浩徳との再会
浩徳が帰ってきた。
なにやら、体つきもたくましくなって、何より全体の雰囲気が今までの何倍も芯の太さができたようだった。
「おまえなあっ! ええ加減にせんかっ!」
兄の能隆が帰宅第一声、浩徳を怒鳴りつけた。それはすぐに涙へと変わった。
「よう帰ってきてくれた。よかったわ」
母親も涙が止まらなかった。
「悪い、先に挨拶してこないかんとこ、あるんや」
「そうやね、由良ちゃん待っとったで」
なるべく早く帰ると言い残すと、浩徳はバイクで出かけていった。
浩徳がバイクで到着するより先に、由良姫はリビングに降りてきた。
「どうしました?」
垰と一緒に、農業試験場の資料に目を通していた眴が顔を上げた。
「ヒロくんが、もうすぐ来る」
狐のケンが耳を立て、ムックリと起き上がった。
バイクの音が止まる。バイクを止めながら、浩徳の意識が別方向へ向かうことさえ手に取るようにわかる。
「ええ音やなあ」
玄関先で、水琴窟の音を聴いていると、ドアが開いた。由良姫が立っていた。
「悪い、待たせたな」
頭を掻く癖は変わっていない。
二歩、三歩と、由良姫は近づく。浩徳の胸元に手をあてると、コツンと額をつけた。
「おかえり……」
「おう」
相変わらず、肝心な時は無口だった。
「おまえ、痩せたな。胸ないんと違うか?」
「え……っ? なに!? 感動の再会やで」
由良姫が呆れて顔を上げると、ニカっと笑う浩徳の顔があった。
「悪い悪い、ゴメンって」
浩徳は、後ろから由良姫の肩を抱きしめた。
「今日は顔見せたら、帰るつもりやった」
「そっか……いつ帰ったん?」
「さっき。せやから」
由良姫は振り向くと、もう一度浩徳に抱きついた。
そうして離れると、ゆっくり互いに顔を見つめあった。
「明日は家にいてるか? 今後の予定を話し合わんと」
浩徳は一通り挨拶をすませると、また明日と帰っていった。
浩徳が帰宅すると、母親が心配そうな顔で出迎えた。
まだ、帰ってきたという実感がわかないというより、またいなくなるのではないかという不安からだった。
「もう、黙って出てかへんで。安心して」
「当たり前や! 由良ちゃん、どうやった」
奥の部屋から、兄能隆の声がする。
「兄貴、仕事は?」
「行方不明になっとった弟が見つかったって、1日休みもろたわ」
「貴重な休みをそんなことで」
「おい、浩徳! 話がある、こっち来い」
今までになく、厳しい口調に浩徳は身構えた。二、三発覚悟して、目の間に正座した。
「高校はどうする」
「できれば、来年4月から、学費はゴメンやけど」
「そんなもんはええ、辞めずに行くんやな」
浩徳は頷いた。とりあえず、ここはそうしておくのが正解だろう。兄も母親も安心する。
「その代わり、悪いけど今年度いっぱい、少し自由にさせてほしい」
「まあ構わんけど。問題だけ起こすなよ」
「で、早速なんやけど、由良姫と2人で行くとこあるんや」
翌日午後、浩徳は由良姫が学校から帰って来る前に、眴と話があるとやってきていた。
「神在月の神議りの議は23日から7日間です。この間に参じる必要があります」
「あと2週間ばかりですね」
「その前に一度、息吹の山へ行きます。その日はうちの祖父母のとこへ泊まります。翌日は、御子姫殿のところへ行きます」
「御子姫殿の?」
「また、どうして……」
そう聞いて、眴はハッと言葉をのみ込んだ。
垰はニヤニヤしながら、ソファに寝転がってテーブルの方を見ていた。
「その翌日から、無理なく由良姫と2人でバイクで西の大社へ向かいます」
「わかりました。御子姫殿への連絡は?」
浩徳は狐のケンを見ると、その前に座り話をした。ケンの瞳の向こう側に、御子姫の気配がする。間違いない。
「はい、今お伝えしました」
「お気づきでしたか」
「はい、ですが由良姫と宇羅彦には内緒だということも」
「もうすぐ由良姫が帰って来る頃です。2人でバイク旅行だと聞けば大喜びしますよ」
