迫り来る影
疲労は思考を鈍らせる。
鈍った思考は、人をミスリードしていく。
そして、気がついた時には沼にハマり、身動き取れなくなる。
それが数名なら修正も効くだろう。しかし集団で、しかも無軌道に動かれては、さすがの我央も指揮するのが困難となっていた。
そういう時に限り、連絡は繋がらない。我央は決断を下す。
本来ならあり得ない、首都圏の神守二つ紋が総動員される。
高校生以上は、訓練もなくイヤホンを装着し、フェスのステージに集められる。そこで我央の直接指示で、ステージ上から客席に向けて祓いが行われる。
次々とケガレの塊が消滅していく。ケガレが減っていくことで、疲労で限界にある者たちが息を吹き返す。
命令の指示系統は復活し、的確に増幅するケガレを潰していく。
フェス会場は封鎖され、避難した人々は1箇所に集められる。そこではステージから回された二つ紋が、集団へのもらったケガレ祓いを行なっていた。祓いが終わった者たちから、会場から移動を許可される。
こうして日が暮れる前には、フェス会場での集団パニックは終結した。
この日のフェスでの騒動は、集団パニックと報じられた。
屋形船の一件は大規模な水上事故。祭り神輿の一件は見物客の集団暴行事件。
東都の夏は、大規模なイベントの即時中止と、集客場所の封鎖という処置が取られた。
今となってはもう遅いが、それでも放っておくことはできなかった。一時しのぎの方策ではあっても、やらないよりはマシだろう。
東都の神守からの応援要請が届かなかった。もしくは、応じられなかったことは問題とはならなかった。
それは、各地方でもすでに、少ない人員での広範囲対応に破綻が生じていたからだった。しかも、地方の神守はすべて東都へ集められていた。
地方を守るのは鹿野神、猪野神だ。この者たちに、神守から物申すことなど言語道断だった。
反面、今回の東都での怒涛のようなケガレ祓いへの成功体験は、東都へ集められている神守への驕り高ぶりを増幅、増進させた。
東都の神守と、西都の神守との間には元より溝があった。北の大地の神居は、内地の神守とは一線を画していた。
そして、東都の神守は徐々に孤立化していくこととなる。
ニュースは遅れてやってきた。
御子姫の元にいた由良姫には、携帯の電波が届かなかった。御子姫の元には電話自体ない。
集落の最も外れに住む豪鬼の元にいた宇羅彦には、かろうじて携帯に連絡が入っていた。しかし、携帯を置いて鍛錬中だったため、気がついた時にはもう我央は電話に出なかった。
西都を守る神守は、一月以上に渡る長丁場の祭りのクライマックスで、応援に行ける状態ではなかった。
鹿野神も西都周辺では祭りが多く開催され、応援どころか自分たちにこそ応援が欲しかった。
「そんな都合のええように使われたらたまらんわ。こっちは他所さんの力添えなしでやりくりしてるんや」
猪野神もまた西都と同じような状況だった。
北の方にいくに従い祭りは多く大きくなる。しかも東都までは遠い、応援などとうてい無理だった。
「今さら、どうしろって言うんだ。こっちこそ応援が欲しいぜ! 都合の良い時ばかり!」
「普段はこっちで対処できるのに、無理やり割り込んで来るくせに。タチが悪いぜ」
由良姫と宇羅彦は、万里依の千里眼で東都の惨状を知った。
「常日頃から、想定して訓練しとったらええのに、こっちが対応策まとめて出したったの、見てへんちゃうんか」
「こういう大勢集まる場所用の、センサー開発が進められてへんのや。行き詰まっとるようや」
東都の神守には、常日頃からの情報提供と対応策の提出を義務付けられている。馬鹿正直に行なっているのに、それが生かされていない。
その癖、口出しだけは多い。その上、突然呼び出される。
