神守の傲慢
アンダーテイカーは、ケガレへの恐怖より夢を追いかけて行った。
なによりも、恵麻からの一言が大きく影響したかもしれない。
時折、TVで見かける日も出てきた。小林美野里は高校を中退してついていった。
あと数ヶ月で卒業というのに、彼女はその時間が怖かった。その間にもケガレは待ってくれない。
よく由良姫へ相談の電話が入る。アンダーテイカーは夜中に車を走らせて、由良姫の元へ祓いに来た。
眴はそれを黙認していた。
ケガレ対策室では、大勢が集まる場所で高グレードのケガレ発生率が急激に伸びてきたことを懸念していた。それを受け、宇宙依からの提案で識別センサーの開発に乗り出していた。
鈴木恵麻は、進路を変更した。それも、眴に相談してからのことだった。眴は以前首都の帝大大学院でケガレの研究をしていた。そこは今では対策室をサポートする、ありとあらゆる技術の集積場所となっていた。
「もし、今後のことを考えられるなら、東より、西の帝都大の医学部を目指された方がいいです。東は今、混乱を極めていますから、勉学の場ではなくなってきています」
由良姫の一声が後押しする。
「アンダーテイカーな、西の首都に本格的に移住してライブ活動するって」
「うっそお!? ほんま?」
「うん、この前、先輩から教えてもらった。最新極秘情報!!」
アンダーテイカーは、ライブパフォーマンスが高く評価されてきたバンドだった。やろうと思えばスタジオだけでもできなくはない。それよりも、TV出演よりライブを優先させた。
それで、西の首都なら元々の活動拠点も近いからと考えたわけだ。
しかし、本当のところは、首都のライブハウスでは事件が立て続けに起きており、アンダーテイカーには迷惑な話が出回り始めていた。
ライブに出演するバンドの間で、ライブの箱を若い黒スーツ軍団に占拠されることもあり、その連中のことをアンダーテイカー(始末屋、請負人)と言う者も出てきていた。
東の首都での神守の評判は決して良くなかった。
そもそも、祓いとは、その行いによって自己優位性や承認欲求を満たすようなことがあってはならない。
しかし、今の若い神守は、正しく己のルーツやバックボーンを学ぶ機会を持たない。家でも親があえて教えない風潮が目立っていた。
そして中途半端にもたらされた二つ紋の奇跡の異能力は、彼らを天狗にさせるには十分過ぎた。
万里依いわく「淺ましい」のである。
挙げ句の果て、言うに事欠いて「化け物」と抜かした。
実際聞いたのは宇羅彦だったが、彼もまた最近の神守の不躾な物言いにイラッと来ていた。それを、つい宇宙依にボヤいたのが、すぐに万里依の耳に入った。
万里依はさすがに、古い響家の中でも特殊な、眼を持つ一族の要となる存在だけあった。そう言う物言いには、厳しくなおかつ敏感だった。
ケガレ対策室からの連絡に、万理依はやっと出たかと思うと、相手が例の化け物と言った女、玲だとわかったとたん態度を一変させた。
「何の用ですか?」
「先日のグレードAの報告書が出ていません」
「あれはこちらの管轄区域で起きた事件ですので、東の首都まで報告義務はあらしまへん」
「そういうわけには、初めてのグレードAですから」
「そんな他人の庭の心配しとる場合ちゃうんと違いますか? 東の首都のデータベースはガバガバで手抜きだらけ。もう一度こちらで警察のデータベースと照らし合わせたり、洗い直さなあかんことばっかですやん。うちらのことは気にせんと、もう少しお宅ら自身足元しっかり見はったらいかがですか? ほな、報告書は我央さんには送ってありますさかい」
「えーっ! マジでそんなん言うたん?」
由良姫は驚きながらも、万里依の辛辣な言葉をなぞった。
「万里ねえは一生懸命、今でもうちらを守っとってくれとるんやね」
自分たちが当たり前のようにやっていることが、神守から見ると力の範疇を大きく逸脱した物に当たる。それは少し考えれば当然なのだが、今の神守には理解が及ばないのだ。