浩徳はニカッと笑った。
そういう表情は以前のままだが、先ほどまでのやり取りはまるで別人になっていた。かなり険しい修行を積んできたのだろう。
11月の半ば、2週間ほど、由良姫と浩徳は2人で神在月へ参じることとなった。
まずは、息吹の山へと向かった。
「ここのドライブウェイって恋人の聖地って有名なんよ」
「はい、残念でした! 俺たちは神様へのご挨拶です」
「でも、そんな登山用の格好……」
浩徳は管理小屋へ挨拶に行くと、登山用の荷物を出してきた。由良姫とその装備に着替えると、管理者がジロジロと由良姫を見回す。
「本当に連れて行かれるんか?」
「だから、前も説明したやんか。俺は守護者で、この人が依り代で、神さん入っとるて」
由良姫が山道へ近づいていくと、一瞬にして山の空気が変わった。管理者は、押し黙った。
「奥までは行きません。祠の前まで。すぐに戻ります」
山は、長く留守にしていた、ようやく男神姫神とが一つになった、神の帰還を喜んだ。
山の空気が、隅々にまで無言で言祝いでいた。
浩徳の柏手がこだまする。山を幾重にも渡っていく。
「あれ? 私、いつものまま?」
「そりゃあ、唱え言葉使うとらんで」
由良姫が祠にお参りをすると、山が揺れたような気がした。
由良姫はせっかく来たのだからと、ドライブウェイで山頂駐車場まで行きたいと譲らなかった。浩徳は、仕方がないなと山頂まで行くことにした。
山頂まで行くと、浩徳は由良姫からどの辺りで修行していたのかと聞かれた。
「わからん、さっぱり見当付かん」
山は、紅葉の見応えも最後に近かった。
「綺麗な山やねえ。稜線が続いて」
「まずはこの山が、守ってくれる」
浩徳は山の向こうに広がる大海を感じていた。
由良姫と浩徳はドライブウェイを降りると、そのまま浩徳の祖父母の家へと向かった。祖父母は何度も来たかのように温かく迎えてくれた。
「なあ、じいちゃん、ばあちゃん。ここ引っ越して一緒に住もうや」
「何言うてるんや。ここは真白様のお膝元や。対岸には御子姫殿もいてはる。なんも怖ない」
「もしもやで、御子姫殿が言わはったら、引っ越してくれるか?」
「どういうことや」
祖父は厳しい口調で、浩徳を問い質した。
「そういうことや。万が一の時、みんな西都を守る。こっち側へは誰も来ん。息吹の山の向こう側に逃げんと、あっという間に呑まれる」
「そんなこと言うたかて、この辺みんなそうやろ」
「そうや。せやけど、じいちゃん、ばあちゃんだけでも、わかっとることやで、先に移っとってほしいんや」
由良姫が祖父に迫った。
「お願いします。気持ちが鈍って、動けんようになります」
「そんなこと言われても」
「真白神は助けはしません。ただ戦うのみ。だから、巻き込まれるようなところにいらっしゃられては困るのです」
翌日、由良姫と浩徳は、交互に祖父母を抱きしめ出立した。大海に沿って2人は御子姫の元へ向かった。
途中から立入禁止区域が広がっていく。この区域は、以前は響家奏家の里が広がっていた。
今では、まるで刑務所でもあるのかと思えるようなコンクリートの塀が続く。その向こうは、結界の続く、常世の大河との接点。
「止まって。少し見たい」
「大丈夫か」
浩徳が止まってバイクにまたがったままでいると、遠くから警備のためかパトカーが走ってくる。
どうみても10メートル以上ある塀を、一気に飛び上がる身体能力。これが由良姫と宇羅彦が普通に持つ能力だ。
由良姫が飛び降りると、バイクにまたがる。
パトカーから警官が降りてくる。
「この先は通行止めです。分帰路まで戻って下さい」
免許証の提示を求められる。浩徳は、一緒に内閣府ケガレ対策室の身分証を見せた。
「通行止めの柵を、もっと手前に幅を広げて設置した方がいいです」
由良姫からの意見を神妙に控える警官。それだけ、この地区は警戒が強いように見えた。




