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ミ☆ 誰そ彼(たそがれ) ☆ミ

 時はまだ日没の残光で薄明るい夕刻まで遡る。

 場所はS宿区西部を管轄とするS宿警察署の庁舎。その規模はこの国の警察署においては並ぶものはなく、多くの警察官が昼夜を問わず国と人の秩序と安全のために働いている。

 だがその庁舎の廊下を、やや場所に似つかわしくない二人が歩いていた。

 一人は竹刀袋を背負って歩く詰め襟の学生服を着た少年。もう一人はブーツのかかとを高らかに鳴らしながら颯爽と歩くセーラー服の少女だ。

 頭の丸みの綺麗に出る癖のない髪型と少し幼く見えるものの凜とした涼やかな顔立ちの少年は、その立ち振る舞いや身に付けているものの雰囲気からすればごく素直そうな少年で、いわゆるやんちゃをして警察にお世話になっているとは思いがたい。

 一方少女の方は、ツーサイドアップにした可愛らしい髪型に彩られたつり気味の大きな目が勝ち気な印象の美少女だ。ナチュラルな印象になるように計算されているもののばっちりと決まった化粧やセーラー服に合わせるには珍しい白い編み上げのブーツもあいまって少々派手なイメージも与える。だが育ちがいいのだろうか、その所作は総じて優雅で上品だ。こちらも不名誉な理由で署内に慣れているというわけではないだろう。

 しかしここは庁舎内でも会議室などが並ぶ一画。警察官や関係者ならともかく、学生が案内もなしにうろうろとしていることなど本来ならないはずの場所なのだが。

 それでも二人は迷うことなく署内を闊歩(かっぽ)する。すれ違う警察官たちも、大半は彼らを見ても驚きもしない。たまに若い新人らしき警察官がぎょっとしたような顔で彼らを見て、同僚に確認するような眼差しを送ることもあったが、すぐに『慣れた』同僚に静かに首を振られるのだった。

 曰く、『関わるな』。

 彼らの存在はS宿署に勤める警察官の間では一種のタブーであるようだった。

 だがごくたまに、同僚からの忠告が間に合わず、警察としての正しい正義感を遺憾なく発揮してしまった新人職員に呼び止められることもあった。

 今日も、まだ着任して間もないだろう若い男性巡査がすれ違いざまに彼らを咎める口調で呼び止めたのだった。

「君たち、学生がどうしてこんなところをうろうろしているんだ!」

 その声にまず反応したのは少女の方だった。彼女は呼び止めた巡査を振り返ることもなく、チッと鋭い舌打ちをしてその場で不機嫌そうに腕を組む。続いて、少女が反抗的な反応をしたことに慌てたのだろうか、少年が軽く会釈をしながら巡査を振り返った。

「す、済みません。でも俺たちは怪しい者じゃ……」

「何言ってるんだ、こんなところまでもぐり込んでおいて! 一体何しに来たんだ!? 名前は!? どこの学校の生徒だ!?」

「えーと……」

 少年の弁明はその巡査の疑念をあおる結果にしかならなかったようだった。矢継ぎ早に問い詰められて口ごもった少年が困ったように少女に目配せをする。

「全く、これだからここに来るのはイヤなのよ」

 少女は少しわざとらしい可愛い声でそう言いながら目を細めて『使えない』とでもいうように少年を見たが、すぐにため息をついてずいと少年と巡査の間に割って入る。そしてセーラー服の胸ポケットから手帳を出して開き、彼の眼前に差し出したのだ。その少女の行動に慌てて同調して、少年も同じ手帳を取り出して警察官の目の前に開示する。

「ほら、これでいいでしょ。早く確認してよ。私たち、これでも忙しいんだから」

「全く、これに懲りたらこんな馬鹿なことは――」

 巡査は二人が生徒手帳を差し出したのだと思い込んでそう言いかけたが、目の前に突き出された二つの手帳を見て凍り付いたように動きを止めた。

 突き出されたその手帳には見覚えがあった。むしろ、自分も所持しているものだ。

「け、警察手帳……!?」

 鈍く光る警察記章が下部に配されたその手帳は、警察官の身分を証明する大事なものだ。学生がおいそれと持っていていいものではない。すぐに偽物を疑った巡査だが、本物の手帳を見慣れている彼にもそれは偽物に見えない。

