初盆
由良姫と宇羅彦にとって、父親である奏奏司の初盆だった。
今回、鹿野神の二人はそれぞれ家の事情で、帰郷した。
猪野神の二人は、御子姫への面会を優先した。奏家は御子姫とは、どちらかといえば縁遠かった。猪野神は、元奏家である。
御子姫は今後のことを考え、眴からの提案を受け入れた。
由良姫、宇羅彦と一緒に、大那、虎雅も里へ向かった。眴が運転する車で、狐のケンも連れ、御子姫が結界を守る地へ。
そこはかつて、輪紋衆と響紋衆の若い戦人に溢れた里であった。
里の入り口では、豪鬼と剛拳が待っていた。もうここは、入るのに国の許可が必要な場所となっていた。
豪鬼は助手席に座っていた宇羅彦を、愛しそうにガシガシ頭を撫でた。剛拳は丁寧に頭を下げ車が入ると門を閉めた。
車は、一番奥にある大きな屋敷に入った。
すでにお盆の迎え火が終わっていた。高速の途中で事故があり、到着が遅れてしまっていた。
「御子姫殿、到着が遅れ、お盆の迎え火に間に合わず申し訳ございません」
皆が立って話している中、一人だけ丁寧に膝をついて謝る眴に、ふわっと手を伸ばし抱きしめる者がいた。
「こんな時まで、律儀なんだな。相変わらずにいてくれて、安心するよ」
その声を聞いた瞬間、眴は頰を涙が伝っていた。
「どうして…」
それもそのはずである。
会えるはずのない人が、そこにいたのだから。
「初盆ゆえのお取り計らいだ」
奏司は最後の戦人として葬られた。その初盆だった。
戦人として葬られた初盆には、魂がそのままの姿形で帰ってきた。
奏司は、真っ先に御子姫の元へ行き長い抱擁をした。その後に豪鬼と剛拳から、結界の状況を見聞きした。最後また、御子姫と長く今後の事を話し合っていた。
そこへ娘と息子の、由良姫と宇羅彦が到着した。
そして、長年の連れ添った相手の眴が来ていた。
眴はもう二度と会えぬと思っていた人、奏司との再会に人目をはばからず、抱きしめると泣き崩れていた。
初盆ゆえのことなのだと知った。送り火を焚いたら消え去る幻なのだ。
それでも、十分だと思った。もう一度でも、こうして肉体を伴って会えるのなら、もう一度だけでもいい。抱きしめあいたい。
それは由良姫も宇羅彦も同じであった。
ただ、眴の姿を見て、どれほど眴が父親を愛していたかを知った。その分、どれほど自分たちを大切にしているかもわかった。
御子姫は唖然として取り残されている、猪野神の大那と虎雅に声をかけた。
「猪野神の、よう来た。いくつになる?」
「虎雅です、十六です」
虎雅は、にこやかに御子姫へ笑いかけた。
「ほう、猪野神にも、肝の座った良い男がおるのう。奏司に初めて会った時に似ておる。」
「一緒に居る髪の色の明るい方は?」
「大那、同じく十六、です」
「ほう、こちらはこちらでまた、豪気な良い男じゃのう。由良姫の…」
そう言ったところで、御子姫は突き刺さるような視線を感じた。すぐそばにいた宇羅彦からだとわかると、笑い飛ばしておしまいにした。
由良姫は無邪気に、御子姫に何度もお母さんと言って寄っていた。宇羅彦はそれを遠くから眺めていた。
そんな宇羅彦は、父である奏司と、本当の父である豪鬼と、話すことが多かった。大那と虎雅も奏司とよくよく話した。
特にこれからの、ケガレの祓いと駆逐に対して。
眴に言えば、政府側へ提出前のリポートはすべて残っている。手分けして、皆で読むよう伝えられた。
「奏司さん、いいのですか。まだ、若すぎませんか」
「いや、もう時間の問題だ。今から認識を改めておいた方がいい」
「眴……側で子等をみていてくれるおまえには悪いが、そう余裕はなさそうじゃ。まずは今夜ゆっくり、奏司と二人きりで話して参れ」
