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ミ☆ 子供と大人の境界線 ☆ミ

 ここはS宿の大歓楽街。深夜でもネオンが輝き人が行き交うこの街は、まさに不夜城と言うに相応しい賑わいを見せている。しかしその賑わいから少し足を踏み外せば、その先には薄暗い路地裏がぽっかりと口を開けているのだ。

 入り組んだ路地裏に忘れられたように存在する僅かな空き地。そこには深夜にも関わらず子供達のはしゃぐ声がこだましていた。その空き地にはいくらかの子供達が集まり、寄り添って何気ない話に花を咲かせたり、無邪気にふざけあったりして遊んでいる。

 ここはナイトチルドレンの縄張り。いくつかあるたまり場のうちの一つだった。彼らには休む時の決まった寝床すら持たない者が少なくない。そのかわりのように夜の間、こうやってたまり場に集まって情報を交換したり交流して楽しんだりしているのだった。

 ジョンはその子供達を他より一段高いところから見つめていた。廃墟になったビルの錆び付いた非常階段がジョンというキングの玉座だ。非常階段の踊り場から仲間達の遊ぶ姿を見るのが、ジョンの幸せだった。

「ジョン」

 しかし、不意に名前を呼ばれて、ジョンは階段の下に目を向ける。そこには他の子供達より幾分年嵩(としかさ)の少年がジャンパーのポケットに手を突っ込んで立っていた。

「……ナオキ?」

 その少年、ナオキはナイトチルドレンの中でも古株に相当し、キングであるジョンには及ばないが発言力もある少年だ。明るい性格で、ナイトチルドレンたちの良き兄貴分でありムードメーカーの役割も果たしていた。

 だが、その彼のいつもとは違う緊張した面持ちに、ジョンは少しだけ眉をひそめる。

「どうしたの、何かトラブル?」

 カン、カン、と軽い音をたててゆっくり非常階段を下りながらナオキに訊ねるジョン。だが、これがトラブルなどではないことは何となくジョンには解っていた。

 案の定、ナオキは首を横に振る。そして、少し言いにくそうにしながらも、ジョンに目的の言葉を伝えた。

「……ごめんな、俺はもうナイトチルドレンじゃいられないんだ」

「――――――」

 瞬間、ジョンは何も言えなかった。ただ、真顔になってナオキの顔を見る。

 ナイトチルドレンでいるのに必要な条件はただ一つ、子供であることだ。何をもって子供と大人を線引きするのか。それについては大まかに二つの取り決めがあった。

 まずは『年令が十八歳以下であること』。ナイトチルドレンには自分の正確な年令が解らない子供も多いが、ナイトチルドレンになった時に皆との話し合いで決められた年令が十八になるまでが最長の期限とされる。

 だがジョンの記憶によればナオキはまだ十八歳にはなってはいない。まだ一年と少しほどの猶予があるはずだ。

 だとすれば、ナオキはもう一つの取り決めによってナイトチルドレンから離れざるを得なくなったということなのだろう。

 実際、十八までナイトチルドレンとして活動できる者は多くはない。多くはその『もう一つの取り決め』に抵触してナイトチルドレンから離れ、大人としての生活を始めるのだ。

「……そんな顔するなよ」

 ナオキは、自分が当事者であるかのように苦しそうに表情を歪めたジョンを見て、逆に吹っ切れた様子でジョンの小さな鼻を軽く摘まもうとした。いつもなら仲間内の軽いノリでされるその仕草。だが、鼻を摘まむ寸前でナオキの手は止まり、行き場を失ったように空を掻いた。そして首を横に振る。

