アンダーテイカー
「そうそう、このイヤホン、効果的です。まったくのゼロやないけど、助けられました。今回も大声で言葉を叫んでて、でも倒れることはなかったんで」
「それは良かったです。この後、お時間は?」
「あります。すぐに検証始めますか?」
そこへ万里依が割って入った。
「報告書は後日こちらでも検討してあげさせてもらいます。今すぐ検証したところで、2人の通りにできる者はそちらにはいてへんでしょう」
「なんて失礼な!」
「失礼は、どっちや!? バケモン言うたやろ」
玲が万里依に食ってかかたところ、見事に返り討ちにあった。
「とにかく今夜のところは引き上げさせていただきます。県警からも情報提供してもらって、叩き台として使えるようなんを出しますから」
万里依は部下の非礼を詫びる我央に、さらに念を押した。
「藤吉の名前は出さんようにお願いしますよ」
こんなところで、中途半端にその名を出されては敵わないというのがありありと見受けられた。それだけではない。
明らかに不信感を募らせている者さえいる。そんな神守風情に要らぬ勘ぐりをされること自体が、気に入らなかった。
「あんな、万里ねえ、ちょっと帰るんやったら、一緒に乗せてってほしい人いてるんやけど」
由良姫は、外で長い間待たされていた人の中から鈴木恵麻を見つけた。彼女はロッカーから荷物を取り出すのに時間がかかっていた。
「鈴木さん、一緒に送って行こうか?結構遅くなってるし」
「あ、ありがとう。ええの?」
恵麻は修学旅行で一緒だったが、ほとんど話さなかった由良姫から声をかけられ驚いていた。
普通だったら、由良姫も声はかけないが、さすがに時間が時間だった。待たされた時間が響いていた。
時計は午後10時を回っている。
「でも、どうやって言い訳しよう……」
恵麻は今までどうやってライブに来ていたか、ポツポツと話をした。そのうちに話すつもりはなかったが、母親のことも話してしまった。
「せやから、こんな遅なったら何言われるかわからへん」
「難儀やなあ、けど耳に栓して聞き流すが一番や。変に隠し事して、こねくり回すよかええと思うよ」
「うん……」
「うちも一緒に行くし」
電話で先回って連絡をしたところ、出たのは父親だった。丁寧に事情を説明するとわかってくれた。
ところがいざ送って行くと、玄関先に母親が出てきていきなり恵麻を打とうとした。由良姫は反射的に庇って間に入った。
見事に、恵麻の母親の平手は由良姫の頰に当たった。
「おまえ、何してるんだ!」
後ろから父親が母親をたしなめた。
翌日学校へ行くと、アンダーテイカーのライブで事故があったこと。途中で中止になったことが話題に上がっていた。小林美野里は学校に来ていなかった。
「鈴木さん、あれからどうやった?」
由良姫は心配して恵麻に聞いた。恵麻は再度、由良姫に母親の暴力を謝っていた。
「鈴木さんのお母さんって、いつもあんなんなの?」
「ううん、さすがに昨夜はイライラしてたみたい」
「鈴木さん、アンダーテイカーが好きなんや」
「うん、県高に来たのも、ここがアンダーテイカーの活動拠点だからって」
由良姫は恵麻とアンダーテイカーの話題を続けていた。恵麻はアンダーテイカーの追っかけかと思うくらいよく知っていた。
昨夜、アンダーテイカーはステージに立つ前に、美野里から知らせを受け楽屋口で待機していた。その時に、由良姫は全員のケガレを祓っていた。
ボーカルがケガレの触媒だろうという憶測だったが、そこまでの力はなかった。しかしながら、全員首都のライブハウスでケガレの声を聞いていたようで、ケガレをもらい蝕は始まっていた。あのままステージに立っていたら危なかったかもしれない。
それからしばらくして、美野里から連絡がきた。
「相談したいことがあるの、学校以外どこかで会えへん?」
「それやったら、家来てもらっても構いませんよ」
「ほんまに? せやったら、メンバー全員でお邪魔してもええ?」
「ええっ!? まさかアンダーテイカーの!?」
週末、アンダーテイカーはやってきた。それに合わせて万里依と宇宙依もやってきた。アンダーテイカーは4人組のバンドで、美野里はマネージャーのような仕事を引き受けていた。
