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御子母の惑星─みこものほし─第二部 宿命  作者: 宮生さん太


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三年八組青池綾乃④

 光代の脳裏には、宇羅彦の言葉が繰り返されていた。


「助けが必要な時は、遠慮するな。取り返しつかなくなる前に、連絡しろ」


 ──助けてっ!!


 光代は気づかれないように、数回ワン切りで電話をかけた。これで気がついてくれたら、不思議な力で見つけてくれるはず。

 光代は、横になった今日子を見つめながら、早く助けてと祈るほかなかった。


「……るっせえんだよ。いい加減、黙れや!」


「でもこれ、アレルギー反応だから、早く病院行かんと大変になる!」


「おまえ次第や、静かに言うこときいとったら連れてったるわ!」


 車は川沿いを山道に沿って走っている。街とは正反対の方向だ。光代は、騙されて連れてこられたことに気がついた。


 ──宇羅彦くん、どうしよう!?


 その時だった。急に車がスピードを上げて山道を走っていく。タイヤが軋む音がする。


 一台の四駆が光代たちを乗せた車を追いかけて、もの凄い追跡をしていた。運転をしていたのは眴で、ナビは万里依だった。


「前の車で間違いないんやな!」


 宇羅彦が万里依に尋ねる。万里依は短く「そうや」とだけ答えた。


「ルーフ開けて!」


 そう言うと、宇羅彦は這い出し車の天井にしがみついた。ルーフウィンドウが閉まる。宇羅彦は前を走る車へ跳び移るよう、体を起こした。


 山道は曲がりくねっていて、片側は山肌、片側は川だった。落ちれば崖沿いに川へと落ちていくだろう。

 カーブで車が横に振れる。前の車は峠を走り慣れている感じがした。


 宇羅彦は片膝をついて、タイミングさえ合えばいつでも行ける体制に入った。

 山側へ車が大きく振れる。その瞬間、宇羅彦は谷間(たにあい)をものともせず、ルーフを蹴って前を走る剛の車のルーフへ跳び移った。


 ルーフがダンッ! という音を立てた。剛は何事かと驚いたが、車を走らせ続けた。

 次の瞬間、ルーフに一発宇羅彦の拳が入り、ルーフが破れそうな勢いで大きく凹んだ。


「なにいっ!?」


 一瞬ハンドルさばきを間違えそうになる。車は横へ大きく振った。宇羅彦はフロントガラスを思い切り叩き割った。

 車は横に滑り、川側のガードレールに接触して、反対側の緩衝帯に突っ込んだ。その後ろへ眴が車を着ける。


 宇羅彦はフロントガラスへ腕を突っ込むと、剛の胸ぐらを掴んで引きずり出した。由良姫が車を降りて駆け寄る。 車の中では今日子が倒れ、それを光代が必死に庇っていた。


「きょんっ!! きゃやんっ!!」


 剛の車のクラクションが鳴り響く。剛はハンドルの上へ倒れこんでいた。


「大丈夫か!?」


 光代は頷いた。フロントガラスを叩き割った宇羅彦の拳に血が滲んでいる。


「早く、あっちの車に! 伊橋は俺が運ぶ」


 全員が車に乗り込んだのを確認すると、眴は車を切り返し元来た道を全速で引き返した。

 宇羅彦と一緒に後部座席に座った光代は、無言で震えていた。


 まるで人ではないような身のこなしだった。後を追ってきた車から跳び移る時、一瞬姿が消えたと思うと、車の天井にすごい音を立てて着地した。天井が凹んで同時にフロントガラスにヒビが入った。


 宇羅彦は体を張って車を止めたが、そのやり方は光代を震え上がらせるには十分だった。光代は初めて、宇羅彦を怖いと思った。それは、仕方のない反応だった。

 宇羅彦の左拳は、フロントガラスを叩き割った衝撃で、皮膚が裂け骨が見えていた。その拳を、光代は黙ったままハンカチで包んだ。


 この日の事故は、極秘裏に処理された。運良く、誰も宇羅彦の行動を見た者はいなかった。宇羅彦の拳は驚くほどの速さで完治していた。包帯の下の様子まではわからない、それが唯一の救いだった。

