新学期
とうとう四月になった。
由良姫と宇羅彦は二年生になり、理系国公立クラスへと進んだ。光代は文系私立クラスへと進み、教室が遠くなっていった。
バレンタインにチョコと一緒にプレゼントしたパスケースは使ってくれているのだろうか。学校へは持ってくる必要のないものだ。
宇羅彦の顔を見ると、つい考えてしまう。
新学期になり変わらないこともある。
狐のケンは自転車の前カゴに乗って、由良姫と一緒に通学する。朝は宇羅彦と二人と一匹で物理準備室へ行く。ツヤさんとコーヒーを飲み、ケンを預けていく。
新しいクラスは、由良姫と宇羅彦は数少ない理系国公立にも関わらず別々になった。
本来なら、柏木浩徳がいたら三年になり、間違いなく特進クラスへ振り分けられただろう。
しかし、三年特進クラスに浩徳の籍はなかった。
三学期、二月半ばから欠席し続け、学年末テストも受けていない。評価は下がったが、出席日数は足りていた。
ただし、このまま休み続けたら、留年となり卒業はできなくなる。
由良姫と宇羅彦もまた、鹿野神とともに遠方へ祓いに出かける頻度が多くなってきた。年間の欠席日数を六十日に抑える必要がある。
祓いの任に就いているのは、学校には知らせていなかった。それは鹿野神と猪野神の二人も同じだった。
このまま祓いを続けるのなら、大学進学は必要がないように思える。
「なあ、ウーちゃん。理系の学部って忙しいよなあ。せっかく入っても卒業できるやろか……」
祓いの方が忙しいので、多分二年生の高校生活は一年生の時に比べて薄っぺらいものになるだろう。
そう思っていた矢先、教室へ放送委員だった時の先輩、小林美野里がやってきた。
「ねえ、お願い! 放送委員になってくれへん?」
美野里は、由良姫だけでなく、宇羅彦にも、そして井戸田にも声をかけていた。一年の時に、まともに放送委員として活動していた者に声をかけて回っていたのだ。
そこへ、少しでも宇羅彦の近くにと、光代が放送委員になってくれた。
「先輩、うちらほんま忙しくって、学校も出席日数ギリで来ることになるかもしれんのやけど」
「大丈夫、学祭の時だけ来てくれれば。普段は、お昼とかうちがボックスにいてるから」
「学祭の時だけやったら、そっちの方がええかもしれん。了解っす」
三年の美野里が、わざわざ二年の教室まで行っていた。
その姿を見て、同じように宇羅彦に話をしに来たのは、ミス県高の青池綾乃だった。
「あの、ちょっといい? 話したいことがあるん」
そう言って、宇羅彦は図書室に呼び出された。綾乃は図書委員をしていた。
昼休み、宇羅彦は由良姫と光代と一緒に放送のボックスにいた。そこで三年の美野里も混ざってご飯を食べていた。
「俺、ちょっと用事あるんで、抜けていいか?」
「どうしたん?」
由良姫が不審そうに聞く。宇羅彦にしては珍しく断ってから行く。
「ミス県高やったっけ、その人から呼び出された」
「えーっ!? 青池から? 」
「名前は知りません。一応、先輩やし」
「そいつ、うちと同中やから、気ぃつけてねえ」
美野里は天神中出身だった。柏木浩徳のことを最初にいろいろ教えてくれた。
宇羅彦が図書室に行くと、青池綾乃はカウンターで貸出業務をしていた。
「話ってなんですか?」
綾乃は図書室の奥へ宇羅彦を連れていくと、何か袋を渡した。
「プレゼント買ってたんやけどぉ、やっと渡せたわ」
「受け取れません」
「なんでぇ? 別に誰か特定の彼女とかいてないんでしょう? ほんなら、ええやん」
綾乃は「ふうん」という顔をすると、宇羅彦にさらに近づいて服の袖を引いた。
「うちなあ、浩徳と付き合うてたんよ。中学ん時から」
「で?」
「素気ないなあ、もしうちと付き合うてくれたら、浩徳のこと教えてあげてもええよ」
浩徳の名前が意外なところで出てきて、宇羅彦は警戒していた。しかも、綾乃は一年生の頃まで付き合っていたという。
「浩徳のこと、知りたくないん?」