まずは全員、どの程度ケガレの影響を受けているのか、眴に視てもらった。
「蝕が起きてましたが、由良姫が祓ってるので、途中で止まっています。次、ケガレをもらうようなことがあったら、すぐ連絡して下さい」
「どうしてケガレをもらったか。なんや首都のライブハウスでケガレの事件があったとか」
「そうなんや。俺ら、やっと首都のライブハウス出られるようになって。単独やなくって、何組かが出るんやけど、順番待ちで袖におったんや。そしたら、客席でいきなり悲鳴っていうか、叫び声が。まるでその時のバンドの歌が……」
そういうと、バンドのメンバーのひとりが、吐きそうになりトイレへ駆け込んだ。
「由良姫、もう一度スキャナーをかけるように、首都へ行った人全員確認して下さい」
眴が厳しい口調で由良姫に注文する。同時に宇宙依に、アンダーテイカーに限っての今後を視るよう指示を出す。
「宇宙依さん、あの日の先見ではステージを中心に前方が100人規模でしたよね。それが変わって、いつそれが来るか視えますか」
由良姫は言われた通り、丁寧に感じると、魂ではない、五感の核にこびりつくような、わずかなケガレの蝕を見つける。全身の気の道に、無数に入り組むケガレの蝕、これを祓わないといけない。
「ウーちゃん、視える?」
「ああ、なんや今までは固まっとったんが、全身にバラけとる。これは広域では表面なめただけで祓いきれん。ひとりずつやらんとあかんヤツや」
由良姫と宇羅彦は、メンバーと美野里を丁寧に祓った。
「困ったことになったな。なんやタチの悪いウイルスみたいや」
「それで、もう大丈夫なん?」
「はい、先輩。もう隅々まで視たんで」
「ねえ、どうしたらええの? やっとメジャーなのよ、念願の」
美野里は泣き出してしまった。ボーカルが慰める。
「あのさ、そのケガレっていうのかなあ、俺とソックリやった、歌声が」
「それがケガレの得意技っていうか、波長が合った中で最も影響力の高いものに変化するんです」
「俺、見えたんや。首都のライブハウスで、俺らの前に出とったバンドのボーカルが、客席の黒い影に呑み込まれそうになるんを。ほんで、急いで全員に下がれって」
万里依が対策室のデータベースへアクセスする。するとそれらしい案件が出てきた。グレードBで処理されていた。
「首都の〇〇っていうライブハウスですね?」
「そうそう。なんや事件にもなってへんから、すっかり忘れてたんやけど。あの日、急に思い出したら怖なって」
「俺たち、これからなんや。ライブの予定が詰まっとって。どうしたら……」
「夢やったんや……っ!」
由良姫が眴を見る。その後、万里依と宇宙依を見る。
「私たちは、全国規模で、先日のようなことが起きるのを処理しに行かなければなりません。残念ですが……」
「はい、わかってます。どうしたら、そのケガレってやつをもらわずに済むんですか」
眴は難しい顔をした。
「ケガレの声と言葉を、音を聞かずに済めばいいのですが」
話の最中、由良姫が申し訳なさそうに、美野里にコッソリ耳打ちした。
「あんな、同じクラスに追っかけしとる子がいてもうすぐ来るんやけど……」
恵麻は息を切らしてやってきた。塾へ行きなんとか間に合わせたようだった。
「大ファンなんですっ!! 今まで頑張ってこれたのも、皆さんのおかげですっ!!」
恵麻はインディーズでのラストCDにメンバー全員からサインをもらっていた。
「あの、ライブハウスだけじゃなくっていいんです。ライブ映像をファンクラブ限定配信とか、それでも待ってます!!」
「まあ、データベースでこんなに多くの事件がヒットしてくると、多分うまい言い訳考えて、ライブができんようになるか」
「反対に、放っておいて自己責任で、ケガレ化したら祓って終わりで。臭い物には蓋かなあ」
宇宙依が最もあり得ることをシレッと言ってのけた。
「それって命がけってことですか?」
「そうなってもおかしないって、ことやな」
「わかりました、メンバーで話し合って、今後の活動どうするか決めます」
その数ヶ月後、アンダーテイカーはメジャーデビューした。




