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ミ☆ 警視庁追儺課 ☆ミ

 廊下の曲がり角を曲がってしまえば、彼らを見咎めた男性巡査は見えなくなる。

 さやかはそれを確認してから憂さを晴らすようにぶるぶると首を横に振って、目の前を歩く十和を追い越してまた先頭へと躍り出た。

 十和は自分を追い越していくそのさやかの背中に声をかける。

「さやか」

 さやかは答えない。聞こえてはいるのだろう。だが、彼女は十和の呼びかけを無視してずんずんと先へと進む。十和は困ったように眉間に皺を寄せると、もう一度はっきりと名前を呼んだ。しかしそれもあっさりと無視されてしまう。

 仕方なく、十和は彼女の『本名』をぽつりと口にした。

「……剛志」

「だれが剛志よ」

 今度は素早く鋭い返事が返ってくる。そう呼ばれるのがよっぽど心外なんだな、と十和は思った。その心情は尊重されるべきだとも思うが、返事をしてくれないのは困るのだ。

「坂田さんから、署の人間とトラブルを起こさないようにって言われてるじゃないか。ああいう時、もうちょっと穏便に済む方法を模索した方がいいんじゃないか?」

 それは心ばかりの忠告だった。だが、さやかはきっと表情を険しくして十和をにらむ。

「私だって揉めたいわけじゃないわ。でもじゃあ、他にどうしろって言うのよ」

「それは……」

 本来ならば、彼らのようなイレギュラーな存在が要らぬ衝突を防ぐには、周知を徹底することが第一だが、さやかはこの通り書類上の記載と実際の見た目がちぐはぐだ。それをいちいち最初から説明するのは彼女にとって苦痛だろう。

 しかも、彼らの所属する部署は表立っては『存在しない』ことになっている特殊なものだ。広く周知をはかるというのも許可が下りるとは思えない。

 十和が思案している間に、さやかは廊下の突き当たりにある素っ気ない鉄扉の前へと到着していた。扉の上に掲げられたプレートには、『■■課』とだけ書かれている。■■の部分は誰がこんなことをしたのだろうか、ぐちゃぐちゃと書き損じを消すように黒く塗りつぶされていて下に何と書いてあるのか解らない。しかし、その上の僅かなスペースに申し訳程度に細い気の抜けたような手書きの字で『やらい』と書かれていた。

 しかしさやかはそのプレートを見もせずに勢いよく扉を開け、早くしろとばかりに十和に視線を送る。慌ててさやかを追った十和は、扉の前で立ち止まって一度だけプレートをちらりと見ると、少し複雑そうな顔をしてからさやかに続いて扉をくぐったのだった。

 その扉の向こうにあったのは小さなオフィス。デスクが奥に一つ、それとは別に向かい合わせで二つ、計三つ設置されていて、それでほぼいっぱいいっぱいのごく小さい規模であることを除けば一見して変わったところは見られない。

 オフィスの一番上座に位置する奥のデスクには一人の青年が座ってデスクワークをしていた。年頃は二十代半ばくらいだろうか。きっちりセンターで分けられた前髪、細い銀フレームの眼鏡と切れ長の目、灰色のスーツをかっちりと纏ったすらりとした体躯。どこか神経質そうな見た目だ。

「ちっ、もうそんな時間(放課後)か……」

 青年はそのイメージと違わぬ鋭い目つきでオフィスに入ってきた十和とさやかを睨み付けると、彼らに聞こえるようにわざと大きく舌打ちをする。

 どうやら歓迎されてはいないらしい。

 しかし十和はそんな彼の反応に慣れているようで、何も言わずに青年のデスクとは別に向かい合わせに置かれた二つのデスクのうち、向かって右側の席にすとんと着席する。一方でさやかはひょいと肩を竦めてから、両手を腰に当てて白けたように青年からわざと視線を逸らせて呟いた。

「不満なら、一人で事件を解決してみなさいよ」

「……なんだと!?」

 言外に『出来るものならやってみろ』というメッセージを込めたさやかの煽り言葉に、青年はぎろりとさやかを睨むと、気色ばんで立ち上がる。売り言葉に買い言葉。二人は互いに奥歯を噛み締めてにらみ合う。