 戸惑いに揺らめく彼の目が、苦し紛れに身分証をあらためる。そこに記されているのは本来であれば手帳の持ち主本人の写真と階級、そして名前だ。

 少年の手帳には学生服を着た少年の写真の下に『警部補 渡辺(わたなべ)十和(とおわ)』と大きく書かれている。本物の警察手帳ならば本来は警察の冬用制服を着用した写真が使われるものだが、それ以外は偽造防止用のホログラムまでもがきちんと形式通りに貼られていて、重ねて偽物には見えなかった。

「学生が何で警察手帳を……しかも警部補だって!?」

 巡査である彼からすれば本来、警部補は上司だ。キャリア組なら二十代前半で警部補になるが、勿論若干の幼ささえ見え隠れする目の前の少年が見た目に反して二十代であるとも思えない。

「す、すみません。でも本当です……『特例』で……」

「『特例』……」

「ま、そういうことだから」

 そう言って早々と警察手帳を畳もうとした少女。しかし驚愕して放心していたように見えた巡査の手が素早くその少女の手を引き留める。

「待ちなさい。でも、君はその手帳の持ち主じゃないだろう!?」

「ッ……!」

 少女は小さく息を呑んで足元に視線を落とす。反対に、少年は『しまった』といった風情で空中を仰いだ。

 確かに少女の警察手帳をよく見れば、そこには少女とよく似た可愛らしい顔をしてはいたが髪の短い学生服姿の少年が写っていたのだ。しかもそこに書かれている名前は『警部補 卜部(うらべ)剛志(たけし)』。男性名だ。

「さあ、白状しなさい! 君たちは一体――」

 鬼の首を取ったかのように勢い込んだ巡査は、しかし今度もそこまで言った所で言葉を途切れさせることになった。彼の言葉の続きをかき消すように、少女の低く抑えた、しかし存在感のある恨めしげな声がその場に響いたのだ。

「うるっせぇな……。私だってこんな可愛くない格好と本名なんかで手帳作りたくなかったっての。坂田のバカが認めないって煩いから本来の制服でウイッグも外して撮ったけど、本ッ当に可愛くないし、名前はゴツくて気にくわないし……」

 ぶつぶつと言葉を連ねるその声はそこまで低いというわけではない。しかし先ほどまでの少女の少々わざとらしい声とも違い、少年のものだと言われればそれは自然な気もした。

 巡査は今度こそ目を白黒させて目の前の少年少女を見つめることしか出来なかった。その巡査の為などではないが、なるべくなら関わり合いになりたくない様子で空中を見つめていた少年が、不機嫌なオーラを隠しもせずにその場でぶつぶつとどす黒い文句を並べ立てていた少女に仕方なく声をかける。

「さやか――」

 やっと望んだ名前で呼ばれたからだろうか、少女はぶすっとしながらもぐちぐち呟いていた文句をやっと噛み切るように途切れさせた。

 少年は心底ほっとしたように息を吐く。彼もまた、この気難しい少女の扱いに翻弄されているのだろう。

 しかし、ちょっとした共感を味わったのは巡査の方だけだったようだ。少年は彼を見上げると、遠慮がちに小さく会釈をして見せた。

「そういうことですから、これからはよろしくお願いしますね」

 小さく手を合わせて暗に『もう係わるな』と言ってから、少年は少女に『行こう』と目配せをして、先を急ぐようにその場を離れる。少女は巡査の横を通り過ぎる時にべっと舌を出して見せると、少年の後を追って廊下の曲がり角に消えた。

 その場にただ一人残された巡査は、得も言われぬ大きな感情を持て余しながらそこにじっと立ち尽くすしか出来なかった。

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