柏木の一族
ケガレが喋った。
それも、意味のない言葉ではない。まさしくその時その場で発せられるべき言葉だった。
もっと始末が悪いのは、ケガレとなった者と同じ声色だった。あたかも本人が叫んでいるように、完全に模しているようだった。
由良姫の頭の中にはずっと、直美の叫んだ「人殺し」という言葉がリフレインされていた。
直美は祓いの一部始終を見ていた。
ところが、気を失ってその後気がつくと、祓いの記憶は無くなっていた。両親は、この頃この国で急増しつつある、失踪事件扱いとなった。
直美は、母方の祖父母の家へ引き取られた。大きな街で、そこそこ財力のある家だった。
直美の母優美は、いわゆる本当のお嬢様だった。直美は県高から、大きな街のお嬢様が行く女子高へと転校した。
それは由良姫にとっては良い知らせだった。由良姫はやはりナイーブすぎた。
この先も、直美を見かけるたびに、あの日の祓いを思い出すだろう。
それが由良姫の一つの問題点だった。
そしてもう一つの問題点は、力の底が見えず暴走をコントロールできていないところだった。
宇羅彦はずっと、眴から目を離さないように言付かっていた。ところが、年齢とともにいつまでもずっとフォローすることは難しくなってきていた。
そんなところへ、柏木浩徳が現れた。
とにかく、まずはケガレの変容を最重要とし、情報共有が優先された。そして、ケガレが各地でどうなっているのか、調べていくことにした。
「宇宙にい、松本直美、ケガレにならず残った。予見と最後だけ狂った」
「そうやなあ、あの日両親に巻き込まれて一緒に、一塊のケガレになるはずやった」
「ケガレが喋ったんや。変わって来とる。それが原因か?」
宇羅彦は芥見の二人と、家に帰ってから話していた。
由良姫は、見た目にはわからないがダメージが強く、早々に休んでいた。
由良姫には、ケガレが発した言葉は、言葉として聞こえてはいなかった。ケガレが発する超音波のような、波動が直接由良姫を苛んでいた。
ケガレの変容のスピードの速さが気になる。
それが、ケガレと向き合う者たち全員の、苦悩するところだった。
「なあ、そろそろ神守我央とコンタクト取りながら進めなあかんちゃうんか」
宇宙依が、思わぬことを提案した。
「今回、予見の最後の着地点が違うのは、確実にケガレの変容が原因やろう」
万里依が難しい顏をして、深くため息を吐いた。
「とにかくまずは、由良姫の安定や。あの子は爆弾やから」
「俺もそう思う。あいつ今回も、すごく揺れまくってる」
宇羅彦は心配そうに、由良姫の現状を伝えるばかりだった。
「ケガレがケガレとなる前の人間の情報を得て真似ていると。それはあくまで真似であって、それによって祓いの手を鈍らせるのが狙いなのか」
宇宙依が、この変容を分析し始める。
同じようなことが、ケガレ化したミイラには起きていたという情報はある。
万里依が宇羅彦へ、由良姫が付き合い始めた柏木浩徳について聞く。
「眴さんは、なんて言うてるん?」
「今、元一族総力あげて調べとる。どうやら鹿野神の大叔母が知っとるようなこと言うとった」
「そうか。でも、一族の者ではないんやろ?」
「響家 奏家ともに戰人の系統であるのに比べて、柏木は違うらしい」
「柏木は、神自体を守護する家系だとか」
「その神っていうのが、なんなのかがわからへんねん」
ちょうど時を同じくして、浩徳は時計を見つめ、どうしようか悩んでいた。
午前5時。早朝とはいえ、まだ外は暗かった。
「まあ、とにかく今以上に密接な情報共有が必要やな」
まずは、パソコンのプロバイダによるチャット機能を利用して、鹿野神と猪野神と一緒にチャット会議をすることにした。
