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御子母の惑星─みこものほし─第二部 宿命  作者: 宮生さん太


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三年八組青池綾乃①

 宇羅彦は、綾乃のことを由良姫に話しておいた方がいいか、迷っていた。

 突然刃を突きつけられるより、あらかじめ準備をしていた方が、同じ刃でも威力は半減する。

 とりあえず、画像の件だけでもどうするのがいいか、眴に相談することにした。


 眴の部屋を静かにノックする。ノートPCを持って宇羅彦は入っていった。


「やっと来ましたね。どうかしましたか?」


 狐のケンが起きてきて、宇羅彦の様子を伺う。


「ちょっと見てもらいたいものがあって。これなんやけど」


 宇羅彦は眴と狐のケンにも見えるように、画面いっぱいに画像を出した。


「おやまあ、これはこれは……まあかわいい写真ですね。どうしたんですか?」


「いやあ、最近からまれちゃって。三年生なんやけど、この写真ネタに付き合えって言われて。無視してる」


「そうですか。正解ですね。それで?」


「由良姫には話しておいた方がいいかなって。その女、由良姫にも見せると思うんで、多分もっとエゲツないの持ってそうやし」


「どうしましょうかねえ」


 眴は狐の方を向く。ケンはファサッと尻尾を揺らすと、伏せて前脚に頭を乗せ目を閉じた。


「彼が失踪して間もなく、母親が来ましてね。由良姫と話をしてるんです。高校に入る前は相当なヤンチャ振りだったようですし。由良姫もその辺はわかるんじゃないですか?」


「眴なら、こういう写真見せられて、どう思う?」


「どうもしません。そんなもので動じるようなら、最初から受け入れません。宇羅彦こそ、どうなんですか?」


「ああ……そうやなあ。まさか後で、付き合うとる彼女に見せられるとは思いもせんし。俺の女見る目がなかったなって思うかな」


「反対に、宇羅彦が彼女の過去のこういう姿を見せられたら、どうですか?」


「それって、前に付き合ってた男が、俺に彼女とのそういう写真見せたらってことか?」


「ええ、どうします?」


「とりあえず、そのクズ野郎をぶん殴るやろな」


「そういうことです。由良姫は、心配するほど弱くはないですよ」


 駆引きをしたがるのは、己の優位性を保とうとするためだとしたら、その勝負はもう半ば決着はついている。仕込むのならもっと目立たず、気がついた時には手遅れの状態にしなければ。

 懐刀を見せつけながら攻めてきたところで、返り討ちに遭うのが関の山だ。その間にこちらは、深手を負わせる準備を整える。


 宇羅彦は、由良姫に画像を見せることにした。そして、光代にも気をつけるよう電話で連絡をした。


「ええっ!? そんなことあったん? それって由良りん知ってるん?」


「ああ、やり方が姑息やって、ブリブリ怒っとったわ」


「良かった。あのな、それで、ずっと聞こう聞こう思うとったんやけど」


「なんや、パスケースなら毎日持って祓いに行っとるで。助かるわ。上着の胸ポケに入れっぱにできるし」


 由良姫から、光代が気にしているらしいと聞いていた。たった一言足りないだけで、人は不安になる。


「お礼、言うてなかったな、ごめん。ありがとう」


 その一言で、不安が一掃される。それまでつかえていた、他のいろんなものも取れる。光代もまた、綾乃から揺さぶりをかけられていた。


 綾乃は、完全に宇羅彦の攻略方法を間違えていた。今までの男子になら通用したかもしれない。

 しかし、宇羅彦は多くのものと天秤にかけねばならない。その一手を誤れば取り返しもつかなければ、出した手を引っ込めるわけにもいかなくなる。勝負事というのはそういうものだ。 

