浩徳の過去
「ウーッス! 柏木ィ! 元気やったか」
「チーッス! ヒロッ!」
皆、バイクを停めると浩徳に近寄って、挨拶しながら腹に一発ずつ拳を入れていく。彼らなりの仲間内の熱い挨拶だった。
「今夜やけど、ワザワザありがとう!」
「何言うとるんや。こっちこそ、そのうちシメたろう思うとったんや」
「それなんやけど、今夜は女の子助けたら、すぐ帰ってほしいんや。警察来ることなっとるで」
「上等や! シバき倒してからやったら帰ったるわ!」
浩徳は目の前で掌に拳を入れると、パシンッ!といい音を立てた。
「今夜は帰れ。ヤバいんや」
「おい、ヒロがこう言うとるんや。今夜はぶつかり合いはナシや、ええな!!」
翔也が全員に聞こえるように言った。
「倉庫や工場あるんは隣県や。ヒロの兄貴が警察におるやろ、忘れたらあかんで」
「わかっとる、わかっとる!」
数人ずつで、別れて探しに行くことになった。
案外と早く、目的の人物たちと、彼らが連れてきた女の子、佑実は見つかった。
空き家になった工場跡から、数人の男子の声と、そこに命令口調の女子の声が混じって聞こえてきた。そこへ浩徳を先頭に5人が殴り込んで行った。相手は7、8人いた。相手のうち、2人ほどは年上のようだった。そして刃物を持っていた。
「ヒカリモン持っとるで!」
「そんなもん、怖くて、番なんか張れるか!!」
浩徳が相手の手首を思い切り、下から蹴り上げた。ナイフが出入口の方へ飛んでいく。仲間の1人が蹴って外へ飛ばす。
連れてきた佑実を縛って蹴り飛ばしていた香里は、後ろから髪を思い切り引っ張られて引きずり倒された。
「ヒロ、女の子助けたで!」
翔也が縛られたまま、蹴られたお腹を痛そうに歩く佑実を連れてきた。
「よしっ! 引くで!!」
合図で浩徳と一緒に全員、佑実を連れてその場から退いた。
浩徳は、突入前に連絡を取り合っていた由良姫たちがいる場所へ、佑実を連れて走っていた。佑実は恐々「誰?」と聞いた。
「正義の味方、生徒会長でっす!」
月明かりに近くで見れば、見覚えのある顔に安心したのか、佑実は足がもつれ倒れそうになった。そこへ由良姫と宇羅彦がやってきた。
「ゆんゆ! もう大丈夫やから」
「勇人が……!」
佑実は工場の方を指差して叫んだ。
「勇人が代わりに殴られて、まだ工場にいるの」
「大丈夫や、俺たちが行くで。田中は車で待っとって」
由良姫と宇羅彦が猛ダッシュで工場へ向かって走っていく。浩徳も後をついて走っていったが、嘘だろうと思うほど2人の足は速かった。
3人で工場跡へ戻ると、中では一緒に助けに入った仲間たちが相手と乱闘になっていた。
香里は、ボコボコにされた勇人を助けにいって拒否られていた。それでとうとう何かがブチ切れて叫んでいた。その声を聞いた由良姫は、フラッとしてしゃがみこんでしまった。
「なんで? まだケガレにもなっとらんのに……」
「宇羅彦!! 奥や、女子の足元に倒れとる男子がおる!!」
由良姫をかばいながら、浩徳が宇羅彦に助けに行くよう言った。
「ヒロくん、友だち、逃さんと、もうすぐ……! モドキがっ!」
浩徳は由良姫を置いて乱闘へ突っ込んでいった。
「やめろーっ! やめるんやっ!!」
殴り合うのをやめさせようとするのが、いかに難しいか。それもそうだ、相手しか見えていないのだから。
「翔也!! 引くんや、やめろ!! やめてくれえーっっ!!」
香里の元から倒れた勇人を担いで連れてきた宇羅彦の背後に、一気にモドキが降ってきた。香里が何かを叫んでいるがよくわからない。
それを合図のように、乱闘していた相手からもモドキが大量に放出された。それに乱闘していた仲間たちが巻き込まれた。モドキに一気に集られて、仲間たちは身動きできなくなった。それを引きずって浩徳が連れてくる。宇羅彦も同じように引きずって連れてきた。
「なんやあれは……」
仲間たちは腰が抜けたように、モドキが集り合うのを見ていた。
「翔也は!?」
誰かが翔也がいないことに気がついた。
「翔也っ!! 翔也ぁーっっ!!」
浩徳が叫びながらモドキの塊の中へ突っ込んでいった。
時すでに遅く、翔也は気枯れを起こしていた。それでも連れて行こうとする浩徳に、翔也が「ごめん」と言ったように聞こえた。