 十和はどっと疲れたような顔をして手にしていた竹刀袋をデスクに立てかけながら、仕方ないと言うように二人の会話に割って入った。

「さやかも坂田さんも、いい加減にして下さい。俺たちが呼ばれたということは、事件は既に起こっているんでしょう?」

 十和のごく正論を語る言葉が二人の心に響かないのはいつものことだ。

 さやかは反省した様子もなく、つんと唇を尖らせながら十和のデスクと向かい合わせになっている自分のデスクにがたんとわざと大きな音をたてて着席する。坂田と呼ばれた青年もしばらくはそのさやかを憤懣(ふんまん)やるかたないといった様子で目で追っていた。

 しかし坂田はすぐにはっと大きく息を吐いて、手元にあった資料を二人の手元へとそれぞれに投げて滑り込ませる。

 そこには普通はとうてい学生には見せられない無惨なありさまになっている男性の遺体の写真も添付されていた。

 その写真を見て、十和は少しだけ眉を寄せて傷ましそうな表情をするが、さやかは何の感慨もない様子で資料をめくることに始終する。

「被害者は『金丸(カナマル)大翔(ダイト)』。二十六歳。二丁目のホストクラブ『CheerS(チアーズ)』で『ハル』の名でホストをしていたそうだ。昨夜は普段通りに接客していたが、途中で姿が見えなくなった。元々勤務態度も良くなかったらしく、店としてはあまり気にしていなかったようだ。だが今朝方、店の裏手のゴミ捨て場に『その状態』で棄てられているのが発見された」

 坂田はそこまで一息で言うと、眉間に皺を寄せたままデスクに置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを軽く呷って喉を湿らせた。そして続ける。

「……普通なら刑事第一課が殺人事件として捜査するところだが、上からストップがかかった。この事件の犯人には刑事課では対応しきれない。そう判断された。つまり、俺たち『警視庁(けいしちょう)追儺課(ついなか)』の出番ということだ」

 そう言って、坂田はばんとデスクを掌で強く叩いた。威圧的な、と言っていいだろうその態度。しかし、十和は少し申し訳なさそうにちらりと青年を見ただけ。さやかに至ってはうんざりしたような顔で坂田を見て野次を飛ばす。

「……なぁにが『警視庁』よ。ここはS宿だっての」

 さやかの野次に、十和はさやかを咎めるような視線を送り、坂田は一瞬だけ表情を歪める。だが、坂田も負けずに侮蔑のこもった目でさやかを睨んでから、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。

「……ふん、特例で警視庁の名を背負っただけの子供は誇りに欠けていていかんな。俺たちはここに出向しているだけであって、所属は警視庁だ。お前達が甘い認識で何か不始末を起こせば、警視庁の名に泥を塗ることになる。そのことをよく肝に銘じておくんだな」

 ああ言えばこう言うを繰り返す子供のような二人の態度に、十和は頭痛がするような気分で指先をこめかみに触れさせていた。



☆ミ



 かつて、人は夜を、闇を恐れた。

 いくら火を灯そうとも消えることのない闇。

 そこに跋扈(ばっこ)する『鬼』を恐れた。


 しかし、時は現代(いま)

 科学技術の進歩によって夜にも限らず照明が煌々と闇を照らす。

 気付けば闇を恐れる者は、(いちじる)しく減っていた。


 『鬼』などという存在はおおよそ、現実には存在しない。

 昔の人々が闇を恐れる心から作り出したまやかしである。


 多くの現代人はそういった認識の下で日々を暮らしていた。

 人々の心から『鬼』という存在は排除され、なりを潜めたかに思えた。


 しかし『鬼』は今も確かに薄暗がりから人を狙っている。

 人の心の柔らかい部分に狙いを定め、血を(すす)り命を喰らう。


 そしてこの現代にも、その『鬼』から人々を守るための『剣』が人知れず存在していた。


 彼らは警視庁追儺課。

 通称、鬼やら()いの『やらい課』。

 人知れず『鬼』を討つ者たち。


 追儺課は基本的に鬼と渡り合うための特殊な能力を発現した者にしか門戸を開かない。

 混乱を避けるため、その存在は一般には公開されていない。


 文字通り、選ばれた者だけが入ることの出来る部署であった。

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