気を喰い荒らす蟲
試験場では、ちょうど春蒔き作物の芽が出て成長期のはずだった。ところが案内されたビニールハウスを見ると、中では例の微細な黒い斑点の影響か、形が歪んでしまっているものが多かった。
芽は出て成長はするものの、正常な成長とは縁遠い。
畜産の方では、本来ならある一定の割合以上孵化するはずの雛が、その多くが卵の中で成長途中に死んでしまっていた。少し青黒くなった亡骸は、解剖されたが特に大きな異常は見受けられないという。
まだ大型哺乳類では目立つ異変がないため、比較的研究しやすい小型哺乳類で研究を進めているという。
「なんやこの黒い小さな点なんやけど、まさかと思うけどアレやないやろな」
宇羅彦が宇宙依に向かってボソッと呟く。携帯を取り出すと、宇羅彦は眴に電話をかけた。
「はい、携帯にとは珍しいですね。試験場へ? 今からですか?」
眴は宇羅彦からすぐに見てもらいたいものがあると聞き、その口調が切羽詰まっていたので用事途中でやってきた。
農作物の微細な黒点、それこそ点の大きさは1ミリよりもずっと小さい。眴はそれらを見るなり、直接手で触れないよう言った。
「気枯れを起こしています」
そして形が歪み、奇形を起こして成長する植物を見て、眴はさらに恐ろしいことを言った。
「気の道だけではなく、細胞の核へ影響が……」
「これはモドキなんでしょうか?」
宇宙依が眴に聞く。モドキにしては、らしくない変容の方向性だった。
「おそらく、モドキとは言い切れませんが、違うとも言い切れません。ケガレとのハイブリッドのようなもの」
「もしこれが、そっち系の仕業だとしたら、病害虫薬は意味がない」
「そうですね。反対にきれいな清水を毎日与えた方がいいかもしれません。どうやったら、気が枯れずに済むか、専門家に尋ねるか……」
「畜産の方は?」
「鶏の雛が孵化しなくなってる」
「受精卵の選別をして、汚染卵と混ぜないで孵化。孵ったら抗生物質より、清水と汚染されていない餌。絶えず流れるよう井戸水を組み上げ清水を与える。牛や豚は体を清水で洗い清めたりも効果はあるでしょう」
眴はいろんな種類の農作物の黒点のスライドを作っていく。それを1枚ずつ顕微鏡で調べていくことにした。
「その間に、まずは植物の微細な黒点を顕微鏡で見てみましょう。私にならもしケガレの類なら視ることができます」
フウッと深呼吸だかため息だかわからない呼吸をする。
「どうなん?」
「宇羅彦や由良姫なら視ることできると思います。宇宙依と万里依は安全策をとってやめておきましょう」
「あとで絵に描くわ」
と言った由良姫が顕微鏡を覗いた瞬間に、大声で「ギャアーッ!!」と叫んだ。
「ヤバい、これは視たらあかんヤツやわ……」
モドキの形はその時々で変わる。基本的には流線型のゾウリムシのようだ。大きさは、人の口や、ありとあらゆる穴から出てくるのに適した大きさだ。
その目に見えない大きさのものが、ツブツブで固まって見える。その一粒ずつはまるで蛆のようにピクピク動いている。それが微細な黒点を顕微鏡で覗いて見えたものだった。
「なにこれ、ムシ……蟲っていうの? 昆虫の幼虫とかやなくて、これが形を変えていくんでしょ?」
「そうですね。ツルンとしているより、細かい足のような繊毛がありますね」
「この黒点が出たら、汚染されとるってことか?」
「そうですが、そもそも、その微細な黒い蟲がなんなのかわからないと。もしそれがモドキとケガレのハイブリッドなら食べれません。国中一気に食糧難です」
「どうしたらええんや?」
「西の首都の帝大に、知り合いがいます。連絡を取りましょう。変わった人ですから、嬉々としてやってくると思いますよ」
