結婚の許し
由良姫と浩徳はバイクで御子姫のいる里に到着した。豪鬼と剛拳が門を開ける。
「この門なんですけど、もう少し警備を強化した方が良くないですか?」
浩徳が豪鬼に言いながら入ってくる。
「宇羅彦からも同じことを言われた。手は打った」
2人はバイクのまま、御子姫の待つ響家本家へと向かった。
門から響家本家までは、人の足で走ればものの10分もかからない。さすがに、響家本家の入口には異形衆が2人立っていた。
由良姫と浩徳は揃って御子姫の元を訪れるのは初めてだった。
「どうかしたのか? 滅多なことで来るでないと、言うたがのう」
揃って御子姫の前に正座する、由良姫と浩徳を代わる代わる見つめ、御子姫は少し間をおいて一息ついた。
「はい、ですがこればかりはお目にかかってお許しいただかねばと思って」
浩徳が御子姫を真正面に捉えて、眼差しを向けた。
「ほう、なんじゃ。今さら」
「はい、結婚の許しがいただきたく、参じました」
由良姫は前の晩に聞いてはいたが、まさか本当にそのために来たとは思いも寄らなかった。なぜなら、依り代となることを意識した時から、それはもう諦めていたから。
「結婚か……由良姫さえ良ければ構わぬ」
ありがとうございます、と頭を下げる浩徳の隣で、由良姫は黙ったまま大粒の涙をこぼした。
「なんなら、ここで祝言を挙げていくか」
由良姫と浩徳は、思わず顔を見合わせた。
「いや、ありがたいお申し出ですが、その……」
御子姫はクスリ……と笑みをこぼした。
「その分では、まだ誰にも言うてはおらぬようじゃな」
「はあ……」
「文をしたためよう。少し待っておれ」
「では、その間に長殿にご挨拶を」
浩徳は、由良姫を残して座を離れた。
「お母さん、話してもいい?」
「なんじゃ」
「バチが当たったりせんやろうか」
「何がじゃ」
「だって、うちは依り代やし、神さんはもう宿っとる」
「それがどうしたのじゃ。前にも言うたが、忘れたか」
「ううん、覚えとる」
御子姫は文を書き終えると、それを由良姫に渡した。眴に宛てたものだった。
「あ、あのね、ヒロくんのおじいちゃんとおばあちゃんにも……」
「したためた。こちらが、祖父母殿に。こちらはお母上に」
「お母さん、ありがとう。お母さん、気をつけて。なんか嫌な気が漂っとる。ケガレやのうて。人の悪意、に近い」
「そうか」
御子姫は、とうに気づいてでもいるかのように、ゆるりと相槌を打った。
長のところへ挨拶に行った浩徳は、御子姫から結婚の許しが出たことを報告した。そして、里の周りのおかしな空気感について触れた。
「ほっほっほ、もう手は打っておる」
「白鴉ですか。ですが、今回は数が多いように思います」
「闇夜に紛れるのは、鴉だけとは限りませぬのでな」
「神在月の帰りにも寄ります」
「いや、無用じゃ。御子姫殿に叱られますわ。里のことは、里に任せなさい」
「そう心配召されるな。猪野神の輪紋衆がもう間もなく警護に来る」
浩徳が気がつかないうちに、後ろに豪鬼が立っていた。大柄なのに気配なく後ろを取られていたことに、浩徳は驚いた。
「それより、由良姫をよろしく頼む」
「はい!」
御子姫の元に戻ると、書状は出来上がっていた。
「ただいまから、西の大社に向けて参ります」
由良姫と浩徳は挨拶を済ませると、長居はせず西へと出立した。
2人がいなくなると、御子姫は長を呼んだ。
「そうか、柏木のも同じことを申したか」
「ということは、由良姫殿も……」
「さて、夏にきた時にすでに宇羅彦から同じことを聞いた。どうじゃ」
「そうですのう、かんばしくはありませんな」
「そうか。猪野神のが来る前に、事が起こらねばよいが」
