北の大地②
確かに、由良姫たちを含め、中心街にいた半数近くは観光客だろう。
「もう始まってますけど、大通公園じゃ夏のソーラン節祭りやってます。参加者も見物客もあちこちからやって来ます」
「そうね。もうすぐ郊外でもロックフェスが始まるし、夏の観光シーズンは大忙しです。だから、その間だけでも先見がいただければ本当に助かります」
ちょうど、人が集まっているので打ち合わせがしやすいと、会場の一角には高校生以上の二つ紋が呼び集められた。
由良姫と宇羅彦は、万里依と宇宙依のすぐそばで聞いていた。
話は、由良姫と宇羅彦はサポートで、中心は高校1年から大学2年までの4人で祓うことになった。
宇羅彦は注意点を簡潔に説明し始める。イヤホンの支給を確認し、必ず装着すること、指示は万里依から送られてくること。
同時に、万里依は自分と同じように千里眼の持ち主と話をする。彼女を祓いに同行させて、千里眼を使ったサポートの仕方を教えることとなった。
「私にできるかしら……やらないと、なのよね……」
ケガレを視たことは何度かあるが、実際に祓いのサポートをしたことはない。
「ケガレを視たことがあるなら大丈夫ですよ。かえって慎重な人の方が向いています」
打ち合わせが済むと、懇親会はお開きとなった。
翌日の朝、案の定、由良姫は熱を出した。それほど大したことはないので、ゆっくり休めば夕方までには下がるだろう。
その間に、宇宙依は当面のケガレ発生予測を視ていた。
宇羅彦は邪魔になるといけないと、ホテル内でビジネス向きのサポートルームを借り、猪野神の2人とビデオチャットをしていた。
「おう、北にいるんだってな。神居ってどんな感じ?」
「ああ、どっちかっていうと古いしきたりとかしっかり守っとる感じやった」
「そうですね、そういうのが失われてるのは東の首都圏だけでしょうね。そのうち取り返しがつかなくなる。禊もいい加減だし、祓い方も中途半端だし」
虎雅はやさしい顔をして結構辛辣だ。性格がきっちりしているから余計だった。
「で、この後どうするんだ?」
「予定だと1週間はここで、そのあと、次に大きな都市へ移動して5日間。一旦戻って、翌日飛行機で帰る」
「祓いは?」
「今夜Bが発生するんで、一緒に行くことになっとる」
「こっちにはいつ来るんだよ」
大那が待ちきれない様子で宇羅彦へ詰め寄る。
「そっちはお盆にお袋んとこ行ってからかな。確か8月17日からの2週間」
「まだまだ先だな。それより、街の中はどうだ?」
「なんやもう、観光客だらけでごった返しとる感じ」
大那は大笑いした。大那と虎雅が行くところも、夏休みに入り観光地はどこも人だらけだった。それだけ、モドキも集まりやすく、ケガレが発生する確率も高くなる。
そして、夜になった。
由良姫は回復し、宇羅彦と万里依と一緒にホテルのロビーへ降りていった。そこには開、千生の他2人と、眼を持つ女性、若手の責任者が来ていた。
他にもまだ、2チームに分かれてパトロールに出ているという。
全員は、ロビーで再度軽く打ち合わせて、ケガレが発生するホテルへと移動した。ホテルへは前以て万里依から連絡が入れてあり、対応はスムーズだった。
ただし、宿泊者について一部外国籍の来訪者がいることが発覚した。これは少しマズいことになった。ケガレとなり祓ってしまっても、来訪記録は残る。
「どないしたん?」
「外国人が混じっとる。勝手に祓うと、国際問題になるやもしれん」
宇羅彦は我央に連絡を取った。事情を説明すると、祓っても構わないという返答があった。
「なんや、いろいろあるみたいやで、とりあえずええそうや」
「宇宙にいに聞こうよ。問題になったら、うちらのせいになる」
この時の、由良姫の判断は正しかった。だが、ケガレ発生まで時間が残りわずかとなっていた。
宇宙依はケガレ発生後のその後など、未だかつて視たことなどなかった。そうしたところで、何も変わることはない。
ただし、今回ばかりは由良姫と宇羅彦の身に降りかかる火の粉を払わなければならない。
宇宙依が出した答えは非情だった。
「関わるな」
つまりは、指示だけ出して、神居にやらせろということだった。当然といえば当然だ。彼らの領分で起きることだから。
「由良姫は万里依と待機、俺は万が一のためについていく」
「そんな……っ! ウーちゃん行くんやったら、うちも」
「あかん! 待っとってくれ。気が散る」
由良姫は、初めて宇羅彦から向けられた強い拒絶に、ビクッとした。
いつからだろうか、宇羅彦は時々、由良姫に対してこういう態度をとるようになった。
特に西へ鹿野神の協力に赴く時、たとえグレードBであっても由良姫を置いていく。
「今回は、待っとって。俺だけで十分や」
その判断は、いつも宇宙依と決めていた。
「由良姫、待っとるよ。あんたを『渡す』わけにはいかん」
祓いは、現場へは神居4人と宇羅彦が行くことになった。
部屋は、そのフロアにはそこしかない。鍵を受け取ると、宇羅彦は従業員を避難させた。
その様子は、千里眼で万里依がずっと視ている。同じように、神居の眼を持つ者も指示通り行う。
「ドアを開ける前に、各自イヤホン緩衝材チェック、結界を張る。指示を待って部屋に入ったら、必ず真っ先にドアを閉める。その後ためらわず一斉に術を放ち祓う」
「もしまだケガレになってなかったら?」
「部屋に入るタイミングは眼が視とる。合図はもうケガレになっとる証や。ためらうな」
宇羅彦は、開と千生に向かって念のため言った。
「もし不安なら、確認は部屋に入る直前に。入ったら決して迷わない」
4人の神居は、身構えると宇羅彦に言われた通り、自分たちだけで向かっていった。
皆、ロビーで祓いにいった者たちを待っていた。
帰ってきた者たちの無事を確認すると、一同は一旦ホテルを後にした。
今までは運良く、海外からの観光客はケガレ発生に巻き込まれていなかった。しかし、今後はどうなるかわからない。
国の方針を再確認する必要がある。
それは、北の大地にだけ言えることではなかった。西の首都では大きな祭りが始まっていた。
由良姫たち4人はホテルに戻ると、まず先に由良姫が全員のケガレを祓った。宇羅彦と宇宙依は、部屋に戻って禊をすると出ていった。
「さあ、うちらも禊しよっか。そしたら、温泉に温まりに行こ」
その夜、宇羅彦と宇宙依は、ケガレ対策室の方針と国との方針にズレはないのか、特に外国籍及び海外からの来訪者、主に旅行者への対応について話し合っていた。
神守我央の言葉を信じない訳ではないが、最終的な責任の所在には不安が残る。
その頃、由良姫と万里依は温泉から出て、万里依に付き合い最上階のバーへと足を運んでいた。
窓際のカウンター席に座ると、街の夜景が一望できる。
東の首都から離れている、この北の大地でさえ最近では毎日のように小規模なケガレ発生事件があるという。
「さあ、考えてもしょうもないことは、やめやめ!」
由良姫はノンアルコールカクテルというものを初めて飲んでいた。ジュースとは違うような、少しだけ複雑な大人の味がした。
「最近な、ウーちゃんがうちを置いていくことが多なってん……」
由良姫は悲しいというより、とても不安だった。




