鬼化の爆弾
早朝五時に、浩徳が芥見本家へやってきた。
浩徳は、ケガレが声を出したことを知っていた。
ミイラ化した状態のケガレになりきっていない時は、キーキーという声を出す。その声が人の言葉に聞こえる。
しかし、ケガレになったものは、声は出さないのが通常だった。
というよりも、なぜ浩徳がケガレのことを知っているのかが、驚きであった。
「どうしてそのこと!?」
「うるさい、ボケ!! 早う、連れていけ!! 鬼化する!!」
浩徳は、ズカズカと屋敷の奥へ勝手に入っていった。
「鬼化する!?」
「誰がや!?」
「由良姫に決まっとるやろ!!」
浩徳の後について、宇羅彦も芥見の二人も慌てて、寝ている由良姫の元へ向かった。
由良姫はぼうっとした白い光に包まれいた。
その光だと思われたものは、真っ白な長い髪の毛だった。
由良姫は自分で自分を髪の毛で包み、床から少し浮いていた。
その異変に、眴が気がつかないわけがなかった。
間もなく眴がやってきて、その状態の由良姫を見て青ざめた。
「どうして……もう、手遅れだ……」
由良姫は白い髪でケガレを吸い尽くした。
白い髪はみるみるドス黒くなったかと思うと、一瞬にしてケガレを祓って白く戻った。
だが、由良姫は長く垂れた髪は白いまま床に広がり、少し宙に浮き眼をカッと見開いた。その眼は赤々としていた。
その時、由良姫の目の前で浩徳が大きく柏手を打った。
反響する音に乗せて、なにやら呟くと、もう一度柏手を打った。
「鎮まり給え」
すると、浮いていた由良姫が、ドッと浩徳の方に倒れかかってきた。
受け止めると、浩徳もその反動で後ろへ倒れかかった。それを宇羅彦が止めた。
その場に居合わせた者たちは、何が起きたのか訳がわからなかった。
眴には理由はわかっていた。だが、由良姫には鬼化をコントロールする力はなかった。
それが、由良姫の爆弾の一つだった。
由良姫にとって鬼化するということは、鬼神となり戦をし続けることだ。
それはまた、ケガレだけではなくモドキを宿したままの人間を、ケガレと認識し戦い滅すことになる。
つまりは、今現在モドキに憑かれていない人間は皆無に等しく、放っておけば大虐殺を起こしかねない状態だったのだ。
鬼化を唯一コントロールしているのは、御子姫だけだった。
その鬼化を、浩徳は鎮めた上、由良姫を元に戻したのだった。
「柏木の神は、鬼神か!?」
眴は、思わず口にしていた。
眴が鬼化しそうになるのと、由良姫の鬼化とは別物であった。
眴はせいぜい鬼人となる程度である。
かといって、鬼人となってしまうと、元には戻らない。下手をすれば異形として、異形衆の元へ行かなければならない。
そのため、眴くらいの鬼化であれば丸薬でコントロールできた。
由良姫の鬼化は根本的に違う。力の源が違うのだ。
「戦神にならずに済んだか……よかった……」
その場で、眴はへたりこんでしまった。
由良姫は鬼化の影響か、元に戻ってから懇々と眠っていた。
騒動がひと段落すると、もう朝になっていた。
芥見本家では万里依と宇宙依だけでなく、両親から曽祖父母までが屋敷内にいる。
この騒ぎが知られるのは、そんなに時間はかからなかった。
「祓いのことは、万里依と宇宙依に任せとる。今更、年長者が意見はせん。そやけど、由良姫の鬼化は別や」
曽祖母が厳しい口調で続けた。
「芥見には眼を持つ者が多い。それは鬼の力、異形の力や。それは決して世間に知られてはならんものや」
眴の側まで来ると、曽祖母は目の前に座ってじっと睨んだ。
「のう、眴。わかっとるな。御子姫殿が、由良姫と宇羅彦を芥見に預けたのは、上手く隠してくれると信じたからや」
「はい、重々に」
「今一度、その任の重さを、よく考えんといかん」
浩徳は、眠り続ける由良姫の元を離れなかった。彼は、祖父母の話を忘れることができなかった。
