神守という意味
首都には首都なりの、神守の組織が作られていた。
それは、響家奏家本家を支えるためのものであった。同時に己ら、神守をも支え守るためでもあった。
結局、市井の者に混ざろうとも、異形は異形なのだ。
全国津々浦々、神守に似た力を持つ者たちは多かった。しかし、相手がケガレとなれば話は別ものであった。
わずかな一族の者たちが、血と力を受け継ぎつないできた。というよりも、そうせざるを得ない、一族の歴史があった。そこから逃れるために神守となっても、結局は力を知られ国のために利用される末路を辿った者は多かった。
神守我央には、出生の秘密がある。
生みの母、響洋巳は響紋衆の戦人である。訳あって、里を去り、神守と名し、市井に紛れた。
それを探し当て、禁術を用いて子を成した奏家の者がいた。当時の総代だった。彼は、己の家系、奏家本家の力の衰えに危機感を抱いていた。
ただそれだけで、子を成した訳ではなかった。子の中に己の魂を宿させ、力の強大な御子姫と釣り合いを取ろうとしたのだ。それほど、彼は御子姫を私物化したかった。
最初は愛した。しかし、のちにその愛は、物欲と化した。
洋巳と総代との間に生まれたのが、後に最後の奏家総代となった、奏奏司だった。由良姫の父である。
洋巳は奏司を産む前に、ひとりの子を産み落としている。その子は異形だった。鬼という。
響家では時折、いろんな鬼が生まれてきた。
この時産まれたのは鬼人だった。御子姫はその子を隠した。その子は、豪鬼と名付けられ異形の里で御子姫に見守られながら育った。宇羅彦の本当の父である。
そして稀しくも、奏家の最後から二番目の総代との間であろうと推察される子が誕生する。それが我央だった。
我央は母洋巳が服役中に刑務所で産まれた。
養子に出されることは決まっていた。両親は神守衆であるよう手配がなされた。
我央の両親は、当時の国政を動かす側の人間の息がかかった神守衆だった。
なぜなら、我央は最初の二つ紋、攻撃の響紋と守護の輪紋とを併せ持つ子、特別だったのだ。
幼い頃、無意識のうちに兄たちを救っていた。その力で、ケガレの蝕から。
ケガレは、この時代、常世のモノ、だった。
それが変わったのは、二つ紋がこの世に現れたから。だからこそ、ケガレもまた変容を遂げなければいけなくなったのだろう。
我央誕生から7年ほど経った頃、やっと輪響紋衆の中に二つ紋が誕生した。それが由良姫と宇羅彦だった。
その翌年に、響家に2人、奏家に2人、二つ紋が産まれた。
その前に、血の遠い神守衆の間であっという間に二つ紋が誕生した。短期間のうち次々と生まれ出たことにより、確実に常世の穢に変容が起きた。
そうして、最後の決戦の後、御子姫は常世の大河を結界で封じる他なくなった。
もう、輪響紋衆を以ってしても、常世の穢相手に戦などできる段階ではなくなってしまったのだった。
結界から漏れ出る「気」は、モドキとなり既に人界に散っていた。
今のケガレは長い年月をかけ、誕生すべき時に誕生するべく準備が整っていた。
そして今、この国の東の首都でケガレを祓い守っているのは、他ならぬ神守だった。
神守我央を筆頭に、わずかな間に凝縮して誕生した二つ紋たちである。
東の首都では毎日のように、汚れが発生していた。発生予測は、眼を持つ者たちを総動員して行われた。ただ、圧倒的な人員不足が解消されない以上、後手後手に回るしかなかった。
グレードの高いものから確実に処理していく。特にグレードBともなると、我央1人では限界があった。
「グレードBが増えてきたな」
発生件数の増加からみて当然だと思われていたが、内容を分析すると確実に比率が上がってきていた。
グレードAはまだ発生したことはない。しかし、それも時間の問題とされた。
祓いのスケジュールは、グレードB予測から組まれるように変わってきていた。もう一つの変化は、ケガレの言葉と声にあった。
今までケガレは声を上げても、言葉としての認識はなかった。それが言葉を使うようになり状況は一変した。
「構うな! ケガレだ、祓え!」
しかし、ハッキリとした言葉で「助けて」と懇願され、まして「殺される」と叫ばれると声は残った。その繰り返しに、精神を病む者も現れ始めた。
