#1-10.挑戦! サンダーボルト団
【前回までは】
サンダーボルト団の怪自動車は、ボルトン伯爵の次男アクセルとその仲間が作りあげたものだった。アクセルはハイウェイの王者の座を賭けたレースに薔薇の騎士を呼び出すべく、挑戦状をバラ撒いた──
1
──13日。
キャメロット市は、静かな緊張と興奮に包まれていた。
明日に行われるサンダーボルト団と薔薇の騎士の対決。
カフェでもパブでもクラブでも、この話題で持ちきりであった。
ティーカップ、あるいはジョッキやグラスを片手に、人々の論争は続いた。
一方、キャメロット警察は、明日の対決の舞台となる十三号線に厳戒態勢を敷いていた。
車両は全面通行止め。ただ柵を置くだけでなく、いくつかの交差点に護送車など大型車両を何十両も配置している。
そこには怪自動車絶対に通すまじという、キャメロット市警察の覚悟が見て取れた。
「すっかり遅くなっちまったな」
記者ガラードが新聞社を出た時、時刻は22時をとうに過ぎていた。
カフェとパブで市民の声を聞き、十三号線の警備の取材をし、その原稿を書いていたらこんな時間になってしまったのだ。
ガス灯が照らす通りを南下し、ホムズ河に架かる大橋へと向かう。対岸にある工場街がガラードの目的地だ。
──貴族のボンボンたちが出入りしている廃工場がある。
昼の取材中、そんなネタを情報屋から得たのだ。
あまり信用のおける情報屋ではない。情報が正しかったとして、出入りしているのがサンダーボルト団とは限らない。
しかし、それでも行くのが記者である。
「刑事も記者も無駄足百回ってね」
つぶやいてガラードは大河に架かる大橋を渡った。
ホムズ河はキャメロット市を東西に貫く大河である。
古来より水運と貿易で栄え、産業革命後は工場群がそれに加わった。
巨大な製鉄所や造船所から小さな部品工場まで、その大半は市中心部からみて対岸、いわゆる南岸部にひしめていている。
昼は機械の上げる騒音に包まれる工場街も、いまは静かに闇の中に眠っていた。
小さな角灯の明かりを頼りに、ガラードは闇に沈む工場街を進んだ。
この辺りにはガス灯などはない。
建物もぬかるんだ道も闇に沈んでいる。
例外は、遠くにそびえる製鉄所だけだ。24時間眠ることのない製鉄所、その周囲だけが夜の闇の中で明かりを放っていた。
「……ここか」
ガラードが目的の廃坑場に着いたのは、時刻が23時を回った頃だった。
個人経営の鉄工所といったところか。工場部分の上が事務所や居住スペースという、よくある作りである。
明かりはついておらず、人の気配もないようだ。
角灯のシャッターを下ろして明かりをできる限り小さくして、ガラードは建物の側面、事務所がある上の階に続く階段へと向かった。
錆の浮いた鉄の階段は、踏みしめる度にいやな軋み音を立てた。
事務所のドアはやはり鍵がかかっていた。
ガラードは用意した針金を使い、10秒とかからず鍵を開けた。悪童時代に身につけたスキルである。
このお粗末な鍵…ただの廃屋かな。
内心つぶやきながら事務所の中へと入ると、ギリギリまで絞っていた角灯のシャッターを少し開けた。
「おいおい…!」
思わず声が漏れた。
闇の中、角灯の小さな光に浮かび上がったもの。それは壁に貼られた図面だった。
──生物めいた紡錘形の装甲車。
あの怪自動車の図面だ。
間違いない。ここはサンダーボルト団のアジトだ。無駄足どころか大当たりだ!