 そして、苦く笑いながらも()()()()表情でその言葉を告げた。

「俺はもうナイトチルドレンじゃないからな。だって、俺は恋をしてしまったから……」

「ナオキ――……」

 ジョンは彼の名を小さく呼び、しかしその後になんと続けていいのか迷って口を噤む。

 殆どの者が抵触せずに十八を迎えることが出来ない、ナイトチルドレンであるための取り決め。それこそが『恋をしたことがないこと』だった。

 勿論、恋をしないで大人になる者もいる。未成熟で恋をする者もいる。だけど、やはりおおむね恋をすることで大人になった自分を自覚する傾向があることは否めない。

 それに、ナイトチルドレンというコミュニティの中で生活するには少なからずワンフォーオールの精神が必要不可欠でもある。しかし恋をして『特別な人』の出来てしまった者にその完全な履行は難しいのではないか。そう唱えた者が過去にいたのだ。

 まだ恋をしたことなどないジョンにはそれが正しいのか間違っているのか解らない。だけど、その理由で仲間が離れて行く度に、彼はどこか歯痒いような気持ちになるのだった。

 だが、そのジョンの態度をナオキはどう受け取ったのだろうか。折しもナオキの異変に気付いたナイトチルドレンの一部が険しい顔でナオキを見つめていた。

 それは既に『よそ者』を見る時の視線だった。彼らはナイトチルドレンの中でやや保守的な思想を持った一派だ。彼らにとって恋をしたなどと(うそぶ)く者はすでに仲間とは認められないのだろう。

 しかしナオキは特に気を悪くした様子も見せず、その彼らに向かってひょいと肩をすくめて見せた。

「じゃあ、俺はもう行くよ。ここにいると名残惜しくなってしまうからな」

 それから、そう冗談のように呟いてジョンに背中を向けたナオキ。彼は何か言いたげなジョンに肩越しに軽く手を振ってから、いともあっけなくナイトチルドレンのたまり場を後にした。

 ナオキの小さくなっていく背中を見つめながら、ジョンは考える。

 もし自分なら。もし自分が将来、恋をしてしまったとしたら。ナオキや今までに恋をしてナイトチルドレンではなくなった者たちのように自分から言い出せるのだろうか。

 ジョンにとって『子供』とは全ての可能性を持った特別な存在なのに対して、『大人』とは愚かで汚くて画一的な、おおよそつまらない存在だった。自分が恋をしてそのつまらない大人になってしまったことを認められるのだろうか。

 ナイトチルドレンのキングたるジョンにはナイトチルドレンでなくなった自分など考えられなかった。今が一番楽しくて、充実していると感じる。おおよそ今のジョンに出来ないことなどないと感じる。それなのに自分が一日を過ごすたびに、そのつまらない大人へ確実に一歩近づいているのだ。それを考えるだけでジョンは気が狂いそうになる。

「ジョン」

 ナオキが去った後も、見えなくなった彼の背中をじっと見つめるように立ち尽くしていたジョン。しかし、いつの間にか自分の隣に立っていたエティエンヌに声を掛けられてはっとする。

 エティエンヌは見えなくなったナオキの背中に向かって吐き捨てるように言葉を投げた。

「ナオキは愚かです。恋などしなければ、あと一年はナイトチルドレンでいられたものを。下らない恋なんかに囚われて、自分から大人なんかに成り下がりに行くなんて……」

 もしも恋をしたことのある者がその場にいたのなら、あるいはエティエンヌの言葉に反論することもあったかも知れない。だがあいにくここには恋をしたことがある者はいない。この場にいる子供達にあるのはただ、大人になること、そして恋をすることへの恐怖と不安だけだった。

 しかし、ジョンがその瞳に隠しきれない不安の色を湛えていたのは一瞬のことだった。彼はおもむろに何かを思い直すようにゆっくりと顎を上げ、ひしめくビルの隙間から見える狭くて暗い夜空を見ると、エティエンヌに同調する言葉を紡いだ。

「そうだね……」

 そして心に誓う。

(ボクはナイトチルドレンのキング、ジョン・ドゥ。この地位と名誉にかけて誓おう。ボクは絶対に恋なんてしない……!)

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