対策室は、ケガレの言葉と声の研究に着手する。そして開発されたのが、音を音で消すイヤホンだった。一定の周波数でケガレの声を聞こえにくくする。
これは緩衝材の役割しかないが、直接耳に入るよりは一定の効果は得られた。
ケガレをもらいやすいのは一般人ではなかった。最もケガレに対して弱かったのは、眼を持つ者たちだった。
眼を持つという異能は、視覚からの攻撃に弱い一面を持っていた。同様に、鬼は聴覚と嗅覚に優れていた。
同じ二つ紋でも響家寄りの神守とそうでない者とでは、ケガレの声に対する耐性が違った。
我央は強靭な精神の持ち主ではあったが、やはり響家の血筋には抗えなかった。
祓う力があることが、絶対強者ではなかった。それは常世での戦を経験していれば自ずとわかっただろう。
陸のケガレしか知らない、知りようがない者たちには、理解が追いつくまでの犠牲は仕方がなかった。
「それは許可できない。現場への同行は18歳以上という規則だ」
「ですが、あと数日です」
「1人を許せば、いずれは追随する者が現れる。何より、無事帰れるという保証はどこにもない」
「では、どうして東の首都以外を、高校生に任せているんですか」
「彼らは本家筋だ。我々とは違う」
この一言で、通常は納得する。ところが、月日の流れは、響家奏家さえ知らない世代を生み出していた。
そう、己らの姓の意味さえ知らない世代。
神守とは、なんらかの理由によって響家、奏家から去らなければならなかった者たちである。彼らが、輪紋響紋を持つ一族の証として名乗ることを許された名字である。
響家奏家より一段低く見られるのは、その多くが力の劣った者たちであるという認識がなされていたからだ。
では、なぜ響家奏家より先に多くの二つ紋を輩出できたのか。
戦人として常世の穢との戦を優先させた響家奏家では、出産制限を課していた。兵力の要ともいうべき響家の女たちが身籠もるということは、等しく兵力が落ちることを意味していた。
響家頭領である御子姫を筆頭に、女たちは皆、薬を飲み妊娠しないようにしていた。それだけではない。月のものがあると忌に入るため、そのコントロールのためもあった。
徹底された管理はすべて、常世の穢との戦のためだった。
そういう意味では、すでに彼らは人生そのものが国家存続のために捧げられた贄と変わらなかった。
時の権力者によって利用され、搾取され続けた。良きも悪しくも、そこから離脱したのが神守であった。
犠牲を強いられることはなくなるが、神守と名するようにしたのは戒めだった。響家奏家を名乗るのは、犠牲の上に成り立つ誇りでもあったのだ。
神守、それは誇りを捨てた者、という烙印の名だった。
だからこそ、響家奏家より劣るのだ。
しかし負の歴史ほど、人は隠したがる。まして優位に立てばなおさらだ。
今の神守には、国家を守っているのは己らだという自負があった。
それでもなお、響家改め鹿野神家となった者、奏家改め猪野神家となった者、そして元は響家であり眼を持つ一族の芥見家より一歩退くのは、神守の名に染みついた何かがあるからだろう。
そして、鹿野神、猪野神にも二つ紋が多く産まれ始めたことも起因する。結局、根本は変わらない。なぜなら、力は響家奏家の方が圧倒的に上だったから。
ただし今に至ってはもう、そんなことを考えている余裕はなかった。それだけ、ケガレの蔓延はもう手の施しようがないレベルまで来ていた。
国家は、神守に頼らざるを得なかった。もう、響家奏家は存在しない。
それどころか、常世の大河を結界で防いでいるのは御子姫だった。その結界が失われたら、地上のケガレの騒ぎどころではなくなる。常世の大河にいずれ世界が呑まれるだろう。
今でもまだ、全国に散った元響家奏家の者たちは皆、御子姫に従う。
御子姫はそれだけ絶対的な存在だった。
その御子姫の子らが、徹底的に隠されたのは、だからである。
「そうか、御子姫殿をご存じないか……」
「みこ……なんですか? 時代劇か何かですか?」
一時期、御子姫の名は禁句に近かった。全国に散った、響家奏家の者たちは家以外の場所で名を出すことはなかった。
お膝元の西の首都を除き、神守にはその名すら残さなかった。
──これでいい。その方が安全だ。
きっと、最期のその瞬間まで、御子姫は結界を張り続ける。




