西都の祭
最近は、西の首都のことを「西都」と呼ぶ、東の首都は「東都」だ。
その西都では今、古式豊かな夏の風物詩ともいえる祭りが行われている。これを見物に内外から観光客が集まってくる。
ただでさえ盆地特有の、夏のムッとこもった暑さが、人熱で余計暑く感じる。
「スゴい人やねえ。初めてこの期間に来たけど、まるで別の街みたい」
「さあ、昼間は熱の逃げ場がないさかい、早よホテル帰って休んどこ。夕方に川床で食事するよう予約入れてあるで」
「ほんまに? さすが万里ねえ、抜かりがないわ」
「そらそうや、夏っていったら、鱧の落としをいただかんと」
病院へ行ってホッとしたのか、由良姫は眠気がやってきた。チェックインと同時に2人は昼寝を始めた。さすがの強行スケジュールに、この暑さは堪えた。
いわゆる「祭り」を英訳すると「フェスティバル」となる。
しかし、西都の人にとっては、いや、この国の人にとっては、祭りは祭りであって、それ以外のなにものでもない。
「祭り」は外国語に訳しても「MATURI」なのだ。
お囃子の音が、街のあちらこちらから聞こえてくる。
コンチキチン──
夕方、由良姫と万里依は街を流れる川の川床で涼みながら、ゆったり夕食をとった。
明日の昼には宇羅彦と宇宙依が来る。合流して、初音と凛華もホテルへやってくる。ミーティング用の部屋は抑えてあった。
西都に到着するなり、早速、ミーティングに入る。今回は少し困った案件があった。
というのは、いわゆる民家への宿泊についてだった。
海外では、自宅の空室を旅行客に貸して宿賃を取る行為は、昔から当たり前のように行われていた。しかし、この国ではそういう文化は根付いていない。
さらに困ったことに、空室はマンションの一室であったりする。オーナーは外国籍だったり、管理者もまた同じ外国籍だったり、挙げ句の果てに利用者も同じく海外からの旅行者だったりする。
そしてケガレが発生する。通報される前に、その外国籍の管理者が巻き込まれたりもする。国民ではない、外国籍の人物がケガレとなり祓われる。それをどう処理していくのかが、やっと正式に決定された。
ケガレを放置することは、関係ない人がケガレをもらう機会が増える。それはゆくゆくケガレの蔓延につながる。
ケガレは理由はどうあれ、速やかに祓う。祓った後、身元不明で捜索し、決定事項通りに処理する。
この国では現在、年間10万人近い行方不明者がいる。身元不明の遺体は2万人に上る。
さらにいえば、ケガレと化し祓われた人の記憶は関係者の間から消え失せていく。ケガレとなり祓われることは、余程のことがない限り、存在しなかったことになってしまうのだ。
それならば、入国記録を回収し抹消してしまえばいい。 実際、ケガレとして祓われた国民の戸籍はすべて抹消し、改正されていた。
決して改ざんではない、正規の手続きで改正、されているのだ。
それはケガレ対策室の事務部門に該当する。国民のデータベースにアクセスして正しく改められる。それだけのことだった。
外国籍の者も、入国者も、すべてデータベースを正しく改める。
たとえ、関係者から事情聴取を行ったところで、ケガレとして祓われた時点で周囲の記憶は曖昧になっている。事件としての立証自体が困難となっていた。
「こうまでして、ケガレのことを隠したいんやな」
「隠したところで、時間の問題やと思うんやけどな」
「それが不思議なんやけど、例の動画、もう沈静化しとるんや」
それは特に政府が介入したわけでもなかった。
人の興味から意図的に逸れていくとしか言いようのない結果だった。
「そうやろうな。もう昔からそうなんやと思う。せやから、うちらだけで祓う程度で済んどるってわけや」
ミーティングは、由良姫たち4人が西都にいる間の、ケガレ発生予測へと移っていった。
幸いなことに、高グレードはなかった。しかし、ホテルではなく民間人所有の住宅での発生が多かった。
