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御子母の惑星─みこものほし─第二部 宿命  作者: 宮生さん太


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遺言は「逃げろ」

 その日は突然やってきた。明け方まだ暗く、外は寒かった。寝ていた狐のケンがムックリと体を起こした。


『眴……一族を頼む。連れて……逃げよ……』


 ケンは力尽きたように崩れた。

 眴は両手で口を押さえ、息を呑み声を漏らさなかった。 その背後で、ノックもなくドアが開いた。宇羅彦が仁王立ちになっていた。


「なんて言った」


「逃げよと、仰せに……」


 声を上ずらせて、震えながら眴は答えた。

 宇羅彦はカッと目を見開いたまま、ドアを閉めると眴へ向かって言った。


「逃げる準備は整っている。国の護衛艦に、手分けして乗せられるだけ乗せて……北へ向かう」


 この頃になると、大型商業施設など、人の集まるところでグレードS級が発生するのは日常的になっていた。それなのに、危険とわかっているはずのところへ、人はなぜか近寄りケガレに巻き込まれていた。


 宇羅彦は手元の時間を見る。午前4時手前だった。我央に電話をかける。


「亡くなった」


「そうですか」


「逃げろと、言った」


「手はずは整っています」


「あんたが必要や。若い二つ紋と」


 しばらく通話の向こうで沈黙が続く。


 我央はあの日の出来事を思い出していた。


 両親に連れられ、初めて叔父と会ったのは、ちょうど例の夢を見た頃だった。ケガレと化そうとする一歩手前の、一族の男を祓った。初めて一族からケガレが出て、それを祓ったのだ。魂の蝕を起こしていた。