「唱と言葉の夫婦だけ、呼んでおきますか」
「いや、娘たちに不安を与えてはならぬ」
「犬に協力してもらえ。野犬を呼べ」
由良姫と浩徳は、西都を抜け裏の海側へと向かっていた。そこから海沿いに西の大社に向けて移動する。途中には景勝地が多い。
由良姫は、どうしても行きたかった砂丘へ寄ってもらうことにした。
「ええけど、ほんまなんもないで。ただのだだっ広い砂場」
「行ったことあるん?」
「俺ら修学旅行で行ったのそこやし」
そこへ着くまではまだまだだった。松並木で名高い景勝地の近くで、その日は宿泊となった。景勝地の方が、宿が多く不便がない。
2人は多くのことを詮索されにくい、ビジネスホテルを選んでいた。
しじみで有名な汽水湖の近くで食事をすると、砂丘はもう目と鼻の先だった。ラクダに乗ってはしゃぐ由良姫を携帯のビデオに撮る。
「そんなん撮って何するん!?」
「そりゃあ、眴さんたちに見せるに決まっとるやろ」
こんなに笑う由良姫を、残しておきたい。浩徳はただそう思った。
明日は、西の大社に参じるというその日、宿泊先を探すと行く先々で部屋が埋まっていた。年に一度の神在月の儀式を見に来る観光客だろうか、思っていた以上に人が多かった。
2人はようやく部屋を取れたが、それはダブルベッドの部屋だった。
「ええよ、俺は床で寝るで。もう地面の上でも全然平気。修行の成果」
毛布をかぶって寝ようとする浩徳に、由良姫がベッドの上で立膝をついて話しかけた。
「なあ、もう明日、御社まで行かなあかんのやな。なんやいっぱい行事があるみたいやけど、うちら邪魔にならんのかな」
「それは、俺も考えたけど、どうなるんかは行ってみんとわからんやろ」
「うん……」
心細そうな由良姫の声が届く。浩徳は起き上がると、由良姫の頭を撫でた。
「大丈夫やって、ひとりやないし」
「うん……」
由良姫が浩徳の手を両手で掴む。
「今な、正直に話すと、怖くてしょうがないん」
由良姫の手は震えていた。うつむいて膝の上に額を乗せている。肩が小刻みに揺れるのがわかる。
浩徳はそっと片方の手のひらで、由良姫の片方の頰を包んだ。
「うちな、ほんまは依り代になんてなりたくないんよ。神様を蔑ろにするつもりなんてない。これっぽっちもない。けど、うちはうちや。それが無くなるのは嫌やねん」
由良姫は、片方の手を自分の頰を包む浩徳の手に重ねた。
「ちょーっと、待った!」
「嫌やって!」
「マジ、勘弁して」
「結婚するって言った!!」
「言ったけど、それとこれとは」
「違わない!!」
由良姫は浩徳を捕まえると、服を引っ張った。
「冷静になろう」
「うちは冷静や。お母さんも自分に正直になればいいって言った」
「あのなあ」
「正直な姿を見せるんや、うちはヒロくんのお嫁さんになりたい。依り代になる前に」
由良姫には、決意が滲み出ていた。ここへ来るまで、何晩も一緒に過ごしてきた。
けれど、浩徳が触れてくることはなかった。
「依り代になったら、うちはどうなるかわからん。それは、それだけは嫌や。神様の都合で動かされるんやったら、その前にうちの好きにさせてもらう」
「どうしたんや、由良姫。何をそんなに怖がっとるんや」
「だって、今までに何遍も、うちが覚えとらんうちに、勝手に体が動いて、うちが消えてっとる。今度は、あそこは、大社でなったらもう戻ってこれんかもしらん」
浩徳は、由良姫の涙を拭いてやった。
「うちはずっと、ずっと待っとった。ただただ、会いたかった。好きな人に会いたかっただけや」
由良姫の両腕が、浩徳へ伸びる。浩徳には、もう抗いようがなかった。
「俺も、忘れられんかった」




