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御子母の惑星─みこものほし─第二部 宿命  作者: 宮生さん太


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託された未来

 東都では、国の首脳が政府専用機に乗り込み、同盟国への非難に動いていた。その飛行機に副総理と我央の育ての親たちも乗っていた。

 我央はタラップを駆け上がると、出迎える両親をかき分け、副総理に血の滲んだ御子姫の書付を手渡した。


「あなたが仕組んだことだと、私にはわかっています」


 副総理は微動だにせず、我央を睨みつけた。


「二つ紋はどうした。まだ大勢子供が残っておるだろう」


「彼らは真っ先に護衛艦に乗せました。もう東都には残っておりません」


「おまえは、私に歯向かうつもりか」


「あなたこそ、結界が崩壊することを選んだ。国民を巻き添えにして、いったいどこへ逃げるつもりですか」


 副総理は御子姫の書付を鼻で笑った。


「いつまでも、我々をこんな紙切れ一枚でどうするつもりか、笑わせるわ」


 副総理は御子姫からの書付を勢いよく破った。

 すると、副総理は少し体を仰け反らせた。それを見届けると、我央は無言で足早に政府専用機から降りた。タラップまで乗り付けた車に乗ると、そのまま待機するヘリへと急いだ。


 副総理は、御子姫からの書付を破ってから、息苦しくなってきた。喉を抑えようとする手はヒビ割れ、気が身体中から漏れ出ていた。気枯れが瞬く間に起きていた。

 それは彼だけでなく専用機に乗り込み、今にも離陸しようとしていた機内に広がっていた。


「なんだ! これは?」


 書付は命に匹敵する。それを目を通すことなく、破り捨てた。それが彼の落ち度だった。

 書付に封じられた文言と、唱え言葉がケガレを解き放つ。この国の首脳陣は、己らだけが助かろうと算段した専用機の中で、見事にケガレと化していた。


 前の副総理は、こうしたことを伝える前に急逝していた。御子姫の真の恐ろしさを誰も知らなかった。


 我央が乗るヘリが飛び立つと、政府専用機も飛び立っていった。そして海の上で遠くなったかと思う頃、爆発していた。


「御守りか……物騒な御守りだったな」


 我央はヘリから護衛艦の動きを確認する。東都最寄りの港からは三隻、中央部からは三隻、そして東北部の港から三隻、その乗り込みが遅れていた。


 空港は閉鎖はされていなかった。各自で手配可能な海外への渡航は、政府は関与していない。国内線のみ、一部区間の離発着が制限されていた。


 我央は上空から、由良姫が崩壊を抑止している結界を見ていた。

 その側をヘリで通る際、点滅信号を出す。そして、裏側の港へと直行した。そこでは三隻の護衛艦に、輪紋響紋衆と二つ紋がびっしりと乗り込んでいた。そこへ西都から避難してきた人々が乗り込みにきていた。


 センサーで振り分けられていくことに、とうとう騒然としたかと思うと大きなうねりでケガレが発生した。船の上から、二つ紋が術をかける。祓っても祓っても、ケガレの波が押し寄せてくる。

 結界から避難した輪響紋一族の様子を確認した浩徳は、由良姫に伝えた。


「結界を崩壊させてもええで」


「ヒロくんは!?」


「おまえはどうしたい?」


「常世の(ケガレ)を抑えながら港へ行く」


「わかった! 後ろ乗れ」


 2人は結界から離れた。結界は一気に崩れることはなく、ゆっくりゆっくりと呑まれていった。常世の(ケガレ)はとうとう、堰を超え現世(うつしよ)へと漏れ出てきた。


 それはまるで、たくさん溜まった膿がじんわりじんわりと、皮膚を破って漏れ出てくるようだった。


 やはり常世の穢は、最初に西都へと進んでいった。

 美しい山も川も街も、歴史ある建造物の多くを、ゆっくりとその独特の腐臭を放つ穢の波は、ドロドロと呑み込んでいった。生活も、思い出も、何もかもを、そのうねりで腐らせていった。


 内海(うちうみ)で一番大きな港からは、真っ先に護衛艦が出立していた。残されたのは、時を置かずしてケガレ化を起こすとセンサーに反応した人々だった。


 常世の穢がもたらす媒介の力は、地上のケガレなど足元にも及ばぬ力だった。

 漂う気配に触れた瞬間、気は枯れ一瞬にしてケガレへ変貌し、恐怖を味わう間などなく呑まれていった。それだけが唯一の救いだったと言えよう。


 とうとう、結界が崩壊したことは、常世の(ケガレ)と長い時を経て対峙し戦さをしてきた輪響紋衆にとって、報告などなくとも肌身で感じられた。


「ここに、この船に乗るようにくるんやね!? 由良姫と柏木くんは!!」


 護衛艦の下では集まった人がケガレと化して、大きな塊となっていた。それを船の上から祓い続ける。そうやって待つしかなかった。


 一方で、宇羅彦の方は奏家本家からやっと主人を連れ出し、東の港へと向かっていた。

 力のある多くの奏家の者は、御子姫の元へ駆けつけ間に合わなかった。だがそのままその場に残り、結界に気を込め続けていた。皆、西の裏側の海の港から船に乗っている。

 