その日、由良姫と宇羅彦はせっかく来たからと、自分たちができる限りの世話をして帰っていった。まさか、こんなところまでケガレの影響が出るなどと、いったい誰が予測できただろう。
家に帰ってくると、由良姫は残念そうな顔をしながら、冷凍庫からカップアイスを取り出すとゴミ箱に入れた。
チョコチップクッキーのアイスだった。
「アイスやで? 食えるよ」
「え……っ、うちムリ。絶対ムリ」
「捨てんでもええやん。俺、食うし」
「あかん!! 腹立つわ。捨てる!!」
「うるさいですね。毎日、黒いおかずばっかにしますよ」
その日、顕微鏡で撮影できたデータを持ち帰った眴は、西の首都の帝大にいる学生時代からの知り合いにメールを送った。すると、彼からはすぐに返事が来た。
『ちょうど退屈していたんだ。おもしろいものをありがとう。ところで、すぐにそちらへ行ってもいいかな。俺の寝る場所ある?』
垰陵侑がやってきたのは、メールの返信確認が先か後かの違いくらい、気がついたら到着していた。
やってくるなり、誰に許可を得るでもなく庭へテントを張って寝始めた。
朝、由良姫が起きてくると、狐のケンが庭への大きな窓を前脚で掻いている。カーテンを開けると、いつの間にかテントが設営され中で男の人が宙吊りで寝ていた。
「眴ちゃん……」
由良姫が眴に声をかけると、何とも言えない表情をしながらやってきた。
「昨日話した知り合いです。少し変わってますが人畜無害です。ハンモックでないと眠れないというので」
ケンが外へ出たがるので窓を開けると、ケンは早速近くまで行き匂いを嗅いだり、尻尾で顔を撫でたりしていた。
「おい、このけったいな狐、どうにかしてくれへんか?」
男はハンモックから降りてくると、飛びかかるケンを抱きとめ由良姫に渡した。
由良姫は男の顔がすぐ近くに寄ったので、驚いて後ずさった。
「中に入ってもええか? 洗面所借りたいねんけど」
男は挨拶もせずにサッサと家の奥の洗面所へと行ってしまった。
キッチンへ行くと、見たことのない大きな塊の黒パンが置かれていた。
「なに、これ? よりによって黒いし、このパン」
「彼のですよ。昔から、朝はこれとソーセージとザワークラウトしか食べないんです」
由良姫は冷蔵庫を開けると、大きな筒状のハムの塊に驚いた。
「ああ、それも彼のですよ。昔留学してた先のソーセージです。食べていいらしいのでお弁当で持って行きますか?」
眴は手慣れた様子で薄くスライスしていく。黒パンも8ミリほどの厚さでスライスし並べる。
テーブルにパンとソーセージとザワークラウトが並び、コーヒーがマグカップで出されると、ちょうどのタイミングで陵侑が洗面所から出てきた。
「やあ、眴! ありがとう、いただきます!」
ケンがソーセージを食べたがる。
「これは塩気があるからやめときな」
代わりに黒パンを出すと、匂いを嗅いで引き下がっていった。
「おはようございます。あの……」
「由良姫やろ。久しぶり、変わってないね。宇羅彦は、まだ寝てるんや。相変わらずよう寝るやっちゃな」
由良姫がキョトンとした顔をしていると、陵侑は笑いながら由良姫にデコピンした。すると由良姫は、あーっ!と大きな声を出した。
「イカサマ大好き、デコピンおじさん」
「ええっ? なにそれ、ひどいなあ。勝負の厳しさ教えてやったんやないか」
「子供相手にイカサマするんはあかんやろ」
「イカサマは見破られんかったら勝ちなんや、よう覚えとけ、カスボケ」
「相変わらずやなあ。まだイカサマしてんの?」
「そんなことやっとるヒマあらへんわ。おまえら今日は学校か。ほんなら眴と行ってくるか」
すると、2階から宇羅彦が降りてきた。
宇羅彦はテーブルに着くと、平然と垰と挨拶を交わしソーセージをペロリと口に入れた。
「相変わらず、向こうのソーセージは美味いっすね」