しかしガラードが目を剥いたのは、図面の下にあったテーブルに広げられた地図だった。そこに記されていたのは──
2
──14日。
サンダーボルト団と薔薇の騎士の対決の日がやってきた。
舞台となる幹線道路十三号線、その沿道にはこの対決を一目見ようと市民たちが押し寄せていた。それを目当てに、軽食や菓子の売り子、お茶やコーヒーやエールの屋台までいる。道を見下ろすビルの窓は、どこも見物人で鈴なりだ。
そんなお祭り騒ぎの十三号線を少し離れたビル街を、音も無く進む黒い影があった。
簡素な黒のドレスに白いレースのエプロン。短い黒髪に黒い瞳。
ベンウィック家メイドのモリーである。
十階建ての赤レンガの建物が並ぶビル街に人気は無く、深夜のように静まりかえっていた。
市民の多くが十三号線に集まっているからだ。遠く微かに十三号線からのざわめきが聞こえる。
モリーはビルの間にある路地に入った。
道というより隙間である。両手を広げれば壁に手が届くほど狭い。
モリーは辺りに人が居ないことを確認すると、その身を宙に躍らせた。
無造作な跳躍。しかしその高さはゆうに2メートルを越えていた。人間業ではあり得ない身体能力だ。
空中で赤レンガの壁を蹴り、反対側の壁へと跳ぶ。そしてまた壁を蹴り、反対の壁へ。
美しい黒い影は、壁から壁にと跳びながら、上へ上へと駆け上がって行く。
ものの数秒で屋上へと達したモリーは、音も無く着地した。わずかに翻ったスカートからはふくらはぎも覗かない。
呼吸も全く乱れていない。彼女にとっては階段を一段跳ばして降りた、その程度の動きなのだった。
「モリー、配置に着きました」
屋上の端へと進んだモリーがつぶやく。眼下には十三号線が見えていた。
「ルー、配置に着きました」
「フェイも到着したよっ」
ルーとフェイ──妹たちの〈声〉がモリーの頭の中に届く。
モリー、ルー、フェイ。ベンウィック家には姉妹ということになっているメイドが3人いる。
彼女たちには人間離れした身体能力に加え、霊的な結びつきがあった。
──霊波通信。
彼女たちは、心の声を離れた場所にいる姉妹に届けることができるのだ。
それを受信、増幅して薔薇の騎士に送信する装置が基地アーセナルにある。3人のメイド姉妹は薔薇の騎士の〈眼〉であった。
無線通信はモールス信号程度しかないこの世界において、それは圧倒的なアドバンテージである。
「はじめるわよ」
地下道で待機していたヴィヴィアンは笑みを浮かべ、ランサーのエンジンを始動させた。
3
──16時50分。
幹線道路十三号線、その起点であるキャメロット市東端に、異形の装甲車が現れた。
サンダーボルトの怪自動車は、バリケードと銃を構える警官隊に向かい、ゆっくりと進む。
「サンダーボルト団に告げる。十三号線はキャメロット警察が封鎖した。無法な暴走を止め、大人しく縛につけ!」
拡声器でルーカン本部長が怒鳴った。
大人しく言うことを聞くような輩ではない。強行突破してくるか?
パーシーはじめ警官たちは緊張した。
と、その眼前でサンダーボルトの装甲車が停止した。
「投降…まさか?」
重なり合う甲殻のような装甲板が開き、中から人影が現れた。
「なにぃ!?」
ルーカン本部長が驚きの声を上げる。
サンダーボルトの中から現れたのは、縛られ、猿ぐつわをはめられた紳士──ボルトン伯爵だった。
「警官どもに告げる!」
怪自動車から拡声器を通した声が上がった。
「見ての通り、我々はボルトン伯爵を人質にした。ただちに封鎖を解き、薔薇の騎士との勝負をさせろ。手を出せば伯爵の命はない!」
「おのれぇ…!」
歯がみしながらルーカンは迷った。
サンダーボルト団の要求に屈すれば、キャメロット警察の威信に傷がつく。だが伯爵を見殺したとなれば本部長を解任されかねない……。
ルーカンが矜持と保身を天秤に掛けている頃、怪自動車の中でも不安に揺れている者がいた。
「やり過ぎじゃないか? 大丈夫なのか」
「今さらビビってんじゃねぇよ」
機関士席でうろたえるロックウェルをアクセルが怒鳴りつけた。
サンダーボルトの大出力内燃エンジンは、不安定で危険な代物だった。
機関士がエンジンの温度や回転数に気を配り、燃料噴射の制御、空気と燃料の混合比を調節しなければならない。怠れば機関停止、悪くすれば爆発する。
その機関士が弱気では高速走行はできない。アクセルは内心舌打ちした。
「ボルトン伯爵は被害者だ。オレは被害者の息子。容疑者から外れるってわけだ。もちろんお前らもな」
ロックウェルをなだめるため、アクセルは自信満々に告げた。
そこに、腹の底に響くような重い排気音が近づいて来た。──薔薇の騎士が駆るランサーがやって来たのだ。
「あれが薔薇の騎士とランサーか…!」
装甲車の外でどよめきが上がった。
傾きかけた日差しに、ランサーの真紅の車体が映えている。
その美しさに、野次馬たちだけでなく警官たちからも感嘆の声が漏れた。
ルーカンの合図で、バリケードが解除された。
天秤が保身に傾いた、というより、もう薔薇の騎士に任せてしまえ、と半ば自棄になったのだ。
「本部長、スタートの合図を頼むぜ」
サンダーボルトの要求に、顔を真っ赤にしながらもルーカンは拳銃を抜き、銃口を空向けた。
「どこまで警察をこけにするのか…!」
本部長の近くでパーシーは怒りに震えた。その彼に、薔薇の騎士が顔を向けた。
「え?」
全身を覆う白い甲冑で顔はもちろん性別すら分からない。
しかしパーシーには、薔薇の騎士が微笑んだように感じた。
ルーカンが拳銃を放った。
弾け飛ぶように、ランサーとサンダーボルトが発進した。その姿はあっと言う間に見えなくなる。
両車の爆音だけが残る路上でパーシーは立ちつくしていた。その肩をたたく者があった。
「ヤバいぜ。サンダーボルト団は、薔薇の騎士を殺す気だ」
息を切らせガラードが言った。
真紅の大型オートバイを駆るヒーロー。
その協力者は?
スチームパンクならメイドでしょう!
というわけで、今回、異能のメイド三姉妹ルー、モリー、フェイが顔を揃えました。
いや顔出しはモリーだけですが。
彼女らの活躍とその背景は、またいずれ。
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