予定調和
先見の眼を持つ、宇宙依が視る未来というか予見は、外れることのない予定調和の世界だった。
それだけ、宇宙依の眼は優秀だった。
宇宙依はどうにも腑に落ちず、再度に渡って奏司が残したリポートを読み解いていた。
「わかった!! そういうことか!?」
部屋にこもって、隅々まで読んで見えてきたものは、やはり己の眼の確かさだった。
「どないしたん、こんな夜中に」
向かいの部屋にいる万里依が起きてきた。
「わかったんや! 俺は間違ってなんかなかったんや」
「それって、緊急? 違うんやったら、明日ゆっくり聞くわ。それと、あんた風呂入り。ごっつ、臭いで」
浩徳は、ケガレの声の音についてずっと考えていた。
玄関横の六畳が浩徳の部屋だった。
「なんや、まだ勉強か?」
兄が仕事から帰ってきた。
母親が奥で寝ているので、二人は浩徳の部屋で話し始めた。
「そうそう、お前、篠にメールした?」
「した。聞きたいことあって」
「もうすぐ、コンクール終わるで、そしたら一度こっち来るって。なんや、音の話は難しいで、直接するとか言うとった」
「そっか」
「そっかやないわ。おまえまた、なんか悪いことしてせんか?」
浩徳は中学の時、相当ヤンチャぶりが激しく、補導歴が数え切れないほどあった。
「いや、めっちゃマジメ。国立大の応用生物。そこだけ目指しとる。今度の期末も完璧」
「夜中にバイクで出かけとるやろ」
「あれは緊急事態」
「まあ、ええわ。おふくろ、心配かけるなよ。そういや、手ぇ見せてみろ」
兄は、浩徳の掌に現れたという印を確認した。
「大海の祖父祖母から連絡来よったで。雪積もる前に、一回顔出してこい。なんや話があるそうや」
「わかった。兄貴もお疲れ。コレ、サンキュ!」
浩徳は、兄からもらったノートPCを早速フル活用していた。
松本宅でのケガレ祓いがあったのは十一月中旬のことだった。
そこで、直美はケガレとなり両親と一緒に祓われる、はずだった。
初めは予定調和が狂ったと考えられていた。
しかし、それは違っていた。狂ってなどいない。ただ、順序が入れ替わった。
直美についてのみ取り出せば、時系列にわずかな差異ができただけだった。
どのみち、松本直美がケガレになるのは避けられない未来だった。
ただし、その差異が思わぬ事件を引き起こすことにつながっていく。
その「差異」の影響は玉突きのようなもので、現れるのはまだ未来のことだった。
不確定要素の多い未来は、予見とは言えない。
宇宙依には、予定調和の終着点を予見することはできても、そこへ行き着くまでの途中がまだ見えなかった。
予定調和とは、予め定められた調和によって秩序が保たれる。つまり、物事が予定通り進む状況を表す。
ケガレの変容もまた、予定通りだった。
モドキこと、穢モドキは、人の体内から体内へと素早く移動しなければ消滅してしまうものだった。
そのため、口接や性交などを通して体から体へ、更なる気を求めて移っていった。
菌やウイルスの感染に似た要素があった。
それがもっと大きなケガレの出現に合わせるように、モドキもまた変異していた。
大きな突然変異などではない。わずかに、モドキとしての形を保つ時間が長くなったのだ。
それによって、一時、体を離れても近くに新たな宿主が現れれば一斉に取り憑くことができた。
わずか一組の人同士の接触ではなく、すぐ近くにいる人同士がモドキに集られ、宿主となる現象はすでに起きていた。
それによって、一気に複数の人に気枯れを起こさせ、ケガレ化してきた人だったもの同士が共喰いを起こすこともあった。
十人近くが一気にモドキに集られ、まるで癒着し融合するように一塊のケガレになろうとすることもあった。
そしてわずかずつ変異していったモドキは、隙間さえあれば、そこから短時間で移動できる先に宿主、人がいればよくなったのだ。
例えば、ホテルなどは絶好の場所だった。
一組のカップル、いやたった一人でもモドキを大量に宿して入室する。
モドキはエアダクトなどありとあらゆる空気の流れに乗って、新たな宿主を探した。
気枯れを起こさせると、新たな宿主がいなければ、ケガレとして祓われるのを待つばかりだ。
それならば、気を求めて移動し続ければいい。
このわずかなモドキの変異は、ケガレの出現が増加してきた、東の首都ですでに始まっていた。
それもまた、奏司のリポートを読み解くと見えてくる、予定調和であった。
その週末、東の猪野神、西の鹿野神、そして芥見と藤吉、新たに加わった柏木と九人でPCによるチャット会議が行われた。
由良姫と宇羅彦の元へは、ノートPCを持って浩徳が来ていた。
チャットルームに招待されていた浩徳は、自分の氏素性を先に簡潔に投稿していた。
PCを立ち上げ、チャットルームを開くと、真っ先に浩徳の投稿が目に入った。
眴は宇羅彦のPCからチャットの様子を見ていた。
この頃のPC普及率はまだ50パーセントほどだった。 価格は大体二十万円くらい。まだまだ高価なものだった。
由良姫はと浩徳は、宇羅彦たちがいる部屋で、二人で浩徳のノートPCを見ていた。
芥見でも、宇宙依の部屋で、万里依が一緒に画面を見つめていた。
浩徳の、というより柏木という一族の登場は、少なからず波紋を呼んだ。
本題に入る前、宇宙依が各PCに送ったリポートを読んだかどうか聞いた。
特に鹿野神の大叔母の関心は、柏木と由良姫との関係に集中していたようで、初音も凛華も参っていた。
それがチャットにも現れていた。
「あのバアさん、ほんましつこいな」
「ウーちゃん、心配してくれてるのに」
「違うて、あのくそババアが、そんなことくらいでここまで執着するか」
「俺、眴さんと打ち合わせた通りに投稿しといたけど、やっぱ納得せんかったっぽいすか?」
「芥見の本家の方も知らぬ存ぜぬで、大叔母もいい加減苛々してるようですね。ですが、話せるところまでは話していますし」
由良姫が不安げな表情をする。多分に、自分のことが原因なのだろう。
「由良姫、大丈夫だ」
「由良、大丈夫や」
浩徳と宇羅彦がほぼ同時に、由良姫に向かって声をかけた。
「そうやね、うちには二人も力強い味方がいてる」
「とにかく、芥見のと、ここだけの秘密ですから。由良姫の鬼化のことは」
眴は念を押した。下手に目をつけられて、ケガレ祓いの道具にされてはならない。
由良姫も後から聞かされ、未だに自分のことながら受け入れ難かった。
「俺、宇宙依さんのリポート読んで、ずっと気になっていたことがあって、チャットじゃちょっと……」
「俺も、宇宙にいの言う予定調和に由良のことが入ってるんか気になって」
「おう、それそれ!!」
宇羅彦が芥見本家へ電話をして話しこんでいた。
「今度ゆっくり話すって」
「そっか、てことは今は考えんでもいいってことだ、由良姫。わかったな?」
浩徳はずっと、うつむいている由良姫の背中をパシッと叩いた。
この時、すでにこの国は複都制となっていた。
東の首都と西の首都。
理由は、東の首都が徐々に首都としての機能を保てるか、危険視され始めたからだった。
まず第一に、国家元首とその一族の安全が確保できる保証がなくなった。
そのため、西の元首都へと移ることとなった。それに伴い、複都制を採用した。