しかも、マンションの多さが目立つ。
「これってもしかして、例の民間宿泊っていうヤツか?」
「もう、警察にリスト丸投げして、協力してもらうしかないんちゃう」
「まだラブホの方が楽やな」
祓いは困難を極めた。半数以上が外国籍オーナーで連絡も取れない。管理者は責任を免れたいので、警察の介入には応じた。手間と時間が倍になった。
初動が遅れることで、ケガレは拡散されていく。以前とは違い、規制線を張ったところで無意味だった。
ケガレはまるでウイルスのように、空気中に気を発していた。ケガレと化したものを即刻祓わなければ広がる一方だった。
まして今は祭りの最中だ。
大勢集まった人々はケガレをもらって帰っていく。国内ならまだしも、国外へも散っていく。
ゆっくりと、しかし確実にケガレは、この惑星を侵し始めていた。
「ほな、また今度な」
「うん、初音も凛華もなんかあったらすぐ連絡してな」
「とにかく、お祭りの間は。もうちょっとやし、頑張るわ。宵山はもうクライマックスやで」
「お母さんとこいてるから、呼んでくれたらすぐ飛んでくる!」
「うん、おおきに。帰りに宵山見に寄ってな」
5日間などあっという間だった。
宇羅彦は2人にいつでも連絡してくるようにと、携帯の番号を教えていた。
この後、眴が迎えに来て、由良姫と宇羅彦、そして芥見の2人も乗せて御子姫の元へと向かった。
芥見の2人、特に万里依は、一族最初のケガレを芥見から出してしまったことの詫びを直接したいと、ずっと言い続けていた。それがやっと叶った。
「今年は多いな」
門のところで、豪鬼が笑いながら言った。宇羅彦をもう二回りほど大きくした、豪鬼と剛拳の出迎えに万里依と宇宙依は驚いた。
響家本家に到着すると、車に一緒に乗ってきた狐のケンと白鴉も出てきた。
白鴉は長の肩に止まると、そのまま奏家本家へと戻っていった。
万里依と宇宙依は緊張のあまり、皆に挨拶をするので精一杯だった。
由良姫と宇羅彦は遠慮なく、どんどん奥へと入っていく。
一番奥の部屋まで来ると、静かに座っている御子姫の前へ嬉しそうに向かい合った。
「お母さん、ただいま」
「芥見の、連れてきた。どうしても会いたいって」
宇羅彦は万里依と宇宙依を部屋に招くと、自分の横に座らせた。
2人はまず深々と頭を下げた。そしてそのまま詫びを述べた。
「此度は、大変申し訳ないことを致しました。謝って済むことではないこと、重々覚悟しております」
万里依が声を震わせながら一区切りつけると、御子姫のやわらかな声が響いた。
「もう良い。済んだことじゃ」
万里依と宇宙依は、恐る恐る顔を上げた。御子姫はにこやかに笑いかけた。
「そなたらは、大切な眼じゃ。藤吉だけじゃのうて、鹿野神にとっても猪野神にとっても。これからもよろしゅう頼む」
控えの間で座っていた眴に、御子姫は声をかけた。
「眴、いつもご苦労様。今回は大人数ゆえ、向こうの屋敷に部屋を用意させた。そちらに芥見のと泊まるが良い」
御子姫の元には由良姫だけが残った。宇羅彦は豪鬼と剛拳と一緒の屋敷へ移っていった。
「お母さん、話したいことがいっぱいあったん」
「そうか。じゃあ、ここにおる間は、いつでも聞いてやる。いっぱい話していけ」
「うん……」
由良姫はいざ話そうとすると、いったい何から話せばよいのか迷った。そして、最も気がかりで眠れなくなる時もあることを話し始めた。
「神在月に来るように言われた。それも守護者と一緒に。……ヒロくんのこと考えると、眠れんくなる」
「それは、守護者がおらなんだら、どうしようという心配か?」
「ううん、違う。うち、信じてずっと待っとるん。会いたい。会いたくて、苦しい。思い浮かべ……」
由良姫は喉の奥からそれだけ絞り出すと、ワッと泣き出した。
気がついたらいなくなっていた。プッツリと切れた糸を手繰り寄せる日々。その一因が自分にあることが、苦しくて辛くて悲しかった。




