バレンタイン当日
「ちょっと待って、落ち着いて。その川沿いの廃倉庫とかって、高校中退した連中の溜まり場や。そこへ連れて来られるような子、いてへんか?」
浩徳は続ける。
「その日はバレンタインや。一人の女子から恨まれるんなら同じ女子やろ、多分。それに宇宙依さんは巻き込まれんでもいい子って言った。女の子やろ? 男子やったら子なんて言わへん」
「不良に巻き込まれる女子!? ヤンキーにからまれとった、ゆんゆ!!」
由良姫が、探し当て嬉しそうに叫んだ。
「当日直前やったら動いてもええんやろ? せやったら、俺声かけといてやろか? 昔のツレに」
浩徳が良かれと思って、由良姫に聞いた。
「昔の……ツレ……?」
「そうそう、天神中の友達」
「えっ? ヒロくんって、天中やったん?」
「そうや、天中の狂犬って、俺のことやって、小林から聞いとるやろ?」
「学校名までは、ちょっと……」
「うわあっ!? 天中の狂犬って、柏木くんのことやったんや! ヤバいわ、伝説やんか」
「なにっ!? 宇宙にいまで知ってんの?」
「中坊が、県商や県工までシメとったんやで!!」
「あーっ! なんや聞いたことあるなあ、1個上にスゲえ人おるって」
「どこがスゴいんや? なんもスゴくない!」
「ほんま、由良姫の言う通りや」
いつもなら調子に乗ってくるところが、浩徳はすぐに会話を切り替えた。
とにかく、佑実がケガレ発生場所まで連れていかれる前に保護できれば、それは言うことない展開だった。
ただそれには、知っていても当日まで黙っていなければならないという苦痛が伴った。みんながひそかに浮き足立つ中、気取られないよう馴染んでいることは容易ではない。
そんな苦痛を知ってか知らずか、宇宙依は高校の周囲で起きるケガレ発生について、いつもギリギリにしか予測を伝えて来なかった。
バレンタインデーの朝、由良姫はお弁当作りのため、一緒にキッチンにいることが多くなった眴にチョコを渡した。
「いつもありがと」
「こういうのは高いでしょう。大切にいただきますね」
「ナイショやけど、ウーちゃんはもっとスゴいのもらうんやで」
シーッと人差し指を口に当てて、由良姫はイタズラっぽく笑った。
「バレンタインですし、今日のお弁当は好きなものを詰めてあげたらどうです?」
「そんなこと言ったら、肉、肉、肉になっちゃう」
「たまにはいいんじゃないですか? アスパラベーコンとか、生姜焼きもタマネギと一緒に炒めて、プルコギあったでしょ」
「やっぱ、眴ちゃんって、女子やね」
「何年育児してきたと思ってるんですか」
珍しく2階から降りてくる足音がする。宇羅彦が眠そうにキッチンへやってきて、由良姫が調理し皿に置いてあるおかずをつまもうとした。
「ダメッ! 詰めてからにして」
バレンタイン当日、今日の学校は朝からザワついていた。
小中学校の時は、学校へチョコやプレゼントなど持ってくることはできなかった。高校ともなると、特に由良姫と宇羅彦が通っている県高は自由だった。バレンタインだけではない。普段から自由すぎるほど自由だったが、特にイベントごとには教師も職員も見て見ぬ振りをしていた。
クラスの有志女子でお金を出し合い、チロルチョコやキットカットの大袋を買って、昼休みに男子たちに義理の恵みを分け与えたりは当たり前の光景だった。
「センセー、チョコいるー?」
大袋を抱えた女子たちが、大勢廊下にいる。
その昼休みのワチャワチャした空気感を、一瞬緊張感に包む出来事があった。
バイクに乗った数名が、高校の周囲で停まっていた。物理準備室の出入口に面したテニスコートのある東通用門の近くで、茶髪の女子たちが大声で呼んでいた。
「おーい! 豆柴ぁーっ!」
「ヒロノリーッ! 」
浩徳は「ええっ!?」という顔をしながら準備室から出ると、「おうっ!」と手を挙げて門へ走っていった。由良姫はどうしたのかと見ていると、どうやら顔見知りらしかった。