「神さんは、二つの顔を持つ。命を与え、命を奪う。癒し、滅する」
柏木の一族は、神を守護ることが仕事だ。
「守護の誓いを立てたなら、命を賭して守護らんといかん」
浩徳は、その話をしなければならないと感じていた。
由良姫が話してくれる前に、自分が知っていることを話さなければ。
浩徳が由良姫に付き添っているところへ、眴がやってきた。浩徳は眴に言った。
「お話があります」
「そうですか。ちょうどよかった。私も尋ねたいことがありました」
眴からは、以前見せた険しい表情は消えていた。
この人物こそが、由良姫の鬼化を唯一鎮めてくれるのだろう。
由良姫の力の暴走を、止めてくれる。
浩徳が家の電話を借りて、自宅へ電話すると母親が出た。
「あ、俺。今日学校休むで、悪いけど連絡して」
「そうか。お母さん、気になっとった。あんた、掌に印が出たやろ」
その電話を聞いていた兄が、母親から受話器を受け取った。
「篠から聞いとった子か。篠が心配しとったで」
浩徳は、パパッと話を終わらせると、後ろで立ってる人影に驚いた。
「お前さん、何処から来んさった」
その眼は、得体の知れないものを見るように見開かれていた。
「あの……」
さすがに浩徳も、どう答えてよいやら口ごもった。
「まあ、ええわ。塩梅よう頼むで。鬼さんを起こさんよう」
そう言って、年老いた主のような人物は家の奥へ消えていった。
「うーわっ! ビビったぁ!」
「曽祖母や。珍しいな、知らん人に声かけるなんて」
そこへ、宇羅彦がやってきた。
「由良姫が目ぇ覚ましたで」
案の定、由良姫には眠っている間に起きた、鬼化の記憶はなかった。
「ケガレの声を聞いたよな?」
浩徳が、由良姫に聞いた。続けて宇羅彦が由良姫に聞いた。
「ケガレが言葉を喋ったんや。聞いたやろ?」
万里依も宇宙依も、眴までいる。皆が由良姫の周りに集まっていた。
「うち、どうしたん? キーン! て、すっごい耳鳴りみたいのがして、それからよう覚えとらん」
「ケガレが喋ったんやて。由良姫は言葉を聞いたんか?」
由良姫は首を振った。だが、宇羅彦を見るなりみるみる顔が険しくなった。
「ウーちゃん、ケガレの蝕が起きとる」
由良姫は眴の顔を見た。眴は眼帯を外し、宇羅彦を視た。
「これはいったい……いつの間に!?」
由良姫は、躊躇せず宇羅彦に術を放ち、蝕を起こしているケガレを祓った。
「どういうことや!? 言葉か、ケガレの発する言葉の声か?」
「今まで、完全にケガレになる直前に祓っとった。気が枯れてミイラ化した時に、まだ言葉にならん声は聞いたことあるけど」
由良姫と宇羅彦は戸惑いを隠せなかった。
声によって、二人とも知らないうちにケガレをもらっていた。
このことは早急に、祓いを行なっている鹿野神と、特に神守我央の依頼で手伝っているだろう猪野神の二人には、報せなければならなかった。
「なんだって!? ケガレが喋った? そんなこと聞いたことないぞ」
大那から驚きの声が返ってきた。
「よかった。ケガレの言葉っていうか、その声を聞かんようにせなあかん。と言っても、無理やろうで、声を聞いたらケガレをもらうって覚えといて」
「どういうこと? 声を聞いたら、ケガレをもらうって。じゃあ、どうしたらいいんだ!?」
虎雅にも連絡をしたところ、意外と落ち着いて聞いていた。すぐに大那から大騒ぎで連絡があったらしい。
「大那と虎雅で、お互いに祓い合うんや」
「術をかけ合って、祓えばいいんですね」
鹿野神の二人のところに連絡する頃には、虎雅から詳細が届いていた。
「まだ、こっちではそういうんはありません。でも、気ぃつけます。ありがとうございます」
初音からは丁寧な返答があった。
「ところで、由良姫はどうしてはります? 本家の祖母が気にしてはりましたえ」
「鹿野神から勘繰りが入ったわ」
万里依が、眴に知らせた。それも仕方のないことだった。




