ミ☆ 邂逅 ☆ミ
「……う」
十和は小さくうめいて薄く目を開けた。
薄暗い路地裏に置かれた青いポリバケツの狭間で、土埃の酷いコンクリート敷きの地面に倒れ込むようにして意識を失っていたらしい。意識を失っていたのはものの数分のことのようだったが、血が足りないのか、視界は幾重にもブレていて酷い眩暈もする。
その覚束ない意識の中で、十和は必死に現状把握に努めようと今までの成り行きを思い出していた。
(あの後、坂田さんたちをなんとか宥めてから、さやかと二人で『鬼』を討伐しに出たのは覚えてる。繁華街の路地裏でさやかが結界を展開して、その中に『鬼』を誘い込んだ。……でも、それからどうしたんだっけ?)
十和の記憶は酷く混乱していた。
何も覚えていないわけではない。十和の前に現れた『鬼』が片腕に薙刀を、もう片腕に大事そうに薄汚れた襤褸を携えた痩せぎすの女の姿をしていたことは覚えている。黒い着物を着た『鬼』はその黒髪を振り乱し、目を爛々と赤く光らせ、口もおとがいが外れんばかりに裂けていた。そして、何よりも額には見紛い様のない二本の長く伸びた『鬼』の証、角が生えていた。
それを確認した十和は、手にしていた竹刀袋に仕込んでいた退魔刀を一息に抜き放ち、裂帛の気合いと共に『鬼』と深く切り結んだのだ。
しかしその直後から、十和の記憶は不確かなものとなっていた。
気付けば十和は『鬼』に一太刀浴びせられ、手酷く負傷してここに逃げ込んでいたのだ。
(くそっ、しっかりしろ俺!)
十和は自分を叱咤して震える手で地面を突く。
いつもの何倍にも重く感じる身体を起こそうと力を込めたその時だった。じゃり、と近くで土埃を踏みしめる音がした。
ここはまださやかの展開した結界の中。そしてその中にいるのは十和と『鬼』だけのはずだ。ならば、この足音の主は――。
「――ッ!!」
十和の背筋に冷たいものが走る。
もしかしたら次の刹那が自分の最期かもしれないと思えば、胸は逸り、手のひらは泥濘む。
飛び起きて退魔刀を手に取れればいくらか生存率は上がるだろう。だが、十和は意識を失った時に退魔刀の在処を見失っていた。必ず近くにはあるはずだが、短時間で視線を巡らせてそれを探すだけの余力は残されてはいなかった。
(万事休す、か……)
いつあの薙刀が自分に向けて振り下ろされるか解らない。
しかし、十和はぎこちなくも顔を上げ、自分を見下ろしているだろう『鬼』を見上げて睨み付けようとした。それは彼の最後の自尊心であった。
だが、上げたその視線の先にいたのは、とても意外な人物だった。
まず目を引いたのは脱色を繰り返したためか傷み気味の金色の髪。そして次に、その下で興味深そうに十和を見つめるくりくりとした印象の真っ黒な二つの瞳に目が行った。指で摘まんだような小さな鼻とお揃いの小さな唇をつんと尖らせている。
そこにいたのは半ズボンに仕立てた黒いスーツに身を包んだ、小さななりの少年だったのだ。年は十一、二歳くらいだろうか。利発そうな、可愛らしい見た目の少年だ。
「えぁ……?」
思わず十和の肺から漏れた空気が、間抜けな感嘆になって口から飛び出した。
(少年!? 人間……か?)
咄嗟に少年の額に目をやるが、そこは平坦で何もない。
(……鬼ではない、のか?)
一瞬、何も知らない普通の少年が迷い込んだのかと思った。しかし、すぐに十和はその考えを改める。
そうだ、この子が『普通の少年』ならばそもそもこんな所にいるはずはないのだ。
ここは真夜中の繁華街の路地裏。しかも、さやかという一流の術士の張った結界の中だ。普通の少年が易々と入ってこられるような環境ではないはず。
(ならば、この少年は一体……?)
小さく喉を鳴らして、十和は油断なく少年を見据えた。コンクリートの床に突いた手をぎりっと握りしめる。
すると、その十和の緊張を感じ取ったのだろうか。今まで棒立ちのまま真摯に十和を見つめていた少年は、小さく小首を傾げて呟いた。
「ねぇ、キミ、大丈夫?」




