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第4話 二人の勇者の選択

 王城の門をくぐったのは、レオンの葬儀から二十日ほど経った頃だった。


 カイル、ミリア、エマ。


 三人が揃って王城を訪れるのは、魔王討伐の報告をした日以来だった。


 あの日、王都は歓喜に包まれていた。


 数百年ぶりに現れた魔王が討たれ、長く続いた戦いが終わったのだ。


 人々は鐘を鳴らし、酒を酌み交わし、英雄の名を叫んだ。


 けれど、その英雄は帰ってこなかった。


 魔王城から戻ってきたのは、レオンの死を知らせる使者だけだった。


「……行くぞ」


 カイルが言った。


 その声は、普段よりも低かった。


 ミリアは黙って頷いた。


 エマは王城の高い塔を見上げた。


 かつて四人で訪れた場所。


 あのとき、レオンは笑っていた。


『魔王を倒したら、陛下にたんまり褒美をもらおうぜ』


 そう言って、カイルに頭を小突かれていた。


 まだ、誰もが彼を信じていた頃の話だ。


「……馬鹿」


 エマは小さく呟いた。


 誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。


     ◇


 謁見の間には、国王が待っていた。


「よく来てくれた」


 三人が膝をつくと、国王は静かに声をかけた。


「レオンのことだと聞いている」


「はい」


 カイルが答えた。


「陛下に、お願いがございます」


 国王は頷き、続きを促した。


「我々は、レオンが生前に隠していたことを調べています」


 カイルは、村で見つかった寄付の記録について話した。


 レオンが金貨百枚を取り立て、その裏で三百枚を寄付していたこと。


 ミリアは、少年トーマの話をした。


 見捨てたはずの少年を、レオンが夜通し見守っていたこと。


 エマは、父の形見の剣について話した。


 売られたと思っていた剣が、密かに修復されていたこと。


 三人が話し終えると、国王は長く沈黙した。


「……そうか」


 やがて、静かに呟いた。


「余も、あの者が変わったと聞いていた」


 カイルが顔を上げた。


「陛下も?」


「うむ。以前は、誰に対しても気さくな青年だった。だが、半年前からは、まるで別人になったと」


 国王は目を伏せた。


「余も、名声に溺れたのだと思っていた」


 エマの胸が痛んだ。


 自分たちだけではなかった。


 誰もが、レオンを見誤っていた。


「陛下」


 カイルは真っ直ぐに国王を見つめた。


「レオンが変わったのは、大神殿で神託を受けた直後です」


「……神託か」


「はい。王宮に残る、過去の魔王討伐の記録を調べさせていただきたいのです」


 国王の表情が険しくなった。


「王家の地下書庫にある記録は、門外不出のものだ」


「承知しております」


「そこに何が書かれているのか、余もすべてを知っているわけではない」


「それでも、構いません」


 カイルは拳を握った。


「……あいつが、何を背負っていたのか」


 声が震えた。


「それを知らないままでは、俺は……」


 言葉が詰まった。


 親友を殴った。


 最低な男だと罵った。


 最後には、二度と顔を見せるなと言った。


 それなのに。


 レオンは、何も言い返さなかった。


「……お願いします」


 カイルは深く頭を下げた。


「親友が、どうして死ななければならなかったのか、知りたいんです」


 国王はしばらく三人を見つめていた。


 やがて、静かに頷いた。


「……よかろう」


 三人は顔を上げた。


「地下書庫への立ち入りを許す」


     ◇


 王城の地下には、古い書庫があった。


 幾重もの扉を抜けた先。


 石造りの部屋には、天井まで届く本棚が並んでいた。


 案内役の老司書が、三人を奥へ導いた。


「魔王の出現は、今回で三度目と伝えられております」


 司書は歩きながら説明した。


「最初は約八百年前。二度目は約四百年前。そして、今回です」


「……四百年に一度、ということですか?」


 ミリアが尋ねた。


「正確な周期は分かりません。ただ、いずれも数百年の間隔がございます」


 司書は古い棚の前で立ち止まった。


「八百年前の記録は、石碑の写しが残るのみです。四百年前についても、ほとんどの資料が失われております」


「では、神託については……」


 カイルが尋ねると、司書は一冊の古い本を取り出した。