 光代は、まったく知らないわけではなかった。佑実と勇人から、宇羅彦のことは聞いていた。バレンタイン当日のあの日、2人を助けた時の宇羅彦の様子を、特撮ヒーローに例えて話していた。


 そして今日、宇羅彦の力の片鱗を見た。怖くないと言えば嘘になる。それよりも、光代はこんなことで宇羅彦に迷惑をかけてはいけないと痛感した。

 できてしまうからこそ、無理をして宇羅彦は助けに来てくれた。それを忘れてはいけない。


「あんな……うちな、このまま宇羅彦くんのこと好きでいてええんやろか」


 春真っ盛り、光代は宇羅彦と約束していた場所へ来ていた。


「へえ、見事な藤の樹やなあ」


 新幹線の駅の近くに、その場所はあった。由緒正しい寺の境内にある、樹齢二百五十年もの藤の樹であった。枝ぶりも見事で、たった一本で三十メートルはあろうかというものだった。

 藤の花の強い香りが漂っている。


「俺は構わん。けど、俺は助けてやれても、それ以上のことはできん」


「助けてくれんでもええよ。この前のようなことなっても、うちはもう連絡はしんことに決めたん」


 宇羅彦は何も言わなかった。


「俺には何(なん)も返す言葉が出てこん。ただ、大切な……友達には変わらん」


「友達、ね?」


「ああ、そうや、友達や」


 光代は無理に笑おうとして、涙がこぼれていた。


 連休中、剛は直美のワガママに付き合って、旅行に行っていた。中でも東の首都近郊にある国内最大級のアミューズメントパークでは、敷地内のホテルに連泊することになっていた。


「我央さん、先日オープンしたばかりのアミューズメントパーク内のホテルですが、早速ケガレが発生します。グレードは高くないんですが、場所が場所だけにちょっと……」


「首都ではないが、極めて近くなのでこちらで対処しておこう。猪野神は確か今、本土の最北端に行っているはずだ」


 連休で来場者数が更新されたその日、連休直前に新しくオープンしたホテルでは、ケガレが発生していた。


「い、嫌……っ!! あっちへ行ってよ!! 来ないで……っ!!」


 ベッドで直美の隣にいた長谷川剛は、突然ケガレとなった。それはモドキではなく、青池綾乃からもらったケガレそのものが魂の蝕を起こしていたからだった。

 剛が突然ケガレになったことで、直美はケガレに直接触れてしまった。触れたところから皮膚が爛(ただ)れ、どんどん腐食が始まっていく。

 一度でもケガレそのものに触れてしまうと、耐性のない者は腐っていくしかなかった。


 直美は生きながら、痛みもなく体が溶けてケガレと一体化していくのを見つめていた。我央が来た時には、ケガレはいつものように、ただ絶叫し、声だけが残っていた。


「いやあぁぁぁあっっ!! 助けてえぇぇぇえっっ!!」


 声は人のそれだった。上滑りのない、心の底からの悲鳴だった。


 同じ頃、青池綾乃もまたケガレになっていた。連休中に急に体調が悪くなり、モドキを大量に吐き戻していた。

 両親は在宅中で、綾乃がケガレになっていくのを知らずにいた。運悪くケガレやモドキが見えてしまうと、直美のような目に遭うことになる。両親はケガレが見えず、モドキが吐き戻され体内に巣喰っていくのもわからなかった。


 リビングでソファに寝転んでいた綾乃が突然ケガレと化し、同じ空間にいた両親もケガレに触れて一体化してしまった。それを予測し祓いに来ていた由良姫と宇羅彦は、家の表札で間違いなく綾乃だと直感した。


 両親をあっという間に巻き込んで、グレードDのケガレと化した綾乃は呆気なく祓われた。

 この日から数日以内に、グレードEからDの祓いが続いた。それは運悪く綾乃からケガレをもらってしまい、突然ケガレになってしまった者と一緒にいた者たちだった。


「ケガレの声を聞いてしまうとケガレをもらってしまう。今後も十分気をつけて配慮しないかんな」


「警察の方から、十分な注意喚起をしてもらわんと」


 ケガレの発生予測と、ケガレが突然発生する違和感は、宇宙依によって解明された。

 一般人が声を聞いてケガレをもらってしまう。それを知らないうちに広めてしまう。それは災厄と言ってよかった。


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