『ザ・祭り』前夜②
今回の祓いは、神守我央にとっても進退を問われる可能性のある、非常に厳しいものとなった。
モドキによる気枯れのミイラ化は、人として在った時のように言葉を使う。それが今までの通常観念として扱われてきた。
徐々にそれは崩れ始め、喋りはするが言葉とは解せない状況になっていた。それでも、何かを伝えようと喋っていると、まだ人として認めようとする勢力が根強く残っていた。
これは政治だ。すべてが。
それを一人でねじ伏せていた奏家最後の総代が亡くなり、ケガレに対して国は混乱を来たした。
もちろんそうならないよう、奏司はすべて資料にまとめ時の権力者に渡していた。与党の副総裁に。
ところが、その人物が急逝してしまった。与党の舵取り役が消えた。与党はあっさりと過半数割れを起こし、国政の混乱を引き起こす。
時は、湯水のように金が沸いていたのを越え、斜陽の時期を迎えていた。
神守我央は、謂わば犠牲者だったかも知れない。
突然として響家奏家共、常世のケガレを封じるために、現世には今後一切関わること出来兼ねる。と、声明を出した。
それでも、最後の奏家総代、奏奏司は病床にありながら、最後まで御子姫と異形衆を護り抜くために命を賭した。
「それで終わりにしてくれ」
時の権力者との念書は、御子姫が懐に肌身離さず持っている。
御子姫と刺し違えること、同じくして国が滅ぶことを意味した。
神守我央は、年の離れた兄たちを尊敬していた。
それは随分と後になってから思い出したことだった。自分自身の記憶の中には薄っすらと夢のように残っていた。
自分が輪紋と響紋を併せ持つことで、ケガレによる魂の蝕を祓ったことを。
我央には、生まれた日の記憶はない。
母が刑に服していたことも。出産後は御子姫が引き取ると決まっていたことも。
生まれた瞬間、初の二つ紋だと判明し、行方が消されたことさえ。
すべて後から知った。
故意だった。利用するために、隠された。
神守に引き取られた日の記録もない。なぜなら、その前にすでにすべて、出生の事実も何もかも消されていたからだ。
幼い頃から、幼いながらも理解していたことがある。
自分は特別扱いされている。それは愛情だけではない。
値踏みと、恐れと、計算と。大人たちの思惑という膜の内側にあるもの。周囲の大人たちの視線の奥にあるそれらを、我央は敏感に感じ取っていた。
だが両親は違った。露骨に利用することはなかった。
むしろ怯えていた。影にいる者の存在に。
失敗しないこと。目立ちすぎないこと。隙を見せないこと。
それが我央を守る唯一の方法だと信じて、完璧に育てた。
母は、ときどき悲しそうな目をしていた。
産みの親が出産後、我央を抱いたのはほんの短い時間だったという。
それでも、名だけは残した。
「我央」
央という字は、首かせをはめられた人の形から生まれたと、後に知った。
人の中心である首を押さえる象。
中央。真ん中。制する位置。
──我を制する者であれ。
母はそう願ったのだと聞かされた。
利用される運命にあるなら。力に振り回されるなら。
せめて、自分の我だけは失うなと。
我央は、その意味を笑ったことがある。
首を押さえられた象形。なんと皮肉な名だ。
生まれた瞬間から消され、利用するために囲われ、値踏みされ続けてきた自分に。
だからこそ、都合がよかった。
首を押さえられるのは他人ではない。押さえるのは自分だ。
感情を暴れさせない。怒りを顔に出さない。恐れを悟らせない。我を制する。
それは我央にとって、鎖ではなかった。武器だった。
それは運命ではない。選択だ。
「あなたはあなたでいい」
そう言いながらも、完璧を求めるしかなかった人たち。
両親は悪くない。役割を背負わされただけだ。
兄たちも同じだった。誰よりも秀で、誰よりも背負わされていた。
だから我央は決めた。
弱みは見せない。内心は明かさない。失敗はしない。それが我が身を守ること。
我が身を守ることは、一族を守ること。御子姫を守ること。兄たちとの絆を守ること。それは、二人の残した誇りそのものだった。
「俺がやるしかない」
それは犠牲ではない。誇りだった。
我央は、すでに今夜のケガレ祓いの方向性を決めていた。