「我央さん以外、頭悪そうやもんな。命令通りのことさえできん」
「そうやねえ。何回も我央さん、万里ねえに謝っとるし」
「あいつらはな、神守というだけのただのゴミや。己らの力を間違った認識しとる、ほんまもんのクズや」
その宇羅彦の言葉はすぐに証明された。
グレードB、しかも20人相当が発生した時、半数以上が狭い店内で逃げ遅れ巻き込まれた。元は8人くらいだった。
その様子がなんとビデオで撮影されていた。皆まだケガレになる前で、ドアを必死に叩いて助けを求めていた。
しかし、そこへ派遣されていた神守たちはドアを開けて助けなかった。それどころか、全員がケガレとなるのを平然と待っていた。
そうすればまとめて後からゆっくり処理できるから。
東の首都の神守たちは、ケガレに巻き込まれることなど考えもしなかった。
すでにもうケガレになる前提で助けることなど頭になく、機械的に処理するだけの、それこそアンダーテイカーと化していた。
そのビデオは、最後まであきらめなかった女性がリュックの奥の方に隠して持っていた。いよいよダメだとわかって店内に隠されていた。
それを現場検証に来た警察が遺品として家族に渡した。 写っていたのは娘の必死に助けを求める様子と、生き残ってる人々の悲痛な叫びだった。
ケガレは人には見えないしモドキも見えない、しかし時にはイレギュラーが起きるのは世の常だろう。
撮影者にはなぜだか見せてしまえる力があったようだ。ビデオにはケガレとモドキ、気が枯れていく様子、それらから逃げまどい、無残に呑まれていく様子が鮮明に映っていた。
ビデオはそれを見た家族が、ネット上に公開した。
『これが真実。娘は生きていた。助けられずに殺された』
これが国内で初めて、ケガレというものが人の目にふれ、周知され拡散されることとなったきっかけであった。
ネットのホームページは削除されたが、拡散の勢いは止まらなかった。裏チャンネルでは、消しても消しても、複製された動画が拡散されていく。
そして何より、国のケガレへの対策が非人道的であるということが大きな問題とされた。特に、ケガレ対策室の黒服に対する抗議の電話は鳴り止まなかった。
最初は警察に電話をかけていたが、東の首都では、街の中で黒スーツを着ていると間違えられて暴行を受けるという事件が起きた。
そのうち、警察と一緒に行動する神守を見つけ、遠くからカラーボールを投げるという事件が多発し始める。それは、守るはずの役割の者が犯した傲慢な結論への、市井の人の意思表示に他ならなかった。
もちろん、この動画の拡散をいち早く見つけたのは宇宙依だった。
「万里依、ヤバいの出た。バックアップ取った」
夜中に、宇宙依は姉を起こした。同時に、この時間はまだ起きている宇羅彦に連絡した。
由良姫と宇羅彦は、この日祓いに大都市まで出かけ、先程帰ってきて休んだところだろうという時間だった。
「どうしたん?」
「ヤバい動画がアップされとる。どうして映ったんかもわからん」
宇宙依はメールでアドレスを知らせた。宇羅彦は動画を見て驚いた。
そこには、いつも自分たちが見ているように鮮明にモドキもケガレも映っていた。なにより、迫りくるケガレに人が呑まれている、ブスブスジュウジュウと体が崩れていく様が映っているのだ。断末魔の叫びが聞こえる。
「なあ、宇宙にい、この声、人のもんやと思うんやけど。ケガレの声入ってへんよなあ」
「そうやな、それが幸いやったかも知らん。せやけど、音声だけでも録れれば、すぐに全国にケガレをバラまける時代になったんやな」
PCの急速な普及は1998年頃に加速した。同時に、誰もがホームページを持ち、情報発信者となる。たった一年でネット環境は変わっていく。
ケガレはいまや、隠そうとすればするほど、ネット上を駆け巡っていた。もちろん、国内から海外にまで。
たったひとつの動画が、用心に用心を重ねて伏せてきたことを一瞬にして明るみに曝け出したのだ。