「ただ一冊、当時の勇者が残した手記がございます」


 革表紙は擦り切れ、角が崩れかけていた。


 表紙には、かすれた文字が記されている。


『アルベルトの手記』


「……これが」


 カイルは慎重に本を受け取った。


 四百年前の勇者。


 レオンと同じように聖剣を手にし、魔王へ挑んだ男。


 その男が、何を残したのか。


 三人は机を囲み、日記を開いた。


     ◇


『今日、新しい仲間が加わった』


『名はニーナ。腕のいい治癒術師だ』


『これで、ようやく全員が揃った』


 最初の頁には、旅の記録が綴られていた。


 仲間との出会い。


 魔物との戦い。


 助けた村人たちの笑顔。


『子供たちが私の剣を見て、目を輝かせていた』


『英雄になりたいのだそうだ』


『私も昔は、同じことを言っていた気がする』


 エマは小さく微笑んだ。


「……レオンも、こんなこと言ってたね」


 カイルが頷く。


「ああ。子供に剣を触らせて、俺に怒られてた」


「危ないからやめてくださいって、私も何度も言いました」


 ミリアも微笑んだ。


 ほんの一瞬。


 三人の間に、懐かしい空気が流れた。


 けれど。


 次の頁をめくった瞬間、その空気は消えた。


『大神殿に呼ばれた』


『魔王を討つための神託を授けるという』


 カイルの指が止まった。


「……ここだ」


 ミリアとエマが身を乗り出した。


 次の頁には、これまでよりも乱れた文字が並んでいた。


『神託を受けた』


『私は、あの言葉を生涯忘れないだろう』


『ここに、そのすべてを記しておく』


 そして。


 その下に、神託の内容が書かれていた。


『魔王を滅ぼすには、命の代償が必要となる』


『聖剣は、勇者と共に旅をし、その仲間として認められた者の中から、勇者に最も強い信頼を寄せる者の命を奪う』


『その者がどこにいようと、勇者との絆が残る限り、運命から逃れることはできない』


『ただし、勇者を信頼する仲間が一人もいなければ、勇者自身が代償となる』


 誰も、動かなかった。


 カイルは、もう一度読み返した。


 そして、もう一度。


「……何だよ、これ」


 声が掠れた。


「……何なんだよ、これ……!」


 カイルは机を叩いた。


 乾いた音が、地下書庫に響いた。


「ふざけるなよ……!」


 ミリアは口元を押さえていた。


 エマは、ただ文字を見つめていた。


 理解できなかった。


 いや。


 理解したくなかった。


「……信頼する人の……命?」


 エマが呟いた。


「……じゃあ」


 声が震えた。


「私たちが、レオンを信じてたら……」


 その先が、言えなかった。


 ミリアが震える声で続きを口にした。


「……私たちの誰かが、死んでいた……?」


 沈黙。


 誰も否定できなかった。


     ◇


 カイルは震える手で頁をめくった。


『私は、神託を聞いたとき、何かの間違いだと思った』


『仲間を遠ざければいい。魔王城には私一人で向かえばいい』


『そう考え、神官に尋ねた』


『だが、答えは違った』


『離れていても、信頼が残っている限り、聖剣はその命を選ぶという』


『私は、仲間たちを守りたい』


『だが、彼らは私を信じている』


『私がどれほど危険な戦いに向かおうと、最後まで味方でいると言ってくれた』


『その言葉が、今は恐ろしい』


 ミリアの目から涙が落ちた。


 カイルはさらに頁をめくった。


『私は、ニーナに嫌われることにした』


『彼女は、誰よりも私を信じている』


『このままでは、きっと彼女が選ばれる』


『だから、私は彼女を傷つけた』


『冷たい言葉を浴びせ、わざと突き放した』


『彼女が泣いても、見ないふりをした』


『だが、駄目だった』


『私には、彼女をこれ以上傷つけることができなかった』


『泣きながら、それでも私を信じると言う彼女に、私は何も言えなくなった』


『私は、勇者失格なのだろう』


『世界を救う覚悟はあった』


『自分が死ぬ覚悟もあった』


『だが、愛する者に憎まれる覚悟だけは、持てなかった』


 エマの手が震えた。


「……この人も」


 小さく呟いた。


「……嫌われようと、したんだ……」


 カイルは何も言わず、次の頁をめくった。


     ◇


『私は、ニーナにすべてを話した』


『神託のことも、彼女が犠牲になるかもしれないことも』


