三年八組青池綾乃②
由良姫は、学校から早退して帰ってきた。すぐに自室にこもってベッドに横になる。
由良姫は思い出していた。西の首都へ行った際、母御子姫に会った時のことを。
「守護られるというのは、それだけ相手の命を削るということじゃ。自分のあずかり知らぬところで、そなたは誰かの命を削っておるのじゃ」
──誰かの命。
「異形衆は私を守護る、常世の穢の気から。そして命を削る。ならば私は、彼らのために結界を張り続けよう。死ぬまで」
この現世で、異形衆、彼らが生きる意味。それこそ、御子姫への忠誠だった。
青池綾乃──私は、許さない。
あんな写真を見せられて、怒りが沸かない方がどうかしている。
以前、バレンタインの時、どうしてそんな熱量で人を好きになれるのか、由良姫はそう思った。今思えば、自分はとうにその熱量を超えていたのだ。
──私は、守護られてばかりではない。
由良姫は、思い出していた。あの夏の日に、それこそ本当に電流が流れるような、その感覚に似たものが全身を貫いたのを。
──目に見えるものなんかで、私は揺らがない。
信じている。そんな言葉が浮かんだ時点でもう、疑いの芽は出ている。
もっと息をするように、自然に。
でないと、ケガレにつけ入られる。
ヤツらは、陰の臭いが大好物だ。
光と影、陽と陰。そのコントラストは、信頼と不信、忠誠と裏切に似る。
コントラストが強いほど、ケガレは集まりやすい。
直美は新学期に入り、クラス替えで純金女子の集まりのようなクラスへ入れられた。価値観の共有を、十代の最も感化されやすい時期に行う。それがこの、小学校から大学までの一貫校の特徴だった。
家柄=財力、と言ってはばからないほどの、高額な授業料と寄付で成り立つ場所だった。
松本直美は母親と違い、高校からの編入となった。純金たちは、直美にさらに輪をかけたお嬢様だった。彼女たちは、決して目に見える形でイジメをしたりしない。
ただ阿吽の呼吸で、差別する。それは単なる区別に過ぎなかった。しかし、直美には蔑まれたと感じるイジメに他ならなかった。
「ムカつく……っ!!」
直美は剛に連絡していた。何か気に入らないことがあると、直美はすぐに剛を頼った。
「ねえ、何かいい方法はない?」
この頃になると、直美は祖父母の家柄を、チラつかせることも厭わないようになっていた。
長谷川剛との間には、恋人関係というより、直美優位のギブアンドテイクの関係性が強く現れてきていた。
「ホストにでも頼めば。俺、今ちょっと忙しいんや、ごめんな」
「うーん、ベタだけどそうするわ」
直美は一条優希に連絡をした。直美は優希が母親を利用したことを知り、目をつぶる代わりに顎で使っていた。
「お願いがあるんだけど、クラスの女子一人、沼に沈めてほしいの」
「純金の女子高生? じゃあ、メンコンの子紹介しておくね」
しばらくすると、携帯へ見知らぬ番号から電話がかかってきた。
「メンコンカフェの理人です。よろしくお願いします」
直美は剛と付き合い始めて、結局やることは変わらなくなった。朱に交われば、である。
由良姫は、今度グレードB相当のCが発生する件で、浩徳の兄、能隆と打ち合わせるため、隣県の大都市に来ていた。県警本部へ行くと、ケガレ専門部署へ案内される。そこで久しぶりに顔を合わせた。
「浩徳の失踪以降、初めてやね。待っとってくれとるみたいやけど、なんて言ったらいいか。ありがとう」
「いいえ、それよりお伺いしたいことがありまして……」
ケガレの方の打ち合わせが終わり、由良姫は個人的な話だと前置きして能隆に聞いた。
「青池綾乃って、ご存知ですか?」
能隆の表情は一瞬、厳しくなった。
「まあ、いずれは聞かれるかなと思っとったんや。なんかありましたか?」
由良姫は宇羅彦に送られた画像と、学校で見せられた画像のことを話した。
「スゴい違和感があって。何かあったのかなと思いました。お聞きしたからといって、うちのヒロくんへの気持ちは変わりません」
