東と西の様子
東の首都より東北を端まで担当する猪野神家より、宇羅彦のPCへビデオチャットの案内が入る。
「やあ、元気?」
様子を伺いながら、先に虎雅が登場した。
宇羅彦は免許証を見せた。光代から誕生日プレゼントとしてもらったパスケースに、ケガレ対策室の身分証と一緒に見開きで入っている。
「おう、宇羅彦! それいいな。俺もそういうヤツにしよっと」
「大那も免許持っとるんか」
「あったり前じゃん! 16になったら即取った」
「ただ、雪降ると乗れないんだよね」
大那と虎雅の住む北関東は、平地は雪が積もることは少ないが、山間部は意外と降雪量が多い。猪野神家の本家がある山間は、冬は寒さが厳しい。
「そういえばさ、この前、東北の方で一番大きい街へ行ったんだけどさ」
大那がちょっと声を荒げて喋る。どうやら嫌なことがあったようだ。
あはは……と、虎雅が苦笑いをしながら聞いている。
「こっちは頼まれて、わざわざ電車乗って祓いに行ってんのにさ。首都から来た神守がさ」
大那の代わりに虎雅が簡潔に説明した。
その大都市で発生したケガレを、数日ホテルに滞在し重点的に祓うことにした。宇宙依から送られてくるケガレ発生予測を元に、虎雅が計画を立てた。
「高校生なんかに任せてられないとか言いやがって。神守のくせにさ!」
「どうしたんや、ぶつかったんか?」
「いやあ。俺たちが祓いに向かったところがグレードBでさ。それくらいなら俺と大那2人で全然OKなんだけど……」
「あいつら訳のわかんねえこと言いやがって! もうアッタマ来て。神守我央に連絡したら、電話中にバックれやがって!」
「なんや、何言われたんか知らんけど。言われ損か?」
任せておきながらグレードB予測の場所では、首都から神守がやって来る。それは大都市だけではなかった。
どうやら、首都ではグレードB予測の場所では、4〜5人でチームを組んで祓いに当たるという。たった2人で祓えるとは思いも寄らないのだろう。
「そういやなあ、西は本土の向こうの内海を挟んだ島や、海峡向こうの大きな島も、その向こうに続く群島も全部。俺らと鹿野神でカバーしてるんやけど。おまえら、海峡向こうの北の大きな島はどうしてる?」
「ああ、あそこは戦前に大勢本土から神守が渡ってる。首都から遠いから、移住した神守の中で自治が進んでるんだ」
「そうそう、神居って名乗ってるところもあるみたい」
「カムイって神さんみたいなもんってことやろ?」
「北の大地に昔から住んでる人から見たら、神様みたいな力を持ってる人ってことらしい」
「神さんか……」
「ああ、そういえば、俺、チラッとだけど由良姫のこと聞いた。なんか、御子姫殿のように変現したとか」
「ああ、もうそっちにも伝わっとるんや」
「本当か? ていうか、最近おまえとばっか話してて、由良姫の顔見ないけど。元気か?」
「ああ、しばらく体調悪かったようやけど。もう大丈夫や。そういや、イヤホン届いたか?」
「ああ、ケガレの声の周波を音の周波で打ち消すっていうヤツだろ? よくそんなこと思いついたなあって感心したよ」
そうだ、それを教えてくれた人はもう、仲間から去っていった。
「柏木さんっておったやろ。俺が言葉と声を録音して、その人が調べてくれたんや。それを我央さんに」
「ああ、その人最近見ないけど。どうかした?」
「そいつ、一族の者じゃないだろ。やっぱ、ケガレ祓うのは荷が重くてバックれ……」
「うるさいっ!!」
宇羅彦が珍しく怒鳴った。画面の向こうで握り拳が震えるのが見える。
「いい加減な憶測で物言うなや!!」
大那は「ごめん」と言ったきり押し黙った。
神守我央から届いたイヤホンは、由良姫の聴覚への緩衝材として、思いの外役立っていた。
それは浩徳が我央へ提案した物だと、由良姫は随分と後から知った。
「まさか、コレができたからって……」
思わず、呟きが漏れた。
──せやからって、いなくなったりしんよね。
自分のせいだと、由良姫は思い出すたびに罪悪感に苛まれた。ただ、違うと、もうひとりの自分が必死に打ち消そうとする。
もう、どれくらい繰り返しているかわからない。
そんな時、携帯が鳴った。一瞬ハッとして点滅する表示窓を見る。凛華からだった。