『私が彼女に嫌われようとした理由も』


『彼女は、泣いた』


『そして、私の頬を叩いた』


『どうして一人で抱え込んだのかと、怒られた』


『私は謝った』


『すると彼女は、私の手を握って言った』


『一緒に行こう、と』


 ミリアが息を呑んだ。


『私は、逃げることも考えた』


『ニーナを連れて、誰も知らない土地へ行こうとさえ思った』


『魔王など放っておけばいい』


『世界がどうなろうと、彼女さえ生きていればいい』


『そう考えた夜もあった』


『だが、私たちが逃げれば、数え切れない人々が死ぬ』


『助けを求める子供たちも、家族を待つ者たちも』


『私が剣を置けば、彼らの明日は失われる』


『それを知りながら、逃げることはできなかった』


 カイルは唇を噛んだ。


『ニーナも同じだった』


『彼女は、私と共に戦うと言った』


『怖くないのかと尋ねると、怖いに決まっていると笑った』


『それでも、誰かを見捨てて生きる方が、もっと怖いのだという』


『私は、彼女を愛している』


『だからこそ、彼女を救いたかった』


『だが、私は救えなかった』


『私には、彼女を憎ませることができなかったのだ』


 次の頁。


『明日、魔王城へ向かう』


『もしニーナが代償に選ばれたなら、私もすぐに後を追う』


『彼女だけを死なせるつもりはない』


『これが正しい選択なのか、私には分からない』


『私は、ただの弱い男なのかもしれない』


『だから、この日記を残す』


『私が死んだあと、仲間たちに真実を知られ、憎まれるのが怖いのだ』


『せめて、私がどれほど苦しんだのか、知ってほしい』


『どれほど彼らを大切に思っていたのか、知ってほしい』


『最後まで、愛されたままでいたい』


『私は、どこまでも身勝手な男だ』


『それでも』


『世界を救いたかった』


『ニーナを守りたかった』


『その両方を願ってしまった』


『……すまない』


 そこで、日記は終わっていた。


     ◇


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 やがて、ミリアが震える声で尋ねた。


「……この人たちは、その後どうなったんですか……?」


 老司書は、別の記録を取り出した。


「こちらに、討伐の記録がございます」


 カイルが受け取り、頁を開いた。


『魔王討伐、成功』


『治癒術師ニーナ、戦死』


『勇者アルベルト、魔王討伐後に死亡』


『その他の同行者、生還』


 ミリアは口元を押さえた。


「……そんな……」


 エマは、日記の最後の頁を見つめていた。


『もしニーナが代償に選ばれたなら、私もすぐに後を追う』


 その言葉が、頭から離れなかった。


「……本当に、一緒に……」


 エマの声が震えた。


 カイルは記録を閉じた。


「……ああ」


 そして、日記を見つめた。


 四百年前の勇者は、仲間に嫌われることができなかった。


 愛する者を傷つけることに耐えられず、すべてを打ち明けた。


 世界を見捨てることもできず、二人で死ぬ覚悟を決めた。


 その結果、ニーナは命を落とした。


 アルベルトも、彼女の後を追った。


 誰も、彼らを責めることなどできなかった。


 けれど。


「……レオンは」


 カイルが呟いた。


 三人は顔を上げた。


「……あいつは、この人と同じことをしなかったんだ」


     ◇


 半年前。


 レオンは突然、変わった。


 村から金を取り立てた。


 怪我人を見捨てた。


 エマの父親を侮辱した。


 そのたびに、三人は怒った。


 失望した。


 少しずつ、彼を信じられなくなっていった。


 そして、最後には。


『お前なんか、もう親友でも何でもない』


 カイルは、そう言った。


 レオンの顔面を殴りつけながら。


『二度と俺の前に現れるな』


 あのとき。


 レオンは、口元の血を拭って笑っていた。


『……そうかよ』


 それだけだった。


「……あいつ」


 カイルの唇が震えた。


「……あいつ、あのとき……」


 目の前が滲んだ。


 あの笑顔。


 あの態度。


 あれは、勝ち誇った笑みなどではなかった。


 自分の命を犠牲にする条件が、ようやく揃った。


 そう確信した笑みだったのだ。


「……ふざけんなよ」


 カイルは机に拳を叩きつけた。


「ふざけんなよ、レオン!」


 大きな声が書庫に響いた。


「何で言わねえんだよ!」


