修学旅行
2年の1学期には修学旅行が組まれていた。
当初は東の首都で、アミューズメントパークも入っていた。しかし、大幅に修正され西へとなった。
世界的にも有名な原爆ドームから始まり、海に立つ鳥居で有名な神社、その後は希望で別れる。由良姫と宇羅彦たち理系クラスは西方屈指の大社へ参拝するコースをとった。
「とにかく、御社では気をつけて下さい。帰りは飛行機なんですね」
「うち、砂丘に行きたかった! 鍾乳洞行くコースもあるのに!」
「西方の大社は、神様が集まるための御社ですので、2人は呼ばれたかもしれませんね」
「そうか、そういう考え方もあるんやな」
コースは途中までは同じだが、3日目から別れる。クラス別でグループで回るようになっていた。
由良姫のクラスでは、女子はたったの4人だった。グループはもちろん女子4人で作っている。その中に、毎度定期テストになると学年トップの女子がいた。
鈴木恵麻。目立たないおとなしい女子だ。ただいつも、テスト期間前から顔色が悪く目の下に隈を作っていた。
修学旅行は、中間テストと期末テストの間にあった。
由良姫は、鈴木恵麻のことを覚えていた。中学の時から、テストになるといつも顔色が悪かった。彼女は医学部志望だった。それも県大のではなく、隣県の大都市にある国立大の医学部である。
「うち、とにかくゆっくり参拝したいんやけど」
グループ行動の計画を立てる時に、恵麻は珍しく意見を述べてきた。女子ばかりで計画を立てていると、隣で集まっていた男子グループから声をかけられた。
加藤晴登。彼は由良姫のことをいいなと思っていた。
「なあ、3日目の自由行動、おまえらどこ行く? 一緒に回らへんか?」
「行くとこは大社だけやんか。他にどこがあるん?」
「浜があるやろ。参道の店とかさ、大鳥居とか」
「うちらゆっくりお参りすることに決めとるし」
「えーっ? そんなんまだ決めてへんやん。鈴木さんの希望聞いただけやし。うちもお参りだけよりあちこちしたいわ」
同じループの女子が、もう決まっているような口振りであしらう恵麻に向かって言い返す。
「ええっ? そうなん? 藤吉さんは?」
恵麻は、黙ってやりとりを眺めていた由良姫に振ってきた。
由良姫は、小学校も中学校も修学旅行は欠席していた。
だいたい、小学校の修学旅行は西の首都で神社仏閣が多い。由良姫はすぐ感化され、気を当てられひっくり返るのが日常的だった。
中学では霊峰へ登山となっていたので、もちろん無理。
今回もまたどういうわけか、西の大社である。
「ごめん。うちも、できればあちこちしたいかなあ」
ホームルームでは引き続き、グループ行動のタイムスケジュール作成をすることになっていた。
「おい、由良姫。ちょっと……」
放課になって、宇羅彦が廊下から由良姫を呼んだ。
「どうしたん?」
宇羅彦は自分の携帯のショートメールを見せた。
『俺たち、修学旅行、おまえらと一緒のところになったぞ。向こうで落ち合おうぜ』
「ええーっ!? マジ?」
大那と虎雅は一緒の高校に通っていた。最初、修学旅行は由良姫たちと同じ、東の首都でアミューズメントパークだった。しかしそれが中止となり、急遽西へと変更になったのだ。
鹿野神とはよく会っていたが、東の猪野神とは久しぶりだった。
修学旅行当日、眴は心配そうに学校まで車で送っていった。今回は特別に、養護教諭も同行することに決まっていた。眴は、前日に養護教諭と話し合い、由良姫と宇羅彦のことを頼んでいた。
「由良姫さんは私の宿泊する部屋のお風呂を使ってもらいます。宇羅彦さんは学年主任の部屋のお風呂を。これで紋を直接見せなくて済みます」
修学旅行は順調に進んでいった。
大那と虎雅は、飛行機で一気に本土の西の端に来ていた。
そして修学旅行3日目午後に、ちょうど由良姫と宇羅彦と同じように大社へ到着していた。
由良姫は、境内に入る前から「気」に当てられていた。圧が凄いのだ。何食わぬ顔をしてはいても、立っているのがやっとだった。
「なあ虎雅、あの私服の連中じゃね?」
「そうかも。電話してみる」
宇羅彦は御社の前でしゃがみこみ、動けないでいる由良姫に付き添っていた。
「もしもし、俺。ああ、そうや」
大那と虎雅が駆けつけた時には、すでに由良姫は気を失っていた。
「大丈夫か? 由良姫は」
「ちょっとこれ、冷や汗? とにかく……」
手伝おうとした瞬間、虎雅は背筋に緊張が走った。大那もまた何かを感じているようだった。
気を失っているはずの由良姫がふらっと立ち上がり、御社に向かい跪く。
ものの数秒のことが、延々と思えるほど長く感じられた。
そして再び、由良姫は跪いたまま倒れた。
宇羅彦は由良姫を抱え上げると、大那と虎雅に支えられ御社の前から下がった。そのまま、宇羅彦たちは去ろうとすると、社務所から禰宜が出てきた。
「こちらで少し休ませてあげて下さい」
──ああ、違う。まだ……。
『……神在月に来るよう。守護者を伴い』
──まだ……待って……っ!