「なんやおまえらこんな時間に」
「うちら今、夜間に行っとるんや。この前、翔也から聞いてさ、久しぶりに会うたって」
「おう、ちょっと頼みごとあってな。おまえら仕事は?」
「今日は休み。ほら、これ、やるよ。うちらの働いとるとこのやけど」
そう言うと女子のうちの1人が、浩徳にビニール袋を渡した。中には、袋入りのチップチョコが何種類か入っていた。地元の製菓会社で働いているという彼女たちは、同じ天中の卒業生だった。
特にチョコをくれた女子と翔也という男子と浩徳は、施設で一時期一緒に暮らしていた。
「ヒロくん、誰?」
「ああ、中学ん時の同級生。チョコもらった、食う?」
「いいよ、持って帰ったら」
「ツヤさん、いつもコーヒーありがとございまっす!」
浩徳は袋の中からチョコを出すとツヤさんに渡した。あとは生徒会顧問や養護教諭にあっという間に配り終えた。由良姫には抹茶チョコを、眴さんが好きそうだからと押し付けた。
「今日さ、俺、授業終わったらすぐ帰るで。川沿いの倉庫とか工場には直接1人で行くわ」
時々、本当に普段は気にならないほど、時々だが浩徳は一瞬にしてすべてをシャットアウトする時があった。
由良姫は、自分にもそういうところはあるので、絶妙な間でスッと引くことができる。それもまた、まだまだ知らないお互いがいる以上、仕方がないと思える。
妙に大人びていて、もっと素直な気持ちの熱量、好きという熱のようなものはなかった。
どうしても一歩引いてしまう。
たとえ祓いの場で自分の身を預けているという認識はあっても、それはそれであってそれ以上でも以下でもない関係としか思いようがなかった。
宇羅彦は授業が終わると、その日は光代と一緒に帰った。県高の西通用門に勇人が来て、佑実が出てくるのを待っていた。それを見届け、宇羅彦はどうしてもという光代の願いを聞き入れた。
由良姫は結局、浩徳に渡しそびれたチョコを持って帰った。
そういえば、クリスマスの時も浩徳はプレゼントはいらないと言ったきり無口になった。今日もチョコはもらうんだと思った矢先、全部誰かにあげて自分は持って行かなかった。それを見ていたら、由良姫は渡しそびれてしまったのだった。
自室に戻った由良姫は、チョコを机の上に置いてため息を吐いた。
浩徳はバイクで県境の川沿いへ向かっていた。約束の時間まで、久しぶりに以前ツルんで走っていた道を遠回りしてみた。
川沿いの道を走っていると、前方から来るバイクのライトが点滅した。
「おう、翔也! 今日学校にあいつ来たで」
「そうか、やめとけって言ったんやけど。すまんかったなあ」
「いや、すぐ帰ったで。マジメに働いとるみたいで安心したわ」
「おう、学校もちゃんと行っとるで。あいつさ、実は今、妊娠しとるんや」
「ええーっ!!」
浩徳は翔也の顔をまじまじと見た。翔也は照れながら3ヶ月だと言った。
「ほんなら、バイクなんか乗っとったらあかんやろ」
「今日は走り納めやって。もう乗らんで売りに行くって言うとったわ」
「そっかあ、翔也もとうとう父親かあ。ほんなら、こんなこと頼むんやなかった、ごめん。もう帰ってええで」
「何言うとるんや。もうすぐ、みんな集まるで。商業行った連中がシマにしとる工場跡に、最近工業の連中が来るんやって。そいつら東豊のガキや言うとった。多分、そいつらちゃうかって、ヤー公ついとるでブイブイうるさいらしいわ」
「今夜はケンカ無しやで。女の子助けたら、すぐ帰ってくれんか」
「なんかあるんか?」
「ああ、警察来る予定やで」
「そういうことか、わかった。みんなにおまえから言うたって」
川沿いの緑地帯にある駐車場に、堤防沿いの道を通ってゾロゾロとバイクが集まってきた。皆、浩徳の中学時代のツレだった。