 涙が頬を伝った。


「俺はお前の親友だろうが!」


 カイルは叫んだ。


「何年一緒にいたと思ってんだ!」


 何度も背中を預けた。


 何度も助けられた。


 何度も喧嘩した。


 それでも、最後には笑って仲直りしてきた。


 そんな相手だった。


「……なのに」


 カイルは顔を覆った。


「……俺は、お前を殴ったんだぞ……」


 声が崩れた。


「最低な奴だって……親友じゃないって……」


 膝から力が抜けた。


 カイルは椅子に崩れ落ちた。


「……あんなこと、言わなきゃよかった……」


 肩が震える。


「……最後くらい、笑ってやればよかった……」


 その姿を見て、ミリアも声を上げて泣き始めた。


     ◇


「……私も」


 ミリアは震える声で言った。


「……私も、同じです……」


 あの日。


 怪我をした少年を見捨てようとしたレオンに、ミリアは言った。


『あなたを、もう尊敬できません』


 それまで、ずっと憧れていた。


 誰よりも強くて。


 誰よりも優しくて。


 自分の治癒術を、誰よりも信じてくれた人だった。


 その人に、そう言った。


「……私、あの人のこと……」


 ミリアは涙を拭った。


「……本当に、尊敬してたんです……」


 声が震えた。


「どんなに苦しい戦いでも、レオンさんがいれば大丈夫だって……」


 ミリアは俯いた。


「……でも、最後は……」


 涙が止まらなかった。


「……あの人を、信じられなくなって……」


 両手で顔を覆った。


「……私が、あの人を殺したんですか……?」


 カイルが顔を上げた。


「ミリア……」


「だって……!」


 ミリアは泣きながら叫んだ。


「私たちが信じなくなったから、レオンさんは死んだんでしょう!?」


 カイルは何も言えなかった。


「私たちが、あの人を嫌いになったから……!」


 ミリアは首を振った。


「……そんなの、嫌です……」


 嗚咽が漏れた。


「……そんなの、あんまりです……」


     ◇


 エマは、何も言えずにいた。


 ただ、机の上に置かれた日記を見つめていた。


『勇者を信頼する仲間が一人もいなければ、勇者自身が代償となる』


 その一文が、頭から離れなかった。


 レオンは、自分たちを守るために嫌われた。


 自分たちが彼を信じなくなるように、わざと傷つけた。


 そのために。


 エマの、一番大切なものを利用した。


『どうせお前の親父も、大した剣士じゃなかったんだろ?』


 あの言葉。


 父を馬鹿にされた怒り。


 大切なものを奪われた悲しみ。


 そして。


『大嫌い』


 自分が口にした言葉。


『もう二度と、顔も見たくない』


 レオンは笑っていた。


『そりゃ結構』


 エマは、その笑顔を思い出した。


「……あ」


 小さな声が漏れた。


 突然、思い出したことがあった。


 半年前。


 大神殿で神託を受けた日の夜。


 レオンは、宿の裏庭に一人でいた。


 エマが声をかけると、彼はいつものように笑った。


『なあ、エマ』


『もし俺が、とんでもない馬鹿になったらさ』


『お前、どうする?』


 エマは笑って答えた。


『何それ。今でも十分馬鹿じゃない』


『ひでえな』


『でも、まあ……』


 エマは少し考えてから言った。


『どんな馬鹿になっても、私はレオンの味方だよ』


 レオンは、しばらく黙っていた。


 そして。


『……そっか』


 小さく笑った。


『ありがとな』


 あのとき。


 レオンは、少しだけ悲しそうだった。


 エマはようやく、その理由を理解した。


「……そっか」


 声が震えた。


「……あのとき、もう……」


 レオンは知っていたのだ。


 自分が死ぬか。


 仲間の誰かを死なせるか。


 その二つしか、選べないことを。


「……私、言っちゃった……」


 エマの目から涙が溢れた。


「……ずっと味方だって……」


 それは、幼馴染として当然の言葉だった。


 レオンがどんな人間になっても、信じている。


 そう伝えたかった。


 けれど。


 その言葉こそが、レオンを苦しめていた。


「……ごめん」


 エマは呟いた。


「……ごめんね、レオン……」


 涙が止まらなかった。


「……知らなかったの……」


 両手で顔を覆った。


「……何にも、知らなかった……」


 そして。