 だからこそ、俯瞰(ふかん)の癖をつけなければならない。番上を傍(はた)から引いて見ることが、どれほど大切か。彼は幼い頃から、そうやって叩き込まれてきた。


 姉、由良姫を守るのは宇羅彦の役目だった。

 守り続けているうちに、いつの間にか由良姫は随分と逞(たくま)しくなっていた。


 女の方が、腹をくくると手強い。そういう類(たぐい)になっていた。


 浩徳のことが、気にならないといえば嘘になる。しかし、今さらどうにもならないことで、積み上げてきた時間を壊すのは愚かなことだ。

 何より、信じるに値するかどうかは、まずこちらが手の内を見せてから始まる。まだその手の内をやっと見せることができたばかりだ。


 ──まだだ。まだ、揺らぐ。


 己の秘密は、人の間に行き交う得体のない知れない何か、などではない。はっきりとしている。それを知ってなお、どう動くかを見極めねばならない。


 彼は、献身的だった。それが誓約によるものなのか、もっと深いところの結びつきなのか。側(がわ)だけでは脆(もろ)すぎる。いずれは破綻する。


 信念が、あるか。

 それは同時に、己にも問わなければならないことだった。


 この世に、完全なるものなどない。あったとしても、それは錯覚でしかない。


 まして人ほど、歪(いびつ)なものはない。


「ねえ、いいもの見せてあげよっか」


 綾乃が由良姫に声をかけてきた。三年生の教室は二階にあった。一年になるほど階が上がっていく。放送のボックスへ行くのに階段は避けて通れない。

 踊り場で、由良姫は捕まった。


「なんですか? 昔の写真でも見せてくれるんですか?」


「なあんや、もう見たんや」


「うち急ぐんで…」


 腕を掴まれ引き止められる。由良姫の目の前に携帯の画面が差し出される。そこには、どう見てもしっくりこない、形だけ取り残されたような男女が抱き合う姿があった。


「どお?」


「何がですか? 恥ずかしがりもせず見せるとこからもう、そのためだけにわざわざ撮ったとしか思えません。そうそう、まるで弟を脅迫したように。これで誰を何のため脅したんですか?」


「なによ、その言い方! まるで私がヒロを脅して付き合わせたように聞こえるんやけど!」


「自白ですか? ミス県高も、こうやって票集めしたんやないですか?」


「なんやって!?」


 思わず綾乃は携帯を落とした。それを拾うためかがんだ綾乃の頭の上から、由良姫は冷たく言い放った。


「写真バラまいて困るんはあんたやで。ヒロくんはもういてへんのやから」


 由良姫は怒りをぶつけた。昼休みのざわめきの中、ハッキリと周囲に聞こえる声。


「おい、アレ。柏木の彼女と」


「柏木の元カノ、もめてんぞ」


 柏木浩徳は有名人だった。その姿がある日を境に見えなくなった。生徒会長の職務も放棄して学校に来なくなった。学年末考査も休んだまま。失踪の噂は職員室から漏れてきていた。


 ざわめきよりも、ヒソヒソ声の方が聞こえてくる時がある。それはもしかしたら、噂の真相にたどり着くかも知れない瞬間だ。


「アレって、青池綾乃じゃん。なんやまた他人(ひと)の男盗ったんか?」


 噂の方が雄弁な時。


 今はまさにそういうシチュエーションだった。


 浩徳はもういないと、自分で言っておきながら、自分の言葉で傷ついている。

 由良姫は自分で自分の怒りを抑えることができなかった。不安定になる。放送室へ行こうとして、保健室の前でしゃがみこんでしまった。それを養護教諭は見逃さなかった。


「真っ青じゃん、ちょっと大丈夫? 横になろっか」


 養護教諭は奥の方のベッドに由良姫を寝かせると、布団を頭までかぶせた。


「私ちょっと職員室行ってくるから、帰るんなら担任に伝えとくけど」


「はい……お願い……ます」


 浩徳の不在が、これほどまで自分を崩すとは思ってもみなかった。

 始業のチャイムが鳴る。しんと静まり返った廊下に、スリッパの音だけが響く。


 綾乃は、歯牙(はが)にもかけない宇羅彦の態度に、恥をかかされたと感じていた。宇羅彦にとっては、見ず知らずの相手を警戒するのは当たり前のことだった。


 相容れない者同士というのは必ずある。しかし、綾乃にとって無視されるということはあり得ない態度だった。

 完全に、綾乃の逆恨みともいうべきものから、宇羅彦への執着は始まっていた。思い通りにならないことが、我慢ならなかったのだ。


 綾乃の携帯に、長谷川剛から着信があった。何度目かで、やっと綾乃は出た。


「おい、何回かけさせんだよ!」


「うるさいなあ。いつ出ようと、勝手でしょ」


「頼みたいことがあるんやけど」


「もうしないって、言ったよねえ」


 綾乃は呆れたように言った。いったい何度目だろう。


「羽振りのいいお嬢を捕まえたんやないの? 上手いこと結婚して跡取りに収まるって言ってたやん」


「ああ、今詰めの大事なとこなんや。そいつにやらそう思ってた仕事があってな。忘れとったんや、信用問題やし。なんとか協力してや。俺は、おまえ一筋やないか」


 長谷川剛もまた天中卒業生だった。


「コレ切りやで。その代わり、ちょっと頼みたいことあるん」


 綾乃は剛に、いつもの手口で潰して欲しい相手がいると告げた。


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