ケガレが嫌う波長
垰陵侑は、由良姫と宇羅彦が幼い頃、よく2人を連れてフィールドワークに出かけていた。
「いつ、来たんすか?」
「夜明け前? 3時くらいかな」
「寝てへんとちゃいますか?」
「さっきまで寝とった」
由良姫が不思議そうに宇羅彦を見る。
「誰か知ってるの?」
「ああ、イカサマ大好き、デコピンおじさん。オマケにナイショでよう大海へキャンプ連れてってくれたやんか」
庭のテントばかりが目に入るが、その向こうに大きなハイエースのキャンピングカーが停めてある。
これもただのキャンピングカーではない。ほぼ半分は研究がすぐできるようカスタマイズされた、移動する研究室である。
「そうや、垰のあんちゃん、忘れとったらあかんで」
「あんちゃんって、もうおっちゃんやん」
由良姫と宇羅彦は期末が近いので、学校へ行くように促された。その代わり、後で大雑把に話をしてくれることになった。
眴は垰と2人で農業試験場へ行った。
「なあ、眴。覚えとるか? 去年の今時分やったかなあ、音の話、せえへんかったか?」
「音ですか?」
「音、言うても、波長の話や」
「周波数?ゆらぎの話なら……」
「おう、それや。それが必要になりそうや」
垰はいつもこんな感じだった。ハッと閃いていきなり本題から喋り始める。説明はない。ただ、全部聞くと、後から全体像が見えてくるのだ。
「ケガレが嫌う音があると言ったら、どうする?」
「そうしたら、使い道はたくさんあるでしょうね」
垰はニヤリと笑った。
「モドキが嫌がるということは、当然ケガレにも効果はあるだろう。というのが大前提だ」
神社でよく神前で振られる巫女鈴、この鈴の平均的な周波数は約530Hzである。
これはクラシック音楽でも多くの名曲が挙げられる。ホルストの木星、ベートーヴェンの月光、シューベルトのアヴェマリア。
この周波数域をモドキは苦手としていた。活動が鈍くなり、近寄ってこなくなる。
「というわけでやな、とりま俺が持っとったCDを試験場内のスピーカーから流してもらうことにした」
「530Hzか……ただ鈴によってはかなり差があるが」
「そんなん、あちこち回って集音してきたがな。それを全部試して平均値を出して……まだ聞く?」
「いや、結構」
とりあえず、今日は音が出せる間は終日音楽を流し続けた。
よくある水の音、岩清水、地下水、これらの中には530Hzに近い音が多く含まれるという。それらが、モドキを退けるというのなら、工夫次第では改善策を打ち出せるかもしれない。
しかし、それは一時凌ぎにしかならないだろう。根本的な解決策は見つからない。
御子姫が張る、常世の大河との結界には限りがある。まして、常世の内側ではケガレが荒れ狂っていた。まるで、現世と呼応でもするかのように。
「それでも、やらんよかええやろ。まったくのゼロより、ほんの些細なプラスからの方が、坊も嬢ちゃんも助かるん違うか?」
そうだ。その些細な積み重ねが、頼みの綱となる日もあるかもしれない。
圧倒的な力の前には、取るに足りないことだろう。由良姫のあの力さえあれば、最終的にはなんとかなる。そう思いもする。
だからといって、安穏と手をこまねいていられるほど、そこまで平静でいられるものではない。
たとえ、この微々たる努力がただの徒労で終わったとして、何もしなかったよりは終わる時に自分なりの納得はあるだろう。そういう類のものに過ぎなかった。
「なあなあ、で? なにしてきたん?」
「うーわっ!! なんやこのソーセージ、めちゃくそ美味いっ!!」
「それは俺が作ったんや。俺はソーセージマイスターの国家資格持っとるんやで。その国の」