「……でも……!」


 エマは顔を上げた。


 涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、叫んだ。


「……嫌いになんて、なりたくなかったよ!」


 その声に、カイルとミリアが顔を上げた。


「……ずっと、好きだったのに……!」


 エマは泣きながら続けた。


「子供の頃から、ずっと一緒だったのに……!」


 父が亡くなった日。


 泣いていた自分の隣に、レオンは一晩中いてくれた。


 何も言わず、ただ手を握っていてくれた。


 初めて剣を握った日。


 転んで泣いた自分に、笑いながら手を差し伸べてくれた。


 魔物に襲われた日。


 自分を庇って怪我をしたくせに、大丈夫だと笑っていた。


 そんな人だった。


「……何で、私たちに嫌われようとしたのよ……!」


 エマは机に突っ伏した。


「……一緒に死んだって、よかったのに……!」


 カイルが息を呑んだ。


 ミリアが涙を流しながら首を振った。


 エマは続けた。


「……置いていかれるくらいなら……!」


 その先は、嗚咽に消えた。


 カイルは拳を握りしめた。


 ミリアはエマの肩を抱いた。


 三人は、声を上げて泣いた。


 王城の地下書庫。


 誰もいない、薄暗い部屋で。


 今さら、何を言っても遅かった。


 レオンは、もういない。


 謝ることも。


 怒ることも。


 抱きしめることもできない。


 ただ、後悔だけが残っていた。


     ◇


 どれほど時間が経ったのだろう。


 カイルは、ゆっくりと顔を上げた。


 机の上には、四百年前の日記が開かれていた。


 アルベルトは、仲間を信じたまま魔王へ挑んだ。


 そして、最も強く信じてくれたニーナを失った。


 レオンは、その道を選ばなかった。


 自分を信じてくれた仲間たちを、わざと傷つけた。


 憎まれた。


 軽蔑された。


 最後には、誰からも信じられなくなった。


 そして。


 一人で魔王城へ向かった。


「……あいつ」


 カイルは呟いた。


「……全部、一人で決めやがって……」


 怒りがあった。


 悲しみがあった。


 悔しさがあった。


 けれど、それ以上に。


 どうしようもないほど、会いたかった。


「……もう一回だけでいい」


 カイルは小さく言った。


「……あいつと、話がしてえよ……」


 ミリアは静かに泣いていた。


 エマは、父の剣を抱きしめていた。


 誰も、その願いに答えられなかった。


     ◇


 王城を出る頃には、夜になっていた。


 空には、無数の星が輝いていた。


 三人は城門の前で足を止めた。


 カイルが夜空を見上げた。


「……なあ、レオン」


 声が震えた。


「……お前、俺たちのこと、馬鹿だと思ってただろ」


 返事はなかった。


「……こんな簡単なことにも気づかねえで……」


 カイルは笑おうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


「……でもな」


 涙が頬を伝った。


「……俺は、今でもお前の親友だと思ってるからな……」


 ミリアも空を見上げた。


「……レオンさん」


 小さく名前を呼ぶ。


「……私、あなたに教えてもらったこと、忘れません……」


 どんな命にも価値があること。


 諦めなければ、救える命があること。


 誰かのために戦う強さ。


 そのすべてを、レオンから教わった。


「……本当に、ありがとうございました……」


 エマは、父の剣を抱きしめた。


 そして、夜空を見上げた。


「……レオン」


 声が震えた。


「……私ね」


 涙が溢れた。


「……本当は、ずっと……」


 言葉が詰まった。


 もう、伝えることはできない。


 それでも。


「……大好きだったよ……」


 小さな声が、夜風に消えた。


 王城の鐘が鳴り響いた。


 かつて、魔王討伐を祝った鐘。


 今は、静かな夜の中に響いている。


 三人は、いつまでも空を見上げていた。


 誰にも惜しまれずに死んだ勇者。


 けれど、その死から数週間が経った今。


 ようやく、三人は知った。


 彼が、何を守ろうとしていたのか。


 そして。


 自分たちが、どれほど深く愛されていたのかを。

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