能隆は深く息を吸うと、自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「実は、青池さんは、結構厄介な子で。確かに仰る通り、中学から付き合ってて、何度も別れてたんやけど。いつの間にか復縁しとって。今考えると、由良ちゃんが言う通り違和感はあったんや」
「構いません、全部話して下さい」
言葉を途切らせた能隆に向かって、由良姫は真っ直ぐ見つめ返した。
「中学から高校へ上がる間の春休み。突然青池さんの両親が来て、妊娠しているがどういうことやって……その時突然、相手は浩徳だと言い始めてな。ちょうど浩徳とは受験を機に別れとった間やったし、おかしいなとは思ったんやが……」
「妊娠ですか……」
「いや、浩徳は勉強一本やった時期で、自分はやってないと言い張ってたんやけど。事を大きくするとお互いに困った状況になるって言われて、浩徳の言葉を信じる前に示談に持ち込んだんや」
「それって、費用とか支払ったってことですか?」
「そうや、お互いに利害は一致して、金で解決したんや。肝心な浩徳の、本人の気持ちは置き去りにして、な」
「そんな……」
「ああ、ほんまにヒドい話やろ? 家族が信じてやらんでどうするって、俺もおかんも思うとったけど。やったことは真反対でなあ。金で解決できるならって、時期が時期やったでそうしたんや。そうか……そんな写真見せられたんや……」
由良姫は能隆の話を聞くにつれ、本当に青池綾乃に対し怒りしかなかった。
──だから、あの女は臭い。
「由良ちゃん、隠しとってごめんな」
「いいえ、こちらこそ、話しにくいことを、ありがとうございました。ヒロくんは悪くありません。だから、学校でも堂々としてたんです」
ただし、もし全校生徒にバレていたら……人は真実よりも、面白い事実だけを切り取るだろう。
──覚悟が必要だ。揺らがない。
「おかえり、どうやった?」
宇羅彦が出迎えてくれた。
「うん、少し日が長なったなあって思った」
由良姫は着替えてくると、ひとりだけ夕飯を食べ始めた。宇羅彦はコーヒーを入れ、由良姫に頼んだバームクーヘンを食べている。
「Bの件な、当日ホテルの方は全部手配済みや。行って身分証見せたら祓うだけにしてきた」
その日は、セミスイートで有名な芸能人が来てパーティーをするようだった。
「また、そんなことやっとるんか」
「なんやってさあ、自分たちは絶対ならんって思うんちゃう?」
もうこの頃には、マスメディアはケガレというものの存在には気がついていた。ただし、上からの命令で報道規制は敷かれていた。
とにかく、大人数で乱行さえしなければ大丈夫、その程度の認識だった。
「せやろなあ、前にさ、東西企画やったっけ。番組制作会社の。そこやった」
「ふうん、またあの日と似たようなことするんやろなあ」
由良姫と宇羅彦は、後々、初音から、年末やらかした件で何が行われていたかを聞き出していた。
今回ケガレの見立てはグレードBからCだったが、最近の傾向では、グレードが上がるほど予見のようには行かなくなっていた。途中でグレードが一気に引き上がる。そして、気枯れからのケガレ化が加速していた。
二階から眴が宇羅彦を呼ぶ。
「部屋で携帯が鳴り続けてますよ」
宇羅彦はアッという顔をして部屋に駆け込む。携帯を置きっぱにしていたようだ。そこには光代から何回も着信があった。光代はこんな電話のかけ方はしない。
「どうしたん?」
「渡瀬から、なんやオーディション通ったって」
「ええっ!? マジで? スッゴーイッ!!」
光代は演劇を目指していた。それもミュージカルである。光代は隣県で開催される秋の演劇フェスティバルへの参加作品のオーディションを受けていた。
県立芸大へ行くか、それとも今のところでのキャリアでオーディションを受けてみるか悩んでいた。そこで脇役でも重要な役へのチャンスをつかんだのだった。
このフェスには地元TV局がタイアップしていた。また地元の有力企業がスポンサーとして名を連ねていた。
松香堂という地元の高級百貨店である。その松香堂のトップこそが、松本直美の祖父だった。