「何を……御子姫殿……」
奏司は嬉しそうに眴に寄り添うと、奏家本家があった方へと歩いて行った。眴には、その日の奏司には抗えなかった。
これもきっと、短い盆の三ヶ日で、何かを伝えなければならない。その一面があってのことだろう。
そうして短いがゆえに、奏司と眴は、濃い濃い時を、最後の時を再び過ごせるよう。御子姫に贈られたのだ。
「こうしてもう一度、元気な頃のあなたに会えるなんて……」
「あなたとかじゃなくて、今夜こそは、奏司と呼んで」
眴と奏司は、かつて共に過ごした部屋で、時を越えたように抱き合っていた。もう今は、しきたりのない時代になっていた。
「奏司……」
お互いに何度も、奏司、眴と名前を呼びあった。
その夜、二人は長い時間を取り戻すように寄り添った。
言葉にできなかった想いも、触れる温もりも、静かに確かめ合った。
もう時間は多くないと知りながら、それでも二人は朝まで離れなかった。
それもこの初盆がゆえの奇跡だった。
二人は、最後に大切なことを話し合った。二人で育ててきた由良姫と宇羅彦のことだった。
由良姫は間違いなく奏司の子であった。
宇羅彦は、二卵性双生児である自分の父親は奏司ではないと気付いていた。
それならば、自分は由良姫を守らなければならないと言い出していた。
「そうか……豪鬼のようだな」
「ご自身の素性も……」
「ちょうどいい、時がない。初盆中に由良姫と宇羅彦に、はっきりさせよう」
「何をですか」
「決まりきっている、己らの宿命を、だ」
鬼の形相の奏司を、眴は抱きしめていた。
そのために、あなたは返ってきたのかと言わんばかりに。
「ああ……奏司……さん」
お盆の最終日、送り火の前に、由良姫と宇羅彦は揃って、御子姫と奏司に呼ばれた。
御子姫の手には、本来なら、十八歳の成人の儀で渡されるはずの、父奏司からの贈り物が携えられていた。
「そなたらの父である奏司と話し合って、少々早いが贈ることにした」
由良姫には紫翡翠の勾玉細工、宇羅彦は黒縞瑪瑙の勾玉細工、ペンダントの革紐の細工は鹿野神と猪野神のもの。一度結んだら決して外れない。
「二人に言い渡す。この勾玉はご先祖じゃ。これをつけるということは、そういうことじゃ。
母にも父にも、どうしてやることのできぬ宿命に身を投じるということじゃ。
良いのか……」
御子姫の声は震えていた。
なぜなら、最も忌むべき道へ子等を突き落とすのだから。
それなのに、見受ける娘、由良姫は事の大事さがわかっているのかどうなのか。
これほどの晴れやかな表情があるかというほどの、満面の笑みであった。
「お母さん、私はやるよ。生き抜いてみせる、あなたのように」
由良姫は細く小さくなった母、御子姫を抱きしめた。
──私は、大丈夫。あなたが、いたから。忘れないし。あなたはここにいる。
父奏司がいた初盆は、由良姫と宇羅彦に成人の儀に渡すべく用意した勾玉を渡して終わった。
最後の奏家総代として、猪野神の二人とも多く語り合った。
何より、眴が預かった多くのリポートを読む許可が下りた。
それは、いよいよ始動することを意味していた。
由良姫と宇羅彦、二人を中心としてゆるやかに始まっていたケガレとの地上での戦いが。
最後に眴は奏司に聞いた。
「本当にこれで良いのですか?」
「動けぬ大人たちより、子らを信じてみよう」
「行く末が同じならば」
「そうですね、行く末が同じ方向なら、変わるかもしれません」
「いっときなり、変わるなら」
奏司と眴はもう一度、最後にしっかり抱きしめ合った。
「大したものです」
「だろう?」