綾乃は意味深に笑いかけてくる。プレゼントを強引に渡され、肘を掴まれる。
確かに、今はどんな些細なことでも情報は欲しい。しかし、この人は光代と違って、どんどん自分へも踏み込んでくるタイプだ。
「いや、イイっす。俺、そういうんは困るんで」
宇羅彦は、そういう交換条件をエサにするやり方は嫌いだった。情報欲しさに一瞬、誘いに乗るかどうかまでは考えた。
宇羅彦の中の危険信号は「否」と答えを出していた。
「なんやぁ、案外カタイんやねぇ。これで、二回目やけど、続けてフラれるんは、さすがにないわ」
どういうことか聞きそうになって、宇羅彦は思い出した。昨年、体育祭のファイヤーストームで、綾乃から告られて即断った時と同じ雰囲気だった。
綾乃にしてみれば、今まで自分からのアプローチを断ってくる男子はいなかった。宇羅彦はいとも簡単に断ってくる。
「即答せんと、よーく考えてみて? 気ぃ変わったら教えてくれる?」
宇羅彦はプレゼントを押し返した。それを仕方なく受け取る綾乃の表情からは、嫌な臭いが漂っていた。
「どうやったん?」
由良姫が問いかける。それを光代が背中越しに聞いていた。
「あいつ、エゲツないやろ? 自分が男からモテること、鼻にかけとるで」
美野里は、何かを言おうとして言葉を飲み込んだ。それを宇羅彦は見逃さなかった。
「先輩が言う通りです。なんや、訳わからんこと言って、それを交換条件で付き合わんかって持ちかけられました」
「ええーっ!? あいつまだそんなことしとるんか。ほんま、変わっとらんねえ」
「メンドーなんで、放って帰ってきました」
「正解やわ」
「俺、強引にズカズカ踏み込んでこられるんは、ちょっとNGなんで」
「で? なに? それをうちから伝えとけって?」
「先輩、察しがよくて助かるっす」
「しゃあないなあ、今のうちにしっかり恩を売っとくか。放送の方、頼むよ」
「俺、客寄せパンダにはならんっすよ」
「たとえ彼女いたって、憧れでやってくる1年はいるでしょ」
青池綾乃が、宇羅彦にあの手この手で近寄ってくるのは、今回だけでは終わらなかった。
「見せたい写真があるんやけど、メアド教えてくれん?」
あまりにしつこいので、宇羅彦は携帯ではなくPCのフリーメールアドレスを教えた。
綾乃は渋々「まあいっか」というふうに納得し、一時的にからんでくるのは静まった。
その数日後、宇羅彦の元には綾乃の携帯から送られたらしきメールが届いた。見せたいという写真は一枚だけ添付されてきた。
しかしメールにはこうあった。
『もっとあるけど、見たかったら携帯から返事下さい』
添付されてきた画像は、インスタントカメラで撮ったものだった。それを携帯で撮り直して送られてきた。
中学生くらいの浩徳が一緒に写っていた。それもお互いにベッドでふざけあっている様子だった。
──どうする?この女は放っておくべきか、それとも?
もしもこの写真を由良姫が見せられて、どう思うだろうか。ただでさえ、浩徳との絆が揺らいでいる今、由良姫は拒絶を示すかも知れない。
この女だったら、由良姫を呼び出して傷つけかねない。
しかし、自分の秘密を知られてバラまかれる方が一族は困るだろう。最近、ケガレ祓いの影響が蓄積しているからか、頭骨からツノの形跡が目立ちつつある。
宇羅彦は、自分の決断が、自分ひとりのものではなく、周囲へ及ぼす影響を考えた。
その上で、もう一度無視することに決めた。
一向に宇羅彦から連絡が来ないことに、綾乃は携帯を見つめなが「へえ」と薄ら笑っていた。携帯にはもちろん、それ以上の画像もあった。
──これ送ってやった方が良かったかなあ。それより直接妹の方に見せてやればいいか。どんな顔するかなあ。
綾乃は画像を見ながら、策略を練るのを楽しんでいた。
どうせ振り向かないのなら、グッチャグチャに壊してしまえばいい。
そんなものは、もういらない。
新学期早々、宇羅彦はヤバい先輩女子にからまれていた。




