシーと記者ガラードの幼なじみのネルの店だった。彼女の店が狙われたその理由とは──
1
「このところ不審火が続いているだろ。その何件かはタブロイド誌で書き立てられたものなんだよ」
ガラードの言葉にパーシーとヴィヴィアンは困惑した。
「ネルがタブロイド誌に?」
「ネルは高名なデザイナーの工房で修行してたろ?」
「セバスチアン・アシュクロフトですわね。キャメロットのみならず欧州全域の上流階級に絶大な人気を誇ったデザイナーで……」
途中でヴィヴィアンは思い至った。
「まさかあのゴシップですの?」
「さすが情報サロンの主人。ご存じでしたか。──そう、ネルの盗作疑惑です」
「馬鹿らしい!」
ヴィヴィアンは吐き捨てた。
「盗作疑惑だと?」
憤然と言ってからパーシーは思い出した。
──新聞で見たぞ。この店にはよくない噂があるではないか。
先ほどソーンダイク卿が言ったのは、このことだったのだ。
「2年前、ネルの師匠のアシュクロフトが世を去った。その遺品の中からネルの作品そっくりなスケッチが出て来たんだ。で、いくつかのタブロイド誌がネルが盗作したと書き立てた」
「あり得ないだろ!」
パーシーが叫ぶ。
「もちろんゲスの勘ぐりだ。そのスケッチは、アシュクロフトの工房に入るにふさわしい才能があるかを見極めるテストでネル自身が描いたものなんだ。アシュクロフトはネルの才能を見いだした記念にその写しを取っておいた。これは遺族も証言している」
「お前、それを」
「ああ、記事に書いたさ! ネルのためだ、何だって書くさ。だが、ゴシップの火は一度付いたら消えないんだよ」
ガラードの声が沈んだ。
高名なアシュクロフトが健在であれば鎮火もできただろう。だが遺族のコメントではインパクトが足りないのだった。
「ネルは、誤解だからいずれ収まると言ってたんだが…放火魔の標的にされるとは!」
ガラードは腹立ち紛れに地面を蹴った。
「何件もと言いましたかガラードさん」
ヴィヴィアンが尋ねた。
「ええ。ちょっと待って下さいよ」
ガラードは手帳を取り出して確認した。
「最初は金持ち御用達の悪徳弁護士チェスターの事務所。次は院長が運営資金を横領していた救貧院。あと廃液を垂れ流していた染料工場の本社。いずれも複数のタブロイド誌でやり玉に挙げられたものです」
「放火犯は、タブロイドでターゲットを決めているのか?」
パーシーがつぶやく。
「今回、その放火犯が目撃されたんだって?」
「目撃した消防員は、この世の者とは思えない恐ろしい怪人物だと言っています」
ガラードに問われ、パーシーに報告していた火災監視員が答えた。
「フード付きのローブを着て、その顔は銀色ののっぺらぼう。手の平に不気味な色の炎を載せ、その炎でGuiltyと文字を描いて見せたとか」
「〈アフターズ〉の放火魔か。厄介だな」
パーシーがうなる。
2
──グレートファイア・アフターズ(大火の後に現れたものたち)。略して〈アフターズ〉。
15年前の大火を境にして、世界は大きく変わった。
急速に発達したテクノロジー。
魔法や錬金術を科学と融合させた新技術。
それらは世界を大きく発展させたが、同時にありえないような事件、犯罪を生み出していた。
裏の科学。闇の技術。一般に知られていないテクノロジーを用いた事件、犯罪者たちは〈アフターズ〉と呼ばれていた。
「その奇っ怪な放火魔は、自らを炎の芸術家ファイアーティストと名乗り、宣言したそうです」
火災監視員が報告を続けた。
「罪深きものを炎によって浄化する。15年前のように──と」
パーシー、ガラードそしてヴィヴィアンは息を呑んだ。
「その言い様、あの大火を起こしたのは自分だと言っているようにも聞こえますわね」
代表するようにヴィヴィアンが言う。
──キャメロット大火。
15年前、王都キャメロット市の八割近くを焼き尽くした大火災。死者は10万とも20万とも言われている。
この大火には謎が多い。その最大の謎は、犯人がいまだに特定できていないことだ。
「まさか、こいつが大火の犯人なのか?」
ガラードが叫ぶ。
だとしたら、あの大火で孤児になったガラードやパーシーたちにとって、ファイアーティストは仇も同然だ。
「まだそうと決まったわけではない。だが、このことが広まったらパニックになるぞ。一刻も早く、この放火魔を捕まえなくてはな」
アツくなるガラードと対照的にパーシーは冷静だった。だがその内心はガラード以上に怒りに燃えていた。
「ゴシップ誌を総当たりして、次ターゲットにされそうなヤツの目星を付けるか」
「15年前の大火について調べ直そう」
「ロッホ・ネスに参りますか?」
ヴィヴィアン二人を誘った。
ロッホ・ネスとは、彼女がオーナーを務める情報サロンである。国立図書館に匹敵する情報量を持つこの店で、パーシーもガラードもよく情報収集に利用していた。
「いえ、オレは署の記録に当たります」
しかしパーシーは背を向け、さっさと歩いて行ってしまった。
残念…とヴィヴィアンが内心つぶやいた時、パーシーが足を止めた。
「ファイアーティストはタブロイドで注目を浴びた対象を狙っている可能性がある。あなたも注意してください。レディ・ヴィヴィアン・ベンウィック」
パーシーは心配になったのだ。
ヴィヴィアンはタブロイド誌のみならず新聞、雑誌を賑わす常連だからだ。
「気にかけていただき感謝しますわ。パーシー刑事」
反発するかと思いきやヴィヴィアンの反応は素直だった。
「──罪深いというなら、私はその最たるものでしょうから」
そう言ってヴィヴィアンは笑った。
なんだ?
その時浮かんだヴィヴィアンの微笑みは、いつもの高慢さも、稚気もなかった。
冗談めかした言い方だったが、ヴィヴィアンの微笑みには深い憂いがあるようにパーシーは感じた。
──罪深いというなら、私はその最たるもの。
罪…ヴィヴィアンは、大きな罪を犯しているというのか?
メイドを従え、去って行く令嬢の後ろ姿に、パーシーの胸は騒いだ。
こからは捜査パートが続きます。
それと平行して15年前の大火の謎、そして主人公ヴィヴィアンの背景が語られて行きます。
はたして、ヴィヴィアンの罪とは…!?
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