「待って!!」
由良姫は飛び起きると、叫んで手を伸ばした。真っ青な顔は、必死に何かに追いすがっていた。
「神在月て……なに……」
由良姫が手を伸ばした先にいた禰宜が「えっ?」という顔をする。
「よくご存知で。ここでは神無月のことを神在月と言います。ここだけは神様が国中から集まって来られますので」
「そうなんですか。それはスゴいですね。一般参拝客でも来ていいんですか?」
虎雅がすかさず聞く。
「もちろんです。ここでは旧暦10月11日から7日間に神様がお集まりになり、神議りが行われます。神事もそれに合わせて執り行われます」
「旧暦……」
「今年はは11月23日からです」
「遅いんですね。神無月は10月だけど」
「そうですね。旧暦は毎年違いますから。今年は遅い方だと思います」
由良姫の顔に段々と赤みが戻ってくる。由良姫はまるで唱えるように、「11月23日」と繰り返していた。
4人は礼を述べて社務所を後にした。
「おっと、集合時間過ぎそう! また今度な」
「おう、ありがとう。助かったわ」
「神在月、興味あるみたいだね。調べておくから、またね」
虎雅と大那は急いで鳥居の向こうへ歩いて行った。由良姫と宇羅彦は、2人を探しているグループのメンバーに見つかると、由良姫が倒れたことを説明していた。
そこへ、由良姫がいなくなったことを聞きつけ養護教諭がやってきた。養護教諭はグループのメンバーに由良姫を連れていくと告げると、恵麻以外は一緒に行くと言い始めた。
「え…っ!? 待ってよ。探すのに時間くって、御守り買えてないんやけど」
恵麻はそう言うと、自分だけ御守所へ戻っていった。
その日の晩御飯を、由良姫は食べることができなかった。思っていた以上に、体が受け付けなかった。養護教諭は、旅館の自室に布団を敷いてもらい、由良姫を寝かせていた。
「保護者の方から、何かあったら知らせて欲しいと言われてて……」
「眴ちゃん?」
「かな? 背の高い、よく学校に迎えにくる人」
「はい、わかりました。注意するよう言われてたんやけど、あかんかった」
「由良姫さんは、修学旅行初めてだったね。どうだった?」
「うん、楽しかった」
「由良姫さんの紋は特別なんだね。私が知ってるのは、この輪がない方だけ」
「響紋の方だけなんですね」
「ご親戚に、芥見家の方いらっしゃるでしょ?」
「ああ、だから……」
「紋があって、目も悪くて、大変だなっていつも思ってた」
「眴ちゃんもそう。でも、もう慣れたって言うてる」
「そう……由良姫さんは? もう、慣れた?」
「どうやろ。修学旅行で、ずっと誰かに見られとるようで、落ち着かんかった」
「そっか。だから疲れちゃったんかな。どうする? どう説明しておこうか」
「もうすぐ帰るので、今の感じで伝えて下さい」
由良姫が自由行動中に倒れたことは、グループの女子の間に亀裂を入れてしまった。それだけではなく、恵麻が自己中で思いやりもないと、クラスの男子の方にも漏れ伝わっていた。