宇羅彦が強引に、呑まれようとしていた浩徳をモドキの群れから引き剥がし連れてきた。
宇羅彦が祓おうとすると、浩徳は絶叫した。
「やめてくれぇぇえええーっっ!!!」
グレードB予測のケガレは、瞬く間にモドキが集ったかと思うと気枯れからケガレへと変容した。その速さは、未だかつて見たことがなかった。
そして、巻き込まれなくてよかった子、は佑実ではなかった。
翔也が巻き込まれてケガレへとなってしまったことで、彼女が身ごもったはずの子も影響を受けたのか、お腹からいなくなってしまった。巻き込まれたのは、産まれてくるはずの命だった。
浩徳はその日から、祓いに合流することがなくなった。そればかりではなく、登校しなくなり家から姿を消した。
由良姫は、すべてが終わってから、やっと動けた。なぜかはわからないが、ケガレになる核となる人物、香里の叫び声を聞いただけで動けなくなってしまっていた。そして、浩徳を失った。
ある日、由良姫は浩徳の母親から連絡をもらった。突然、浩徳が姿を消してしまい、何があったのか聞こうとしたのだ。
翌日の午後、浩徳の母親が家まで来た。あの晩から、浩徳は人が変わったように部屋に閉じこもり、一切の勉強用具を処分してしまったという。その中には兄が浩徳にあげたノートPCも含まれていた。バイクと身一つでどこかへ行ってしまった。母親は大海の両親、浩徳の祖父母にも連絡したが来てはいないと聞いた。
「あのね、実はね、あの子は……こういうこと初めてではないんよ。実はね、ほんまはうちが悪いんやけど、あの子の父親と別れる時に、あの子まだ小学校入ったばっかりで、よう一緒に連れて来られんかったの」
母親は泣きながら話をした。
父親が引き取ると言って譲らなかったのに、自分が新しい女と家庭を築こうとしたら、浩徳が邪魔になった。よくある話だった。その後、浩徳へは虐待が始まった。それはネグレクトという静かな虐待だった。しかし、徐々に虐待はエスカレートしていく。これもよくある話だった。
そうして、ある日、浩徳は耐えかねて父親を殴り殺しそうになった。その時、浩徳はまだ小学6年生だった。継母が警察を呼び、ちょうど警察が来た時に、反対に浩徳が父親から金属バットでボコボコにされていた。浩徳は保護され施設へと預けられた。
浩徳はずっと、自分は置いていかれた、捨てられたと聞かされて育った。それで母親のことも、兄のことも距離を置いたまま、近づこうとはしなかった。中学3年になり15歳になって一緒に暮らし始めたが、よく突然いなくなったという。
「だって、あの日あんなに仲よさそうやったのに……」
以前、大海の側の祖父母の家へ行った帰りに寄った時、母親とも兄とも仲良く軽口を叩いていた姿が、実は本物ではないかもしれないとわかって、由良姫は心がざわりとした。
何かあるとは思っていたが、それがまさかこんなに大きな、深い闇だとは思いもしなかった。想像がつかないほど、浩徳は必死で自分を再構築していったのだろう。その、最も大切な施設からの親友を亡くし、一緒に幸せになるはずだった彼女もお腹の子も目の前からいなくなった。全部、自分が動けない間に浩徳が失ったもの。
「私のせいなんです。私が動けてたら、こんなことにはならんかった……」
「それは違うと思うよ。由良ちゃんは、なんも悪くない。あの子が自分で決めたことやから。せやから、ごめんね。こんな大事なこと話してへんかって。きっと、そのうち戻ってくると思うから、待っとってあげてね」
母親は何度も頭を下げて帰っていった。
浩徳の携帯はもうつながらなかった。前までは電波か届かないか電源が切れていた。今はもう番号が使われていなかった。
由良姫は自分の不甲斐なさを責めていた。
それ以上に、宇羅彦はあの日の浩徳の絶叫が耳に残ったままだった。祓うしかなかった。
しかしそこに、もし自分の大切な人が巻き込まれていたとしたら、それでも祓えるだろうか。あの声で、助けてと言われたらどうするだろう。
「やっぱり、俺たちだけでやっていこう。今までみたいに。俺たち、先輩に甘えすぎたんや」
「せやね……」
ケガレと化してしまった人を助けることはできない。
唯一助けられる手立ては、祓うことだけ。祓い清め、浄化することだけ。