 東に残ったのは、若い者や年配者が多かった。

 年配者ほどこういう時になかなか言うことを聞いてくれない。しかし今、この年配者を失うことは、輪響紋の歴史を失うことに等しい。


 宇羅彦は有無を言わさず、とにかく全員船に乗せていく。まだ常世の穢が来るには時間があるが、できれば早く船を出して、西の状況を確認したかった。


「そういえば、トンネルは塞がれたんやったなあ」


「そうです。入り口はコンクリートで塞がれて、海底で何箇所も爆破されてます」


「そうか。あともう1箇所の港で完了やな。先に着いて、合流して整えんといかん」


 船によっては入港するだけで時間いっぱいとなる。南から向かってくるのはまだ遅れは出ていない。やはり、最後まで結界を守っていた西からの船が遅れていた。


「全船、先に出立せよ。後から来る2人はヘリで拾って追いつく」


 待つことに限界が見えた我央は、ヘリから護衛艦へ指示を出す。船は港を離れ始めた。その向こうからは、常世の穢を牽制しながら、一台のバイクが埠頭を目がけて走ってきていた。そこへヘリから縄梯子が降りてくる。

 由良姫と浩徳は飛び移った。一気にグワッとヘリが持ち上げる。


 そこで浩徳は唱え言葉を発した。


「とほかみえみため……ふるべゆらゆらとふるべ……」


 由良姫の髪がザワッと逆立ち、白髪へと変わる。そして、カッと紅い瞳が見開かれる。


「用意はいいか、いくで」


 浩徳がそう言って柏手を打ち、最後の唱え言葉を唱えようとした瞬間。そうはさせまいと、下からケガレの邪魔が入った。浩徳の両腕に触手のようにケガレがからみつく。 それを引き千切り、暗闇に響き渡る柏手の音がする。


『目覚め給え』


 同時に、浩徳は縄梯子から落下しそうになった。それを我央が掴んだのを、浩徳は振り払った。ヘリが大きく揺れていた。(ケガレ)がきていた。

 浩徳は、常世の(ケガレ)に絡め取られ、縄梯子ごと(ケガレ)の中へ落ちていった。


「ヒローッ!!」


 とうに真白神が降りて、戦神になっているはずの由良姫は、(ケガレ)の中に落ちていく浩徳を追って、自分も落ちていった。

 まるで、奏司を追って(ケガレ)の波間に落ちていった御子姫のように。


 由良姫は浩徳の体を抱きかかえる。


「魂……」


「ちょうだい」


「ひとつに」


「せやな」


「一緒に行こか」


 真白神の男神は由良姫の魂の欠片を食した。

 真白神の姫神は浩徳の魂の欠片を食した。


 浩徳の体は(ケガレ)の中に取り残された。由良姫は真白神の依り代となり、(ケガレ)との戦へと身を投じた。


 常世の(ケガレ)は、執拗に一番大きな護衛艦を狙い追いかけてきた。(ケガレ)もまた、滅ぼさねばならぬ相手をよくわかっていた。


 海に紛れて膨張し続ける(ケガレ)は、今まで封じられていた結界の向こうで、力を温存し、より一層強くなっていた。

 瞬く間に、国土を(ケガレ)へと呑み込んでいく。暗闇が広がっていく。

 戦神へと変幻した由良姫は、己の体が依り代として保つ限り、真白神とともに穢を祓う戦を続ける。


 一番大きな護衛艦には、国中の中高生の二つ紋が乗船していた。これからの、未来へとつながる力が乗る船を、穢は執拗に置い続けた。

 それを、由良姫、戦神は祓い続けた。


 北の大地が見えてきた。皆、他の護衛艦も到着している。あとは、残る一隻を待っていた。

 しかし、その一隻は、(ケガレ)も一緒に連れてきていた。


 由良姫の体は常世の(ケガレ)との戦で、穢に侵され生きながら腐り果てていた。その様子を、最後の一隻を迎え入れるべき用意している埠頭で、宇羅彦は見ていた。


「ゆ、由良……」


 我央から、浩徳も(ケガレ)に呑まれたのを聞いた。由良姫は最後の一隻を体を張って守る様子だった。


「この船が着いたら、結界を張る」


 由良姫は呟いた。依り代として戦神となった由良姫は、魂まで戦神にはならなかった。

 由良姫と浩徳の魂は半分ずつひとつに溶け合いひとつの魂として存在した。


『では、我は戦神として最後まで戦おう』


 真白神はボロボロの由良姫の体を用いて、最後の決戦へ臨んだ。


 船が港へ入った。

 同時に、霧のように北の大地は結界に包まれた。結界は由良姫と浩徳の溶け合った魂で造られた。攻守の両面を併せ持つ、今度こそ最強の結界だった。


「カムイ・ヌペ……」


 誰ともなしに、結界を見て「ヌペ」と言葉を落とした。

 北の大地は、色のない霧のような結界に包まれた。その向こうでは、常世の(ケガレ)が猛威を振るっていた。

 由良姫の体は、穢に侵され腐り戦えなくなるまで、依り代として戦神として戦った。


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