陵侑はただだだっ広い庭を見つめながら、勿体無いと言い出した。庭にはケヤキが植えられていた。最近は、そこに白鴉がよくいる。ケヤキが作る日陰でケンが寝ていたりもする。
「もうすぐ、夏休みやろ? おまえら、庭に水琴窟、作らへんか?」
「水琴窟!?」
「あの、ひやーんって音のするヤツやろ? 作れるの?」
「おう、今までずっと置いといたんやけど、昔は水琴窟やった甕があってな。今日ずっと考えとったんや」
「やりたいっ! けど、今年の夏は、北へ行く予定も……」
「水琴窟はすぐにはできんから、ゆっくり行こうや」
陵侑は水琴窟の図面を取り出した。それは、水琴窟の甕をいただいた屋敷で手に入れたものだった。それを元に、どうせならと手水場とちょっとした水遊びの場を作ることにした。
「とっかかりは期末済んでからや。気張ってええ点取らんとナシにするで」
由良姫が嬉しそうに手を挙げる。
その夜、食事が終わると、陵侑は早速車の部屋に戻って、今日の状況をまとめていた。
水琴窟を作る発想は、周波数の話をしていて思いついた。
530Hzの倍音で響く水琴窟を作る。ただでさえ高低で倍音が鳴り響く。それが少しでも場の浄化へ役立ってくれたらいい。
期末テストはあっという間にやってきた。
英国数だけでも何時間分テストがあるのか、さらにそこへ理科社会が加わってくる。理系国公立のテストスケジュールは過酷だった。
テスト期間が終わると、県高では前期後期で1回ずつあるスポーツ大会、いわゆるスポ大がある。これは体育祭とは別に、球技に特化したトーナメント形式の全校大会である。
これはこれで、またテント下で放送機材を置いて、隣は生徒会で、試合の進行状況を確認しながらアナウンスを入れていかなければならない。体育祭と違うところは、BGMがあるかないかくらいだ。
生徒会も役員が一新されていた。放送委員も、1年生を育てていかなければならないので、なるべく来た子を逃さないようやさしく指導をしていく。
これが終わるとテスト結果が張り出され、夏休み前の補講が始まる。そして、学祭に向けたブロック編成とホームルームがあり、夏休みへと移行していく。
由良姫と浩徳とが出会って1年が経とうとしていた。正確に言えば、お互いに存在を認めて、というところか。
スポ大中に、由良姫は県高に用事があって来た篠原と会った。
「やあ、久しぶり。元気そうだね。生徒会とやり合ってる声が職員室まで響いてくるよ」
「ええーっ!? そんな大声でやってませんよ!」
由良姫は、ちょうど井戸田さんと交代して、ボックスの方へ来ていた。
「そうそう、篠さん。今度うちの庭に水琴窟作ることにしたん。おもしろそうでしょ?」
「おっ! いいねえ。もしかして、自分たちで作るの?」
「うん、そう。今ね、垰さんって、眴ちゃんの友達が居候してて、おもしろい人で。この前も音の話ばっか眴ちゃんとしてたんよ」
「へえ、そういえば随分とご無沙汰してるし、1回お邪魔させてもらおうかな」
「うん、来て来て! 大歓迎。水琴窟作るの一緒にやろうよ」
「音の話は、どんなこと話してたの?」
篠原は、垰と眴がしていたというケガレの音についての話に興味を持った。
「そうやった! 篠さんの考案した、音で音を消すってアイディアの。あれ結構いいよ」
「いやあ、それはね、結構需要があるんだよ。世の中には、聴覚に問題を抱えている人が大勢いるってことなんだ」
「耳栓とかじゃあかんの?」
「うーん、ダメってわけじゃないけど。ミソフォニアって言って、ある種の音に対してのみ強い嫌悪感を発する場合とかは、その音を消すためのノイズがあるんだよ」
「あ、それって……」
「そう、ケガレの声と音に反応するのに似てるでしょ」
しばらく、どうだろうか20分近くも篠原と喋って、由良姫はテント下の放送席へ戻っていった。




