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ミ☆ エティエンヌの憂鬱 ☆ミ

「~♪」

 場所は引き続きタワーマンションの上層階に位置するジョンの元『パパ』の家。ジョンは小さく鼻歌を歌いながら、今度は食卓に置かれた椅子に座っていた。椅子の背が高く、ジョンの発達途上の足の長さでは床に足の裏がつくことはない。足をぶらぶらとさせて寛ぐジョンの肩には小悪魔が丸まって気持ちよさそうに休んでいた。

 ジョンは小悪魔の鼻先に指を近づけてこちょこちょとくすぐり、彼(?)が小さくくしゃみをするのを愛しそうに見つめている。まるきりペットと飼い主の戯れのようであった。

 しかし、そのジョンの背後に不意にぬるりと現れた男の影が立つ。

「……ジョン」

 その影がジョンにぼそりと話しかけた。よく見れば、ジョンの背後に立ったのはまだ年若い少年だ。中学生か、高校生くらいの年頃だろうか。ジョンと違って天然であろう金色の髪はノーブルな雰囲気をかもしている。だが、どこかどんよりとした雰囲気を宿した暗い翡翠の色を(たた)える三白眼の下には濃いくまが出来ているし、酷い猫背がすらりとした体躯を台無しにしている。しかも、身につけた衣服は真っ黒な喪服だった。

「エティエンヌ、後片付けはできた?」

「ウィ」

 エティエンヌ、と呼ばれた少年は返事だけを異国語でしてみせた。

 そして先ほどまでジョンの元『パパ』の男が振り上げていたガラスの灰皿を見る。

 それは男が振り上げる直前の位置に戻っていた。高いところから落とされた割に欠けたりヒビが入ったりした様子もない。

 それは全てがエティエンヌの『手配』によるものだった。()(どころ)ない事情によって現場が荒れてしまった場合に、いかなる手段をもってしても元通りに復旧する。それがエティエンヌの仕事の一つだ。

 だが続いて、エティエンヌはどこか不満そうな顔を隠しもせずに奥の寝室へ繋がる扉へ視線をやると、そのまま扉を苛立たしげに睨み付ける。

「……エティエンヌ、何かボクのすることが気に入らない?」

「……ッ、ノン!」

 ジョンの急な問いかけに、エティエンヌは一瞬ぎょっと目を見開き、それから駆け込むように慌てて首を横に振って否定する言葉を紡ぐ。しかし、その視線はうろうろと辺りを彷徨っていた。

「隠さなくてもいいんだ。正直に言ってごらんよ」

 澄ました笑顔で優しく訊ねるジョン。エティエンヌは暫く悩むような間を作ってから、深いため息と共にもう一度奥の寝室へと繋がる扉を渋い顔で眺めて吐き捨てるように呟いた。

「……ジョンは優しすぎるんです。あの男は、大恩あるジョンを問答無用で殺そうとした。それなのにその報いを受けることなく、これからものうのうと生きて暮らしていくんだと思うと、僕は……」

 唇を尖らせて、我がことのように悔しがるエティエンヌ。ジョンはそんなエティエンヌに小さく苦笑してから、彼に(なら)って寝室の扉を見た。

 その向こうに整えられたベッドには、あの時ジョンと小悪魔の凄みを受けて意識を失った男がうんうんと悪夢にうなされながらも眠っているのだ。元から、ジョンにはあの男の命を取る気は無かった。

 だが、そのことにエティエンヌは少なからず不満を抱いているらしい。

「ボクが他人に恩を売るためにこんなことをしてるわけじゃないのはエティエンヌも解ってるよね。全てはボクたちが生きるためなんだよ。あの『おじさん』を傷つけたり、命を奪ったりしてしまうのは簡単だけど、それを広く世間に隠し通すのはボクたちの力を持ってしても困難だ。人を傷つけるということは、それだけ大変なこと。ボクはそんな危ない橋を自分で渡る気も、仲間のみんなに渡らせる気もないよ」

 エティエンヌをなだめるようにそう言ってから、ジョンは勢いをつけてぽんと椅子から飛び降りる。それから、お行儀悪く半ズボンの後ろポケットに片手だけを突っ込んで背筋を伸ばすことで格好つけたポーズを取ると、酷薄な微笑みを浮かべてエティエンヌを肩越しに振り返った。

「それに、ボクに頼りすぎたあの『おじさん』はもうこの世のどこにもいないよ」

 ジョンはそう言うと、小動物のようにちょろちょろと肩から自由な左手の甲へ移動してきた小悪魔を自分の目の前に掲げた。

「この子が、あの『おじさん』のボクに関係する記憶を全て『食べて』しまったからね」

 クスクスと楽しそうに笑いながらそう告げたジョンに、エティエンヌはほんの少しだけ目を細めてみせる。まだ完全に承服(しょうふく)できた訳ではなさそうだったが、やがて彼は小さく頷いた。

 ジョンははにかむようにして無邪気に微笑みながら、その場でつま先立ちになって背伸びをする。そして、猫背ながらなお自分よりも上背のあるエティエンヌの頭を、小さい子供にするようによしよしと撫でてやった。

「エティエンヌは良い子だね。……じゃあ、帰ろっか」

 エティエンヌは、自分の髪をくしゃくしゃと乱す小さな手の感覚に少しだけ鼻の奥がつんとするような気持ちを覚えながら、もう一度頷いた。

「ウィ」

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