携帯でも使えるなら、ちょうどいいSNSがあると宇宙依が、とあるサービスの名前を出してきた。Mネットというサービスはグループチャットを手軽にできた。
そこに柏木浩徳も招待する。その前にどこまで秘密を話すかだった。
芥見の二人とで話し込んでいた宇羅彦の携帯に、柏木浩徳から着信があった。
「由良姫のことが気になって、今から行ってもいいかな?」
「いるのは本家の方なんで、わかりますか?」
「大丈夫や、気配で追える」
電話を終えた宇羅彦は、今から浩徳がここへ来ることを伝えた。
「ええっ!? この場所、知らんやろ。暗いし、道入り組んどるし」
万里依の驚きは当然のことだった。迷路になっているのだ、ここは。
話に出ていた、猪野神の二人、大那と虎雅は、東の首都圏内に家があった。
猪野神の本家は、まだ少し奥の山間に在った。
二人は時々、首都で手が足りない時に加勢をするようになっていた。
一方、鹿野神の二人、初音と凛華は西の首都の郊外に本家があり、そのすぐ近くで暮らしていた。
当時、この国では、首都を二箇所に分けて政治が行われていた。
それだけ東の首都ではケガレの事件が多発し、首都機能に問題が生じるようになっていたからだった。
ケガレの実態については、この時点でさえ未だ極秘扱いであった。
ただ一つ、西の首都にも重要な問題があった。
常世の大河と呼ばれる空間が存在するのは、目と鼻の先の大海(湖)のことだった。
その湖のすぐ側に、響家奏家の戰人の里は在った。
そこでは今も御子姫が常世との境に結界を張り、異形衆とともに穢の侵攻を食い止めていた。
ちょうど、その大海(湖)を隔てて真向かいの辺りに、柏木の一族は点在していた。
その祖は息吹の山から来た、鬼神を祀る一族だと言われていた。
「それは本当ですか……!?」
鹿野神の大叔母から、眴にもたらされた柏木の一族の話は、響家に伝わる祖の話との共通点が見受けられた。
響家の大祖母らが住むのは、息吹の山を越えた向こう側の麓の隠れ里だった。
そこが響一族の発祥の地であった。
響家と奏家は、元は同じ一族ではあるが、息吹の山麓に点在する者たちが寄り集まってできた里、贄の里の同族という意味での一族だった。
厳密に言えば、祖は別である。
だから、交わっていっても、結果的に力の源が違い、輪紋と響紋の一族に割れたのだ。
鬼神を祀る。その鬼神こそが、響家の祖だという。だからこそ、響家には鬼化する者が現れるのだ。
御子姫こそ、鬼神であった。
宇羅彦の父親は鬼人だった。そして、宇羅彦もまた鬼人である。
由良姫は、御子姫という響家の鬼の力の化身と、奏司という奏家の力を凝縮し増幅させた存在との間に生まれた子であった。
柏木の一族が祀る、鬼神こそが御子姫であり、由良姫は由良鬼に由縁する。
そして、御子姫には真白神と呼ばれ、贄の一族が大切に祀った子の力が受け継がれていた。
真白神は、一度贄の里から大海(湖)へ贄として葦舟に乗せて流した子が、何日も経ってから浜へ戻ってきた子のことである。
果たして、この真白の神はどこから来たのか、それもまた謎のままだった。
しかしながら、御子姫の誕生は真白の神の再来、先祖返りだと喜ばれた。反面、穢との新たな戦の凶報ともなった。
由良姫と宇羅彦、輪響紋を持つ双子の誕生は、常世の大河、大海が穢によってうねり荒れ狂う中でのことだった。
浩徳はバイクで芥見の本家を訪れた。
「ようわかったな」
「宇羅彦、由良姫に会わせてくれ」
来るなり、浩徳は挨拶もそこそこに、慌ててそう言った。
「寝とる」
「由良姫にはケガレが憑いとる。守り切らんかった!!」
「どういうことや」
「音だ!! ケガレの声を聞いただろう!!」
どうして、祓いの場にいなかった浩徳が知っているのか、宇羅彦は驚いた。