ホテルの部屋へ突入した時点で、すべてを祓う。
それがミイラ化であっても、いずれわずかな時間差で、どうせケガレへと変容してしまうのだから。
それならば、人手が足りない分、人間の犠牲者が少ない方を取る。
答えは明確だった。
新プリのセミスイートでは、パーティーへ招かれたチームメンバーの女子たちが大きな声で騒いでいた。
彼女たちの、もっと! もっと! と可愛い声で場を盛り上げる姿に吸い寄せられみんな寄ってくる。
部屋には男だけでなく女も大勢いた。
男たちは滅多にお近づきになれない、本物の女子高生二人には甘かった。
他の女子たちも高校卒業してはいても、そこそこ名の売れたグラドルだったりした。
皆、女子たちから発せられる、モドキの臭いのせいなのか。理性を失ったようにバカ騒ぎを続けていた。
セミスイートの空気は、やけに甘かった。それはこぼれ落ちた炭酸ジュースの甘さだけではなかった。
「ねえ、もっと盛り上がろ?」
肩に触れる指先は軽いのに、どこか離れない。目は潤んでいるのに、光がない。
男も女も、その笑顔に吸い寄せられるように円を作る。
拍手、歓声、乾杯の音。
けれど笑い声は少しずつ高く、細く、同じ調子で繰り返されていく。
まるで誰かが裏で糸を引いているかのように。腐った魚に似た甘い匂いが、ゆっくりと部屋を満たしていた。
誰も、誰一人、異常だと思う者がいないのが不思議なほどの光景だった。
部屋の外まで聞こえてくる狂乱の声。
それと同時に、モドキが発する腐った魚のような臭い。腐臭はそれだけ、モドキが巣喰って、気を喰らい尽くす証でもあった。
「中の様子はどうだ」
我央に聞かれ、視ようとした瞬間、眼を持つ者は嗚咽を漏らしていた。
あまりのことに言葉を発することもできなかった。
「まだ、行かないのですか」
現世の眼を持つ、神守玲は口元を拭いながら聞いた。
「もう少し待てば、全員確実にミイラ化するだろ」
結界を張る者が二人、突入の準備を始めた。
我央は特大の輪響紋、二つ紋を繰り出していた。
かつて、奏司を魂の蝕から救った術で、十人近い人がケガレとなるのを待ち、容赦なく消し去ろうとしていた。
「行くぞ」
我央が扉を開けると、一気にモドキが降るように向かってきた。
「宿主が気枯れを起こした証拠だ」
気兼ねなく我央は術を繰り出した。大きな光が、ドス黒い塊を呑み込んだ。
「やはり、さすがに…」
我央は今度は先程より一際大きな光を作り出すと、中途半端に祓われた状態のミイラたちに向かって術を放った。
「ぎゃああああああっっ!!」
「いやあぁぁぁぁぁっっ!! 」
「おかぁさん、たすけてぇぇぇぇぇっっ!!」
断末魔の声が響き渡った。
それはいつまでも耳に残りそうな、若い女の悲鳴が尾を引いていた。
『ザ・祭り』は何事もなかったように、翌日から三日間続けられた。
東高のダンスチームは、二日目午後四時頃からの出場順だった。その前に全員で東高に集まり練習をした。
その時、なぜかダンスのフォーメーションがおかしなことになっていた。
いたはずの人間が突如いなくなったことで、ダンスのフォーメーションを変えざるを得なかった。ところが、誰も不思議がることもなかったのだ。
「あれ? こんなフォーメーションだったっけ?」
「ちょっとおかしいから、直すぞ」
ミツ先輩とアキ先輩がチームの中に入って、あっという間にフォーメーションの組み直しが行われた。
ケガレとして祓われた者は、どうやら存在自体がなかったかのように認識されるようだった。
大那と虎雅だけは違った。
あの二人は昨夜祓われたのだと、悟った。
ミツ先輩もアキ先輩も、この中の誰よりこの夏近くにいた。それなのに、こんな風に記憶から抜け落ちていくのか。
大那と虎雅は、改めてケガレと化すことの無情さを形として見た気がした。
そうなのだ。祓う側の者たちには、しっかりと祓った記憶として残っていた。その体験がトラウマとなり、祓い自体ができなくなる者も少なくなかった。
今回の祓いもその一つとなるところだった。
神守我央は、今回の祓いに関わった全員に向い冷徹に言い放った。
「ケガレの陽動に乗せられてどうする。断末魔の悲鳴など、いくらでも作り出せる。相手はケガレだ」