特に猪野神では、東都の神守を快く思わない者がほとんどを占めるようになっていた。
「あいつら、何様だ。俺たちのこと、部下だとでも思ってるのか?」
神守という立ち位置を正確に把握できていないことが、両者間の軋轢に拍車をかけていた。
西都では国家元首が戻られて、みっともないことはできない。自分たちの力で、何があってもお守りするという意識が高い。
西都の神守は東都は明らかに意識の持ちようが違っていた。
しかも、彼らにとって西都内に本家のある鹿野神への敬意は、特別のものであった。
さらに、口にさえ出さないが、その鹿野神への助力を惜しまない藤吉の影。その影には御子姫姿が重なる。
東都の神守があずかり知らぬところで、西には東都に対抗できる構造ができあがりつつあった。それも、由良姫も宇羅彦も一切関わりのない思惑の中でだった。
「今の都は、西や。東の指図は受けん。何を今さら!」
東都からの援助依頼は、上手に口先で断られた。西都より西の地方にいる神守は、西都の神守の意向に従った。
西都の祭り最後の夜、由良姫と宇羅彦は、初音と凛華に誘われて初めて送り火を見に行った。
観光客も多いが、どちらかといえば古くからの民たち、絶えず戦乱に翻弄されてきた者たちが多かった。だからこそ、静かに祭りの終宴を迎えていた。
他所さんは他所さん。うちらはうちら。そうやって生き延びて守ってきた都の姿が、そこにあった。
「壮大やなあ、綺麗やね」
「そうやろ、いっぺん見せたかってん」
「この街は、ほんま凄いな。見えんとこで、みんな街を守っとる」
宇羅彦が、配置される神守や鹿野神の者たちの気配を感じとって褒めた。
「そらそうや。それが代々ここに住み続けてきた者のプライドやし」
「どんだけの歴史ある思うてはるねん。なんて誰も出さしまへんけど。奢ってはあかん。そんなん見せるんは、田舎もんのすることや」
初音が小さな声でサラッと言ってのける。東都の神守をチクリと揶揄する。
東の猪野神と西の鹿野神の動向を受けて、それをうまく抑えて繋ぎ止めているのは宇羅彦だった。それを支えるのが宇宙依であり、仕方なく万里依が準じた。
由良姫と宇羅彦は御子姫の元へ一旦戻った。今年最後の夜、二人は母御子姫と明け方近くまで語り明かした。
もしかしたら、これが最後の時間かもしれない。来年のお盆にまた来られるという保証はない。
「お母さん、ヒロくん帰ってきたら、また一緒に来てもいい?」
御子姫はやさしく、しかし厳しく由良姫を諭した。
「年に一度という約束、ずっとそうじゃったろう。祖の魂が帰ってくるのを迎える時だけじゃ。良いな」
「はい……」
「せやけど、俺はなんかあったら、すぐに駆けつける!」
御子姫の周囲には、穏やかでない東都の神守の思惑が見え隠れしていた。
御子姫の元を去る時、由良姫も宇羅彦も強く母を抱きしめて帰っていった。
今度は北の猪野神との合流、ともに北の中核都市を見て回ることになっていた。
帰ると、留守を預かっていた垰が、水琴窟の甕を埋める穴を掘り終えていた。そして、甕を据える準備を粛々と進めていた。
「夏休みの終わる前には戻るんやろ?」
「うん、陵ちゃん。10日間くらいで帰ってくる。疲れちゃった!」
「ほら、あのいい声で歌う人、あの人呼んで完成披露会しようや」
「篠さん?いいね、夏の終わりにね。この後、コンクール巡りが始まるだろうし」
「渡瀬、呼んでもいいか?話したら見たいって言っとった」
北の猪野神の元へは宇宙依と万里依も一緒に向かうことになった。4人は地元の空港まで車で送ってもらうと、飛行機で一路北の杜の都へと飛んだ。
夏の終わりに東北部では、全国で五指に入る大きな花火大会がある。そこが最終目的地だ。
ただし、そこへ行く前に、彼らは揃って猪野神の本家へと向かった。