「やほお? なあなあ、うちらもビデオチャットで女子会しいひん?」
「せやねえ、ええよ」
凛華が初音から電話があって、4月から同じ高校へ通うので相談に乗っていた。初音から、久しぶりに由良姫も一緒にチャットで喋ろうと誘ってきたらしい。
PCを立ち上げる。由良姫のPCの壁紙は、体育祭の時に撮られた誓約のシーンだった。写真をスキャナーで取り込んで、浩徳が設定してくれた。この日の誓いを忘れないように、と。
「忘れとったわ……」
守護る、と言った。ずっと、体を張って守護ってくれていた。一族の者でもないのに。いつの間にか、そこにいて当たり前だと思うようになっていた。
「はあい、由良姫。元気? 久しぶり」
初音が画面の向こうから手を振ってくる。
「なあなあ、由良姫、聞いてくれる? うちらな、揃って宇羅彦にフラれたみたいなんや」
「えっ!? そうなん?」
「なんも聞いてへんの?」
「うん、うち、バレンタインの日の夜、祓いに行って倒れてしまって」
「そうやったん!? もうええの?」
「うわぁ、堪忍え。ちっとも、気ぃつけへんかったわ」
初音が手を合わせて頭を下げてくる。凛華も双子のように同じタイミングで同じことをする。
「あはは! 2人ともタイミング一緒やで。息合うとる」
「ほんまや、同じ男にコクって自爆してるし」
「そうそう、あんなぁ、体調悪いとこ申し訳ないんやけど。叔母はんな、ちょっとほんまあかんねん」
「どうしたん?」
初音が言うには、モドキを吐いた日から、精神的に病んでしまって。毎日、御子姫のいる方へ拝んでは、ブツブツと謝り続けているらしい。
「万里依さんから聞いたんやけど、由良姫、モドキを祓えるようなったんやって? どうにかならへんかなぁ」
「そうなん!? なんでもっと早う……って、ごめん」
「ううん、こっちこそ。悪いんは叔母はんやし。そやけどなぁ、お母はん、身内からケガレが出てはかなんなぁって泣くんよ」
「由良姫、どうにか助けてくれへん?」
「うん、すぐ行く」
「ほんまに!? おおきに! うち言うてくるわ」
初音はPCの前から姿を消すと、一緒に母親を連れてきた。
「由良姫さん、ほんまにありがとうございます。こないなこと頼めた義理やおへんのやけど」
初音の母、唱が泣きながら頭を下げてくる。西の首都へ向かう日程を詰める。眴を呼んで直接やりとりしてもらうことにした。
「うち、ひとりで行ってくる」
「そうですか。それもいいでしょう。唱さん、よろしくお願いします」
唱は、何度も礼を言って下がっていった。初音と凛華は、由良姫が単身来ることに、リアル女子会ができると喜んだ。
大叔母はげっそりとやつれ、自分はいつケガレになるのかと、恐れおののき寝込んでいた。
モドキを祓った途端に元気になる姿に、気を病むというのはこういうことかという見本を見たようだった。
その日、初音の家に凛華も泊まり、枕を並べての女子会となった。
「ほんま、うちらだけやと、祓いの現場行くん難しいわ。西の首都やったら、かろうじて昔からいはる人は、わかってくれはるんやけど」
「女子やから、非力に見えるんや。女子=か弱い、って」
「ほんまやなぁ、外の考え方や。一族のこと知ってたら、ありえへんのやけど」
「西へ行けば行くほど、お嬢ちゃんたちだけで、ほんまできるんか? って」
西へは内海沿岸沿いに、中核都市が続いていく。一定数以上、ケガレが途切れず発生していく。それが猪野神が担当するエリアとの違いだった。
「明日、せっかくやから、お母さんとこ寄って帰ろうと思うんよ」
朝、由良姫は初音の母、唱にそう言うと、妹の言葉と一緒に同行したいとなった。車で往復してくれるという。
今では月に一度、食料や日用品など手配して訪れる以外行き来はない。それでも唱と言葉は、今でも御子姫のことを「姫様」と呼び世話をし続けていた。
「どうやら、お客のようじゃ。どうする?」
「では、長殿のところへ。ありがとうございました」
御子姫の元を訪ねていた者は、長の住む元奏家本家の建物へと向かった。
ちょうど行き違うように、由良姫を乗せた車が御子姫の住まう響家本家に到着した。