 魂の蝕は、見ればわかる。自分を育ててくれた善人そうな神守の夫婦も、祓っても祓ってもケガレをもらってくる。大元はわかっていた。


 叔父だという男──現副総理。


 そして、御子姫の居する里、急襲の影の仕掛け人。

 この男は、かねてから常世の大河との結界を崩壊させる計画を実行する、時を見計らっていた。

 そんな折、神守玲の存在は最適な駒だった。


「私には、生き残る資格などない」


「そういう問題やないです。あんたには責任がある。これから、由良姫が向かいます」


「君は?」


「俺には、こっちで守らなあかん人らがおる。その人らを船に乗せてから、そっちへ向かいます」


 宇羅彦は力が抜けたように、狐のケンを抱きかかえる眴の肩を揺すった。


「眴! 眼を連れて逃げんといかん! しっかりせんと!」


「ケンを埋めてやりたい……」


 宇羅彦はケンを抱えると一階へ降りていった。すると(あくつ)が起きてきた。


「そうか……逝ったか。庭に埋めるか」


 頷く宇羅彦に、スコップを持って垰は早速庭に出ていった。


「おまえは他にやらないかんことあるやろ、俺が責任持って埋葬したるさかい」


 宇羅彦は携帯片手に、ひっきりなしに電話をかけまくっていた。

 その物音に由良姫が目を覚ましてきた。


「どないしたん?」


「ケンが死んだ。庭に埋めるで。リビングのソファに寝かしとる」


「ケンが!? いつ?」


「5時頃や」


「そっか……ちょっと前にお母さんが、お別れにきた。うち、やらなあかんことある。お母さんに頼まれた。ヒロくんと行ってくる」


「おう、わかった」


「ウーちゃん、北やで。北の大地にな、みんな連れて」


「おう、わかっとる」


「うちは、結界の前に集まっとる一族の人らを、裏側の海の港まで行くよう説得するで。大きな護衛艦が来とる」


「由良……また後でな」


「うん、ケンもよう頑張ったな。うち、行ってくるわ」


 2人は、まさかこれが最後の別れになるなどとは思いも寄らなかった。


 ただ淡々と、結界が崩壊しかけたとわかってから話し合った、その通りに行動していた。


 神守我央は、副総理から呼ばれていたのを無視し、西都から崩壊寸前の結界へと急いだ。


「もうすぐ、そこへ藤吉由良姫が現れる、そうしたら向かわせたバスに結界の前にいる輪紋響紋衆を全員乗せろ。二つ紋も有無を言わせず一緒に乗せるんだ」


 その頃、由良姫の元へバイクに乗った浩徳が到着した。


「ヒロくん、家族全員、埠頭へ行った?」


「おう、じいちゃんもブツクサ言いながら行ったで」


 2人はケンにお別れを言うと、バイクで急いで結界へと向かった。もう今の結界をかろうじて保たせているのは、犠牲にしてはいけない命だった。


「しがみつくで、もっと早うっ!!」


 宇羅彦は携帯にある番号全部に連絡した。

 隣の県の大都市にある埠頭には、護衛艦が何隻も横付けされ、乗り込むタラップの前では検査が行われていた。

 宇宙依がとうとう開発にこぎつけた、ケガレ感応センサーだった。このセンサーで感知されると、24時間以内にケガレ化を起こす可能性大と判断される。センサーに引っかかった人は乗船できない。


 粛々とセンサーの前を人が通り船へと乗っていく。

 センサーが無情にも点滅する。


 センサーについての詳細は伝えられていない。ただ、なんとなく人々には選別の意味は伝わっている。まだ若い高校生くらいの子供がセンサーに引っかかった。親は子供と一緒に引き下がる。なぜ子供がセンサーに反応するのか、意味がわからないという顔をする。


 この選別だけで、暴動でも起きそうな緊張感が蔓延している。

 それを横目に、宇宙依は淡々と実務を行うケガレ対策室の研究員を見守る。


 宇宙依の横には万里依が寄り添っていた。宇宙依は一度精神的におかしくなっていた。それを無理矢理立て直し今、この場にいる。


 理由は明確。御子姫への襲撃の先見が狂ってしまったからだった。それは故意に御子姫によって狂わされた。それ以降、宇宙依には先見をしても、視える景色はひとつしかなかった。


 赤い大地が、延々と広がるだけの世界。


 宇宙依には視えるものはもう、それだけだった。


 関係者用テントへ、眴が芥見の一族を連れてやってきた。そこへ宇羅彦が光代たちを連れてくる。最後に垰と篠原が来た。

 篠原は大学からファンクションジェネレーターを持ってきていた。任意の周波数を発生させられる。ケガレの嫌う周波数も発生させられることで、人の波が生まれた。


「陵ちゃん、眴ちゃんを頼んます!篠さんも、万里ねえも宇宙にいも、センサーは何台もあるから任せて、みんなと一緒に船に乗って」


 様子を危ぶんだ宇羅彦が指示を出す。


「宇羅彦はどうするん?」


 光代が不安そうに呼びかける。


「ケガレが発生しそうな気がする。ここに集まって来とる人の中で。それを祓わんといかん」


 そういう矢先から、集まった人の波間にケガレが発生する。一触即発の状況が、あちらこちらで見受けられる。


 センサーを扱う捜査官の研究員が、カウンターを見つめつつ、そろそろ乗船数のリミットを示した。後から来た護衛艦へセンサーを乗せる、その艦は別の港へ向かう。捜査官も乗り込むとタラップが引き上げられる。

 残った人たちは それでも車に乗り込むと、次の集積地へと向かっていった。


 宇羅彦は東へと向かった。猪野神の説得に時間がかかっているようだった。専用のヘリで東へと飛ぶ。

 ちょうど時を同じくして、由良姫と浩徳は結界の前に到着した。


「我央さん、お待たせしました。うちが結界を支えます。みんなをバスへ乗せたら、反対側の港へ!!」


 由良姫の到着に、鹿野神、猪野神の声が上がる。


「叔父さん、叔母さん、みんな早うバス乗って、船が待っとるで。向こう側へ向かって!!」


「由良姫、置いては行けんよ!!」


 初音と凛華が叫ぶ。


「うちの指示に従ってもらう。これはお母さん、御子姫からの言伝やから!! いいねっ! みんな逃げるの! 逃げろっていうのが最期の言葉やからっ!!」


 由良姫はひとりで結界を食い止めた。どれほどの力を秘めているのか、由良姫が結界を支えてから、結界は微動だにしなくなった。


「我央さん、西都の元首は?」


「先に港へヘリで向かっています」


「そう、そしたら我央さんも向かって。もう一仕事残ってるんやないですか?」


 我央は胸ポケットの御子姫からの預かった書状を、上着の上から確認した。


「お母さんが、それは御守りやって」


「はい、どういうことかわかりませんが」


「我央さんは、ケリをつけたら戻ってこなあかんよ」


 我央はひとり、車に乗り込むと東都へと向かった。


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